【帝王霊~弐拾壱~】
文字数 2,316文字
とても綺麗な部屋、それがぼくの感想だった。
女の子らしい、ということばが当てはまるといえば当てはまるが、今の時代、そういった「らしい」ということばを好まない人もいるので、そういうことばは使いたくないのだけど、でも、ぼくの拙いことばでいい表すとしたら、その部屋はそういう部屋だった。
とても良く片付いているのはもちろん、ベッドの傍にはクマや可愛いキャラクターのぬいぐるみがあったりして、とてもファンシーだ。
机の周りも教科書にノート、参考書、筆記用具とよく片付いている。散らかり放題のぼくの机とは大違い。これは勉強も出来るはずだ。
「適当に座って」
「う、うん……」
春奈の勧めに、ぼくは堅苦しく返事する。そうなるのも可笑しくはないだろう。なんせ、女の子の部屋に入るのは初めてなのだから。
そう、ぼくは今、春奈の家の春奈の部屋にいる。夢ではない。まるごと現実だ。
今日の学校で春奈から来たメッセージ、そこには放課後に話がしたい、とあった。一応、部活のほうもあったのだけど、演劇部の部長であり生活安全委員の副委員長の岩浪先輩に理由を話して休ませてもらった。
多分、後でいずみから何かしら文句をいわれるかもしれないけど、それはそれだ。今はヤエちゃんがどうしてしまったかを調べることが最優先だと思ったのだ。
だが、いざ春奈の部屋に入ると緊張でまともにことばが出て来ない。それどころか目と首をフルに動かして室内をモノ珍しく眺めるばかり。と、突然、春奈が口許を隠して笑う。
「どうしたの?」ぼくは訊ねる。
「だって、すごい緊張してるんだもん」
「え!?」思わず声を上げる。「いやぁ、だって、女子の部屋に入ったの、初めてだし……」
ほんと、この時ばかりは軽々しい男というのが羨ましい限りだった。春奈は更に笑い、
「別に変なモノはないよ」
変なモノ、それが何を指しているかはわからなかったが、ぼくは恥ずかしながら自分で自分をブチのめしたくなるような考えが浮かんでいる自分に愛想を尽かしそうになった。
「そ、それで、話、ていうのは?」
自分を誘惑する内なる欲望、願望を振り切るように、ぼくは話を先に進めようとする。
「あ、うん。そのことなんだけど……」
「春奈、おやつ、持ってきたよ」
突然、ドアが開く。と、隙間から春奈のお母さんが顔を出す。春奈によく似ている。春奈は顔を真っ赤にして、
「お母さん! お菓子はいいっていったじゃんッ!」とドアの前までいそいそと行く。
「そんなこといって、せっかく『お友達』が来てるんだから、何もしないのは失礼でしょ?」
お友達、というところがやたらと強調されていて、ぼくは思わずドキッとしてしまった。春奈も春奈でドアを一気に開くとお菓子の載っている盆を引ったくるように受け取ると、そのまま押し返すようにしてドアを閉めようとする。
と、ドアが閉まる間際、春奈のお母さんが何かを口走る。春奈はそれに対して、いいからといって更に顔を真っ赤にしてドアを閉める。ぼくの聴こえた限りでは、
「お父さんには内緒にしとくからね」
といっているように聴こえた。それってつまり……、頭が可笑しくなりそう。
ドアを閉めると春奈は、盆をテーブルの上に置いて、ぼくの正面から少し外れた場所に座る。
「ど、どうぞ……」消え入る声で春奈はいいながらお菓子を指す。
ぼくもそれに甘えて、いただきますといってクッキーを軽くつまむ。美味しい。甘くてカリッとした歯応えは何ともいえないほど美味だ。
「そ、それで! 話、なんだけどさ!」春奈は上ずったような声で話出す。「ヤエちゃん先生のこと、ど、どう思う?」
「あ、あぁ……」ぼくは緊張で声を上ずらせながらもことばを紡ぐ。「それなんだけど、おれも何ともいえない、というか……」
「そう、だよね……。でも、わたしはヤエちゃん先生が無断で学校を休むなんて変だと思うんだ。多分、何かしらのトラブルに巻き込まれてるんだと思う……」
「そう、だよね……」
あまり口にしたくない話ではあるけれど、どうしてもそう考えざるを得ない。
「辻くんもいってたけど、シンちゃん、先生が何処へ行ったかとか、何も聞かされてないんだもんね?」
「うん、春奈も、そうだろ?」
春奈は力なく頷く。
「だとしたらどうすればいいんだろ……」
どうにも出来ない、少なくとも子供のぼくたちには。これこそが答えだったのだろう。だけど、何もしないで現実に屈するのだけはイヤだった。負けるなら負けるとて、最後まで自分に出来ることをまっとうして負けたい。
「誰か先生に連絡つく人とかいないのかな。それか先生のことをよく知ってる人とか……」
その誰かが問題である。そもそも、ぼくはそのひとりとして、山田さんに連絡をしてみたのだけど、山田さんの返答はひとこと「知らない」だった。山田さんにしては冷たい対応だなとは思ったけど、知らないことを追及しても何も出てこないだろう。仮に何かを隠していても。だとしたら、もう詰み……
いや、いる。
ぼくが知っている範囲で少なくともふたりは頼りに出来そうな大人がふたりいる。
ひとりは面識はあるけど、もうひとりはない。とはいえ、会ったことのあるそのひとりも、たった一度、数時間の付き合いでしかない。だけど、何もしないよりはマシだった。
ぼくはスマホを取り出してブラウザを開く。
「どうしたの?」
「五村警察署の電話番号を調べようと思って」
「五村警察署?」
ぼくは頷く。
「うん。そこにヤエちゃんの妹さんの元上司だった弓永さんって人がいるんだ。その人と、その人の伝で妹さんの『武井愛』さんに何とか協力を頼めないかな、と思って!」
ぼくの指は震えていた。
【続く】
女の子らしい、ということばが当てはまるといえば当てはまるが、今の時代、そういった「らしい」ということばを好まない人もいるので、そういうことばは使いたくないのだけど、でも、ぼくの拙いことばでいい表すとしたら、その部屋はそういう部屋だった。
とても良く片付いているのはもちろん、ベッドの傍にはクマや可愛いキャラクターのぬいぐるみがあったりして、とてもファンシーだ。
机の周りも教科書にノート、参考書、筆記用具とよく片付いている。散らかり放題のぼくの机とは大違い。これは勉強も出来るはずだ。
「適当に座って」
「う、うん……」
春奈の勧めに、ぼくは堅苦しく返事する。そうなるのも可笑しくはないだろう。なんせ、女の子の部屋に入るのは初めてなのだから。
そう、ぼくは今、春奈の家の春奈の部屋にいる。夢ではない。まるごと現実だ。
今日の学校で春奈から来たメッセージ、そこには放課後に話がしたい、とあった。一応、部活のほうもあったのだけど、演劇部の部長であり生活安全委員の副委員長の岩浪先輩に理由を話して休ませてもらった。
多分、後でいずみから何かしら文句をいわれるかもしれないけど、それはそれだ。今はヤエちゃんがどうしてしまったかを調べることが最優先だと思ったのだ。
だが、いざ春奈の部屋に入ると緊張でまともにことばが出て来ない。それどころか目と首をフルに動かして室内をモノ珍しく眺めるばかり。と、突然、春奈が口許を隠して笑う。
「どうしたの?」ぼくは訊ねる。
「だって、すごい緊張してるんだもん」
「え!?」思わず声を上げる。「いやぁ、だって、女子の部屋に入ったの、初めてだし……」
ほんと、この時ばかりは軽々しい男というのが羨ましい限りだった。春奈は更に笑い、
「別に変なモノはないよ」
変なモノ、それが何を指しているかはわからなかったが、ぼくは恥ずかしながら自分で自分をブチのめしたくなるような考えが浮かんでいる自分に愛想を尽かしそうになった。
「そ、それで、話、ていうのは?」
自分を誘惑する内なる欲望、願望を振り切るように、ぼくは話を先に進めようとする。
「あ、うん。そのことなんだけど……」
「春奈、おやつ、持ってきたよ」
突然、ドアが開く。と、隙間から春奈のお母さんが顔を出す。春奈によく似ている。春奈は顔を真っ赤にして、
「お母さん! お菓子はいいっていったじゃんッ!」とドアの前までいそいそと行く。
「そんなこといって、せっかく『お友達』が来てるんだから、何もしないのは失礼でしょ?」
お友達、というところがやたらと強調されていて、ぼくは思わずドキッとしてしまった。春奈も春奈でドアを一気に開くとお菓子の載っている盆を引ったくるように受け取ると、そのまま押し返すようにしてドアを閉めようとする。
と、ドアが閉まる間際、春奈のお母さんが何かを口走る。春奈はそれに対して、いいからといって更に顔を真っ赤にしてドアを閉める。ぼくの聴こえた限りでは、
「お父さんには内緒にしとくからね」
といっているように聴こえた。それってつまり……、頭が可笑しくなりそう。
ドアを閉めると春奈は、盆をテーブルの上に置いて、ぼくの正面から少し外れた場所に座る。
「ど、どうぞ……」消え入る声で春奈はいいながらお菓子を指す。
ぼくもそれに甘えて、いただきますといってクッキーを軽くつまむ。美味しい。甘くてカリッとした歯応えは何ともいえないほど美味だ。
「そ、それで! 話、なんだけどさ!」春奈は上ずったような声で話出す。「ヤエちゃん先生のこと、ど、どう思う?」
「あ、あぁ……」ぼくは緊張で声を上ずらせながらもことばを紡ぐ。「それなんだけど、おれも何ともいえない、というか……」
「そう、だよね……。でも、わたしはヤエちゃん先生が無断で学校を休むなんて変だと思うんだ。多分、何かしらのトラブルに巻き込まれてるんだと思う……」
「そう、だよね……」
あまり口にしたくない話ではあるけれど、どうしてもそう考えざるを得ない。
「辻くんもいってたけど、シンちゃん、先生が何処へ行ったかとか、何も聞かされてないんだもんね?」
「うん、春奈も、そうだろ?」
春奈は力なく頷く。
「だとしたらどうすればいいんだろ……」
どうにも出来ない、少なくとも子供のぼくたちには。これこそが答えだったのだろう。だけど、何もしないで現実に屈するのだけはイヤだった。負けるなら負けるとて、最後まで自分に出来ることをまっとうして負けたい。
「誰か先生に連絡つく人とかいないのかな。それか先生のことをよく知ってる人とか……」
その誰かが問題である。そもそも、ぼくはそのひとりとして、山田さんに連絡をしてみたのだけど、山田さんの返答はひとこと「知らない」だった。山田さんにしては冷たい対応だなとは思ったけど、知らないことを追及しても何も出てこないだろう。仮に何かを隠していても。だとしたら、もう詰み……
いや、いる。
ぼくが知っている範囲で少なくともふたりは頼りに出来そうな大人がふたりいる。
ひとりは面識はあるけど、もうひとりはない。とはいえ、会ったことのあるそのひとりも、たった一度、数時間の付き合いでしかない。だけど、何もしないよりはマシだった。
ぼくはスマホを取り出してブラウザを開く。
「どうしたの?」
「五村警察署の電話番号を調べようと思って」
「五村警察署?」
ぼくは頷く。
「うん。そこにヤエちゃんの妹さんの元上司だった弓永さんって人がいるんだ。その人と、その人の伝で妹さんの『武井愛』さんに何とか協力を頼めないかな、と思って!」
ぼくの指は震えていた。
【続く】