【西陽の当たる地獄花~参拾弐~】

文字数 2,470文字

 まるで時間が止まったよう。

 誰もが牛馬のほうを見ては驚きや恐怖といった感情を表情に顕にしている。そんな様を見た牛馬は地獄のにおいを靡かせて嗤う。

「まるで天地がひっくり返ったみてえだな、神がクズみてえに人に土下座とは、な」

 神は膝をついたまま、まるで何をしていいのかわからない、といったような様子で手だけを動かしてアワアワしている。

「き、貴様……ッ!」

「助太刀なら来ねえぜ。みんな斬っちまった」

 みんな斬った。そのひとことで間違いなく、場は揺らいだ。配下の者たちは明らかに落ち着きをなくしている。そんななか氷柱のように冷たく佇んでいるのは、白装束ただひとりだけ。牛馬は白装束を見てニヤリと笑う。

「やっと見つけたぜ。あの時は世話になったな」

 白装束は水が膜を作ったように感情を動かさない。表情は凍りつき、身体もピクリとも動かない。愛刀を持つ左手も、今にも刀を落としてしまわんかというくらいにダランとしている。

 突然の悲鳴、牛馬は振り返る。

 まるで星が流れ落ちるような早さだった。奇襲。刀を上段に構えたまま牛馬に向かう極楽の剣士。だが、ヤケクソな怒りはすぐさま死の絶望へと変わる。目からは生気が消え、斜めにぱっくりと割れた身体からは血が噴き出す。

 袈裟懸けに斬り上げた牛馬の一閃。一瞬だけ光って、すぐさま消える。襲撃者の腹から内臓が次々と溢れ出て来る。

 更に襲撃者。だが、牛馬は背後を取られようとも、一瞬で体を入れ替え、襲撃者のうしろを取ると、一撃で首を跳ねてしまう。

 音を立てて床に転がる襲撃者の首。もはや絶望を感じるほどの間もなかったようで、力に満ち満ちて引き吊った表情を浮かべている。

「まだ残ってやがったか」

 牛馬の顔は死んだように感情がない。刀身にへばりついた余り余った血を払い、残った血を袴で拭い取ると、跳ねた首を神に向かって蹴り飛ばす。

 蹴られた生首は不恰好な線を描きながら跳び、神の足許に転がる。それを見て、神は情けない声を上げて引き下がり、股間を濡らす。

「ハッ! 神ともあろう野郎が情けねえ!」

 牛馬は再び広間へと足を踏み入れるが、今度は突如立ち止まり、ニヤリとする。

「……テメエはほんとに趣味が悪いな」牛馬はうしろを意識したようにしていう。「テメエら、神の野郎と楽しくメシは食えたか?」

 牛馬のことばに導かれたように、開いた戸の両端から犬と猿、鬼水と宗賢が現れる。

 だが、それがそのふたりだとわかった者はいなかったようで、どうしてこんなところに畜生が、といったような疑問を浮かべる者が殆どだった。が、その疑問はすぐさま解消される。

「あぁ……ッ!」

 犬、鬼水が声を上げて室内へと走って行き、食器の載っている長机の上へと跳び上る。鬼水は自分の跳ねられた首を見てことばを失う。足を震わせて、ゆっくりと近づこうとするが、突然に四本の足は支えを失って、体は宙を浮く。

「近づくんじゃねぇ」

 牛馬に片手で抱っこされる鬼水。が、鬼水は何とか逃げ出さんとするように動き回る。

 宗賢は自分の跳ねられた首を見て呆然とする。まるで世界が根底から崩れ落ちてしまったかのようなそんな絶望を表情に浮かべている。

「よく見ておけ。これがテメエらの姿だと。テメエらは神という支配者の手で慰みモノにされるだけの、この世のクズでしかない」

 牛馬の顔から笑みが消える。片手で抱きかかえられた鬼水と、その場で両手両膝をついた宗賢は目の前の光景に涙を流している。

「いいか。神の野郎を殺さない限り、彼岸も現世も関係なく、生きているヤツはすべて神の慰みモノに過ぎねえんだ。いたずらに人は殺され、泥を掬って喰うような生活を強いられる。そんな苦しみを見て、この野郎は笑ってやがるんだ。それをよくこころに留めておきな」

 牛馬のひとことは鬼水と宗賢に深い悲しみと絶望を与えたようだった。

 それだけではない。

 その場にいる神を除いた者たちも、まるで雷にでも打たれたかのようにハッとしている。

「……なるほど、それも一理あるかもしれん」

 そういい放ったのは、白装束だ。まるでこころを閉ざしたかのような無表情でありながら、牛馬の話に理解を示す。

 そんな白装束の態度に、神は恐怖に顔を引き吊らせて口を震わせる。

「な……、何をいうか! この魔のような男は、朕の失墜を願って貴様や、ここにいる下郎どもの心中を掌握せしめんとしているだけだ!騙されてはいけない!」

「心中掌握、ですか。それは確かにそうかもしれませぬ。ですが、強ちウソをいっているともわたしには思えませぬ」

「奥村……、貴様……ッ!」

「その名で呼ぶなと何度仰ったことか。貴殿はやはり自らの立場をいいことに、自らの快楽のためだけに下位の者たちを慰みモノにしているというのは誰もが思っていることでしょう」

「奥村……ッ!」

「その名で呼ぶな、と何度いわせるのです」

 神は追い詰められたように壁に背を預ける。万事休す。そのまま壁伝えに部屋の奥まで逃げて行く。牛馬と白装束に詰められながら。神は禿げた頭を光らせながら、白装束を見ていう。

「奥村……、貴様、雇い主である朕を斬るつもりか?」

 だが、白装束は何も答えない。

 水滴が引っ付くような緊張感が室内に広がり、そして神は部屋の角へと追い詰められる。

「追い詰めたぜ」と牛馬。

 神は恐怖からか笑みを絶やさないでいる。かと思いきや、左手を何かを探すように壁を這わせている。神の手に何かが触れる。

 それは極楽と地獄が反転したような様を描いた掛け軸だった。

 神は顔中に汗を溜めながら、救われたといったような安堵を表情に浮かべる。

「朕を殺す、だと? 勘違いも甚だしいぞ、キチガイどもめ。ならば、こうするまでだ」

 神は思い切り掛け軸を引く。

 と、突然、天と地がひっくり返る。

 今まで天だった方向が地に、地だった方向が天となり、すべては覆される。

 神を除く、その場にいるすべての者たちが慣性の力で地へ叩きつけられ、天へと落ちて行く。食器にメシ、生首も砕け、天に落ちる。

 彼岸が闇に包まれる。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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