【冷たい墓石で鬼は泣く~死拾壱~】
文字数 1,009文字
空は何処までも美しく広がっていた。
わたしは大の字になってただひたすらに空を見上げていた。別に見上げたくて空を見上げていたのではなかった。
腹に残った衝撃がじんわりと波打って全身を駆け巡っていた。ただし、痛みはなかった。そして、それは衝撃を受けた瞬間も。
腹はまったく切れていなかった。それが何よりも皮肉だった。わたしはまたもや生き残ってしまったのだ。岩のように重い頭を若干起こしてみるが、そこには何者の姿もなかった。当然、馬乃助の姿も。
一瞬ーー本当に一瞬の出来事だった。わたしは刀を上段に構えて捨て身で馬乃助に斬り掛かった。馬乃助の目は、表情は、まったくといっていいほどに落ち着いていた。
そして、気づけばわたしは倒れていた。残ったのは腹への衝撃だけ。痛みは一切ない。それも馬乃助の腕前が優れているからだった。
峰打ちーーわたしの腹を叩く瞬間に刀を返し、かつ勢いを瞬間的に殺したお陰で、わたしの身体に痛みは走らなかった。
大地に大の字になったわたしは何が起こったか一瞬わからず、動揺していた。だが、わたしが負けたということだけはわかっていた。
気づけば馬乃助がわたしを見下ろしていた。その目つきは先程までと違い、わたしを憐れむような趣があった。そして、わたしはまたもや情けを掛けられたのだとわかった。
二度目ーーいや、何度目かわからない。これまで何度、馬乃助に情けを掛けられたのだろう。牛野邸を後にした時もそうだ。おはるが殺されたと教えられた時も。ヤクザたちに囲われても。結局、わたしは馬乃助の情けによって助けられたのだった。
だが、それがわたしの中の悔しさを煽った。わたしは結局ひとりでは何も出来ないのだ。もうウンザリだった。今度こそ腹をかっさばいてしまいたい気分だった。だが、いざ切先を腹に向けたところで、死ぬ勇気などすぐに亀のように首を引っ込めてしまうだろう。
わたしは結局、再び無様に生き延びてしまったのだ。またもや馬乃助に助けられて。
皮肉なことに空は雲ひとつなかった。キレイな星が、わたしを眺めていた。だが、夜空は晴れていても、わたしの頬には雨が伝った。その雲行きはひどく、雨足はどんどん酷くなっていった。そしてわたしは自問した。
誉れのために死ぬべきか、無様に生きのびるべきか、どちらがいいのだろうか。
答えは出なかった。いや、死ねない時点でわたしにはわかっていた。
わたしは武士失格だ。
【続く】
わたしは大の字になってただひたすらに空を見上げていた。別に見上げたくて空を見上げていたのではなかった。
腹に残った衝撃がじんわりと波打って全身を駆け巡っていた。ただし、痛みはなかった。そして、それは衝撃を受けた瞬間も。
腹はまったく切れていなかった。それが何よりも皮肉だった。わたしはまたもや生き残ってしまったのだ。岩のように重い頭を若干起こしてみるが、そこには何者の姿もなかった。当然、馬乃助の姿も。
一瞬ーー本当に一瞬の出来事だった。わたしは刀を上段に構えて捨て身で馬乃助に斬り掛かった。馬乃助の目は、表情は、まったくといっていいほどに落ち着いていた。
そして、気づけばわたしは倒れていた。残ったのは腹への衝撃だけ。痛みは一切ない。それも馬乃助の腕前が優れているからだった。
峰打ちーーわたしの腹を叩く瞬間に刀を返し、かつ勢いを瞬間的に殺したお陰で、わたしの身体に痛みは走らなかった。
大地に大の字になったわたしは何が起こったか一瞬わからず、動揺していた。だが、わたしが負けたということだけはわかっていた。
気づけば馬乃助がわたしを見下ろしていた。その目つきは先程までと違い、わたしを憐れむような趣があった。そして、わたしはまたもや情けを掛けられたのだとわかった。
二度目ーーいや、何度目かわからない。これまで何度、馬乃助に情けを掛けられたのだろう。牛野邸を後にした時もそうだ。おはるが殺されたと教えられた時も。ヤクザたちに囲われても。結局、わたしは馬乃助の情けによって助けられたのだった。
だが、それがわたしの中の悔しさを煽った。わたしは結局ひとりでは何も出来ないのだ。もうウンザリだった。今度こそ腹をかっさばいてしまいたい気分だった。だが、いざ切先を腹に向けたところで、死ぬ勇気などすぐに亀のように首を引っ込めてしまうだろう。
わたしは結局、再び無様に生き延びてしまったのだ。またもや馬乃助に助けられて。
皮肉なことに空は雲ひとつなかった。キレイな星が、わたしを眺めていた。だが、夜空は晴れていても、わたしの頬には雨が伝った。その雲行きはひどく、雨足はどんどん酷くなっていった。そしてわたしは自問した。
誉れのために死ぬべきか、無様に生きのびるべきか、どちらがいいのだろうか。
答えは出なかった。いや、死ねない時点でわたしにはわかっていた。
わたしは武士失格だ。
【続く】