【西陽の当たる地獄花~拾伍~】
文字数 4,167文字
ひとり、ふたり、三人ーー刃が次から次へと肉体に食い込んでは通り過ぎていく。
ひとり、またひとりと倒れていく。悲鳴を上げながら。苦痛に満ちた表情。死はすぐそこにある。急ぐ必要などなかったはず。なのに、ヤツらは急がざるを得なかった。何故かーー
支配者に命じられたからだ。
次で四人目になる。おれは背後の相手の手を見る。手が倒れている。普通なら切り下ろしたいところを隙と振りが小さくなる胴切りを選んだのは聡明だ。欲をいえば、足を狩りに来るか、切り上げの形のほうが良かったが、これでも充分及第点だろう。コイツは少しはやるヤツだったのだな、と不意にそう思う。
だが、相手を間違えた。
いくら神が命じたからといって、おれに切先を向けたのはマズかった。
おれは腰を落としつつ刀を立てながら一回転半する。目論見通り、ヤツの胴斬りはおれが半回転するかのところでおれの刀に弾かれる。
そして、ヤツは目を見開き、「えっ!?」というような顔をする。それでわかる。コイツは所詮はこの程度だったのだ、と。
あの場面で胴斬りをしようという咄嗟の判断は素晴らしかった。だが、二ノ手、三ノ手を想定していないのが表情に出てしまっていた。
ヤツは一ノ手でおれを殺すつもりでいたーーそれが見え見えだった。だからこそ、手を遮られたら驚愕の表情を見せたのだ。単純な男。
おれは一回転半したところで回転してついた勢いを利用して四人目を袈裟懸けに斬り捨てる。驚きの表情は一瞬にして絶望に変わり、斬られた後は「死にたくない」という想いを表情に宿らせて地面に額をつけて死んでいくのだ。
単純な話だった。
おれが殺すか、ヤツらが殺すか、それだけ。
だが、状況が悪かった。ヤツらはおれを舐め腐っている。いくらおれがあのデカイ狂犬に勝ったからといって、そんなのはまぐれかもしれない。更にいえば、おれはあの犬コロとの対決で疲れ果てているーーはず。いや、そうに違いない。それよりも自分たちは神の庇護のもとにおり、自分だけでなく仲間がたくさんいる。そんな自分たちが負けるワケがない。そんな悲鳴がおれには聴こえて来るようだった。
四人を斬り捨て、おれは一歩引き、小さく息をついて周りを見渡す。あと四人、か。
おれは生き残っている四人ーーその各々の握りグセを見る。だが、四人全員の刀の切先は既に見てわかる程に震えている。
気を緩ませるにはまだ早すぎるとはいえ、もはや勝負は殆どついたようなモノだった。
四人は完全にビビっている。あとは互いに目配せしながら、誰が先に行くかを仲間内で牽制し合うのみ。まぁ、神の手前、何もせずにただ突っ立っているワケにもいかないだろうから、何かしらの動きは見せるだろうが。
だが、決定的なのは、おれに休む余裕を与えてしまったということだ。
四人目が斬りつけて来た後、間髪入れずに四人が連続して斬りつけて来たなら、まだどうなるかわからなかっただろう。下手したら、おれはそのまま斬られていたかもしれない。
だが、手を止めてしまった。多勢に無勢もこれでは何の意味もない。
大人数で戦うことの最大の弱み、それは個人の動きが仲間の動向に左右されてしまうということだ。つまり、ひとりを制圧してしまえば、それだけで個人の動きが大きく狂いかねない、ということと相違ない。
四人の死を目の前にして身体を震わせて手を止める四人の生存者。やはりそこで仲間としての絆を守ることよりも、自分という個人の保身に走ることを優先してしまっている。
自分も屍になるのではないかーーイヤだ!
そんな声が、ヤツラの一挙手一投足から悲鳴のようにして聴こえてくるのだ。
そう、まるであの時と同じようにーー
守屋惣兵衛の道場を後にすると、おれはその日のねぐらを探して街道を歩いていた。
懐は暖かかった。守屋のメンツを傷つけてしまったのは悪いが、おれだって身体を張ったのだ。これがひとり対複数人での勝負における報酬と考えればちょうどいいのかもしれない。
おれは懐でジャラジャラと音を立てる銭に幾分気を良くしていたかもしれない。
だが、そこで突然風が吹いた。
おれは弛んでいた表情をすぐさま緊張させて立ち止まり、うしろへ目付をした。
誰かがいる。
すぐにわかった。微かだが、自分のモノとは違う足音が混じっていた。
おれは振り返らなかった。そのまま屈み込み、声を上げながら草履の鼻緒が食い込む右足の親指と人差し指を擦って見せた。
そのまま悪態をつきながら足の指を擦り続けた。何度も、何度もーー何度も。
地面の砂を掴んだ。
振り向いた。
砂を振り撒くように投げつけた。
悲鳴が聴こえた。
立ち上がりざま抜刀し、腹を切り裂くように胴斬りを打った。
小さく鈍い声が聴こえた。
おれの刀が、笠を被り片手に刀を持った男の腹を引き裂いていた。
切られた衣服には血が滲み、破れた腹からはドス黒い腸が顔を見せていた。
おれは刀を返してもう一度胴を斬ってやった。すると相手の腸は切れ、その場に吐き気を催すようなツンとした悪臭が漂った。
が、相手はまだ絶命出来ないようで、刀を落としその場に倒れ込むと腹と砂にまみれた腸を両手で抑えながらうめき、悶えていた。
おれは自分の刀を左手逆手に持ち変えると、相手の落とした刀を、相手の腸を踏みつけながら順手で拾い上げて、街道にそびえ立っている塀のほうを見た。
不穏な空気を感じた。間違いない。おれは塀のほうを見据えた。結構な距離だ。だが、多分これならばーー
腸を踏まれてうめくヤツの声が喧しく、おれの足をどかそうと必死になっているのが煩わしかったが、そんなことは関係ないといわんばかりに、おれは曲がり角で塀が終わる辺り場所へと向かって右手に握っていた刀を投げた。
投げた刀が何かに刺さった。
人の顔面だった。
刀が顔に刺さった何者かはそのままうしろに大の字に倒れた。ちょうどおれが刀を投げたところで、こちらを伺うために顔を大きく出してしまったのだろうーーそれが命取りだった。
何者かが大の字に倒れると物陰から悲鳴が聴こえた。おれはーー
「人のケツを追い掛けても無駄だ。姿を見せろよ。相手になってやるぜ」そういうと、少しして三人の男が姿を現した。「やっぱりな。ただの辻斬りじゃねぇとは思っていたが」
三人の男ーーひとりは守屋惣兵衛で、あとのふたりは惣兵衛の道場にて一戦交えた門下生のふたりだった。
「てことは、あとのふたりもおれと戦ったヤツか」答えは返ってこなかった。「金を返して欲しいんだろ?」
「違う」
惣兵衛がこちらへ歩み寄りながらいった。
「ほう、ならば何だ? 武士として、おれみたいな小僧に負けたのが納得いかないとでもいうのか?」おれのことばに惣兵衛は黙った。「図星らしいな。情けねぇ」
惣兵衛はおれのことばから少しして「違う」と否定したが、多分これは半分は合っていて、半分は間違いだろうとはおれもわかっていた。
半分はーー金のためだ。
「メンツも金も、返して欲しけりゃおれを殺してみろよ。今度はひとりずつとはいわねぇ、まとめて掛かって来な」
おれのことばが気に障ったのだろう、門下生のひとりが、「ふざけるなッ!」と声を上げて刀を抜いた。それに合わせてもうひとりの門下生と惣兵衛も刀を抜く。
だが、勝負は殆ど明らかだった。
いくら一対三とはいえ、おれがふたりを殺した時点で格付けは殆ど済んでしまっていた。
門下生ふたりの刀、その切っ先がぶるぶると震えているのを、おれは見逃さなかった。
あとは惣兵衛だが、惣兵衛は震えこそないものの、おれは惣兵衛の悪いクセをとっくに見抜いてしまっていた。
保身、虚勢ーー惣兵衛の本質はそこだった。
惣兵衛は数ある門下生という鎧に守られていた貧弱なタヌキでしかなかった。
それをおれは道場で相対した瞬間に感じ、結果はおれの勝利で終わった。
惣兵衛は、所詮は称号と立場ばかりが大きくなり、面の皮ばかりが厚くなったタヌキでしかなかったのだ。つまり、人を化かすことに関しては一流だが、武術家としての実力はほぼ皆無に等しいということ、いってしまえばーー
惣兵衛は単なる道化でしかなかったのだ。
それはつまり、勝負は刀を抜いた時点でほぼ決していたということを意味する。そのせいで、何の因果もないふたりの若者が死という闇へ片足を突っ込むこととなったワケだがーー。
「どうした、来ないのか?」おれがいっても、惣兵衛たちは掛かって来なかった。「なら、おれから行ってやるよ」
おれは腸を剥き出しにした門下生を蹴飛ばして跨ぎ、ゆっくりと歩き出すと、三人のほうへと向かっていった。おれが近づくごとに門下生ふたりの震えが大きくなった。
「行け!」
惣兵衛がいうと、門下生ふたりは「ひっ!」と情けない声を上げた。だが、惣兵衛はお構い無しに、同じことばを今度は語気を強めていった。そして、門下生ふたりは刀を上段に構え、悲鳴を上げながらおれに向かって来た。
おれは一気に走り出した。
門下生ふたりの顔と右手が強張るのがわかった。が、おれはーー
ふたりの間を身を低くして滑り込んだ。
門下生ふたりが、ハッとしたのがわかった。だが互いに力が入り過ぎていて刀を止められず、かつおれのほうへ向きを変えようとしたせいで互いの刀は互いの肉体に食い込んだ。
相討ちーーふたりはその場に倒れた。
あとは惣兵衛ただひとりだ。
惣兵衛はふたりが倒れたのを目の当たりにすると、声を上げてその場に尻餅をついた。刀は取り落とし、もはやそれを拾う余裕もないようだった。おれはすくっと立ち上がり、惣兵衛のほうへ歩き出した。そして、目の前におれが立ちはだかると、惣兵衛は開いた右手をおれに向かって掲げ、
「待て、助けてくれ! こんなことをしたのは謝る! 拙者もつまらないメンツのためにやらざるを得なかったのだ! だからーー」
おれは惣兵衛を袈裟懸けに斬り捨てた。
その時の惣兵衛の顔は印象的で、哀しみと絶望の入り交じったような、引き吊った表情をしていた。その表情が、おれの目に鮮明に焼き付き、今後死ぬまでーーいや、死んだ後の今まで残り続けている、というワケだ。
風が吹いた。
おれはこの日、人殺しになったーー
【続く】
ひとり、またひとりと倒れていく。悲鳴を上げながら。苦痛に満ちた表情。死はすぐそこにある。急ぐ必要などなかったはず。なのに、ヤツらは急がざるを得なかった。何故かーー
支配者に命じられたからだ。
次で四人目になる。おれは背後の相手の手を見る。手が倒れている。普通なら切り下ろしたいところを隙と振りが小さくなる胴切りを選んだのは聡明だ。欲をいえば、足を狩りに来るか、切り上げの形のほうが良かったが、これでも充分及第点だろう。コイツは少しはやるヤツだったのだな、と不意にそう思う。
だが、相手を間違えた。
いくら神が命じたからといって、おれに切先を向けたのはマズかった。
おれは腰を落としつつ刀を立てながら一回転半する。目論見通り、ヤツの胴斬りはおれが半回転するかのところでおれの刀に弾かれる。
そして、ヤツは目を見開き、「えっ!?」というような顔をする。それでわかる。コイツは所詮はこの程度だったのだ、と。
あの場面で胴斬りをしようという咄嗟の判断は素晴らしかった。だが、二ノ手、三ノ手を想定していないのが表情に出てしまっていた。
ヤツは一ノ手でおれを殺すつもりでいたーーそれが見え見えだった。だからこそ、手を遮られたら驚愕の表情を見せたのだ。単純な男。
おれは一回転半したところで回転してついた勢いを利用して四人目を袈裟懸けに斬り捨てる。驚きの表情は一瞬にして絶望に変わり、斬られた後は「死にたくない」という想いを表情に宿らせて地面に額をつけて死んでいくのだ。
単純な話だった。
おれが殺すか、ヤツらが殺すか、それだけ。
だが、状況が悪かった。ヤツらはおれを舐め腐っている。いくらおれがあのデカイ狂犬に勝ったからといって、そんなのはまぐれかもしれない。更にいえば、おれはあの犬コロとの対決で疲れ果てているーーはず。いや、そうに違いない。それよりも自分たちは神の庇護のもとにおり、自分だけでなく仲間がたくさんいる。そんな自分たちが負けるワケがない。そんな悲鳴がおれには聴こえて来るようだった。
四人を斬り捨て、おれは一歩引き、小さく息をついて周りを見渡す。あと四人、か。
おれは生き残っている四人ーーその各々の握りグセを見る。だが、四人全員の刀の切先は既に見てわかる程に震えている。
気を緩ませるにはまだ早すぎるとはいえ、もはや勝負は殆どついたようなモノだった。
四人は完全にビビっている。あとは互いに目配せしながら、誰が先に行くかを仲間内で牽制し合うのみ。まぁ、神の手前、何もせずにただ突っ立っているワケにもいかないだろうから、何かしらの動きは見せるだろうが。
だが、決定的なのは、おれに休む余裕を与えてしまったということだ。
四人目が斬りつけて来た後、間髪入れずに四人が連続して斬りつけて来たなら、まだどうなるかわからなかっただろう。下手したら、おれはそのまま斬られていたかもしれない。
だが、手を止めてしまった。多勢に無勢もこれでは何の意味もない。
大人数で戦うことの最大の弱み、それは個人の動きが仲間の動向に左右されてしまうということだ。つまり、ひとりを制圧してしまえば、それだけで個人の動きが大きく狂いかねない、ということと相違ない。
四人の死を目の前にして身体を震わせて手を止める四人の生存者。やはりそこで仲間としての絆を守ることよりも、自分という個人の保身に走ることを優先してしまっている。
自分も屍になるのではないかーーイヤだ!
そんな声が、ヤツラの一挙手一投足から悲鳴のようにして聴こえてくるのだ。
そう、まるであの時と同じようにーー
守屋惣兵衛の道場を後にすると、おれはその日のねぐらを探して街道を歩いていた。
懐は暖かかった。守屋のメンツを傷つけてしまったのは悪いが、おれだって身体を張ったのだ。これがひとり対複数人での勝負における報酬と考えればちょうどいいのかもしれない。
おれは懐でジャラジャラと音を立てる銭に幾分気を良くしていたかもしれない。
だが、そこで突然風が吹いた。
おれは弛んでいた表情をすぐさま緊張させて立ち止まり、うしろへ目付をした。
誰かがいる。
すぐにわかった。微かだが、自分のモノとは違う足音が混じっていた。
おれは振り返らなかった。そのまま屈み込み、声を上げながら草履の鼻緒が食い込む右足の親指と人差し指を擦って見せた。
そのまま悪態をつきながら足の指を擦り続けた。何度も、何度もーー何度も。
地面の砂を掴んだ。
振り向いた。
砂を振り撒くように投げつけた。
悲鳴が聴こえた。
立ち上がりざま抜刀し、腹を切り裂くように胴斬りを打った。
小さく鈍い声が聴こえた。
おれの刀が、笠を被り片手に刀を持った男の腹を引き裂いていた。
切られた衣服には血が滲み、破れた腹からはドス黒い腸が顔を見せていた。
おれは刀を返してもう一度胴を斬ってやった。すると相手の腸は切れ、その場に吐き気を催すようなツンとした悪臭が漂った。
が、相手はまだ絶命出来ないようで、刀を落としその場に倒れ込むと腹と砂にまみれた腸を両手で抑えながらうめき、悶えていた。
おれは自分の刀を左手逆手に持ち変えると、相手の落とした刀を、相手の腸を踏みつけながら順手で拾い上げて、街道にそびえ立っている塀のほうを見た。
不穏な空気を感じた。間違いない。おれは塀のほうを見据えた。結構な距離だ。だが、多分これならばーー
腸を踏まれてうめくヤツの声が喧しく、おれの足をどかそうと必死になっているのが煩わしかったが、そんなことは関係ないといわんばかりに、おれは曲がり角で塀が終わる辺り場所へと向かって右手に握っていた刀を投げた。
投げた刀が何かに刺さった。
人の顔面だった。
刀が顔に刺さった何者かはそのままうしろに大の字に倒れた。ちょうどおれが刀を投げたところで、こちらを伺うために顔を大きく出してしまったのだろうーーそれが命取りだった。
何者かが大の字に倒れると物陰から悲鳴が聴こえた。おれはーー
「人のケツを追い掛けても無駄だ。姿を見せろよ。相手になってやるぜ」そういうと、少しして三人の男が姿を現した。「やっぱりな。ただの辻斬りじゃねぇとは思っていたが」
三人の男ーーひとりは守屋惣兵衛で、あとのふたりは惣兵衛の道場にて一戦交えた門下生のふたりだった。
「てことは、あとのふたりもおれと戦ったヤツか」答えは返ってこなかった。「金を返して欲しいんだろ?」
「違う」
惣兵衛がこちらへ歩み寄りながらいった。
「ほう、ならば何だ? 武士として、おれみたいな小僧に負けたのが納得いかないとでもいうのか?」おれのことばに惣兵衛は黙った。「図星らしいな。情けねぇ」
惣兵衛はおれのことばから少しして「違う」と否定したが、多分これは半分は合っていて、半分は間違いだろうとはおれもわかっていた。
半分はーー金のためだ。
「メンツも金も、返して欲しけりゃおれを殺してみろよ。今度はひとりずつとはいわねぇ、まとめて掛かって来な」
おれのことばが気に障ったのだろう、門下生のひとりが、「ふざけるなッ!」と声を上げて刀を抜いた。それに合わせてもうひとりの門下生と惣兵衛も刀を抜く。
だが、勝負は殆ど明らかだった。
いくら一対三とはいえ、おれがふたりを殺した時点で格付けは殆ど済んでしまっていた。
門下生ふたりの刀、その切っ先がぶるぶると震えているのを、おれは見逃さなかった。
あとは惣兵衛だが、惣兵衛は震えこそないものの、おれは惣兵衛の悪いクセをとっくに見抜いてしまっていた。
保身、虚勢ーー惣兵衛の本質はそこだった。
惣兵衛は数ある門下生という鎧に守られていた貧弱なタヌキでしかなかった。
それをおれは道場で相対した瞬間に感じ、結果はおれの勝利で終わった。
惣兵衛は、所詮は称号と立場ばかりが大きくなり、面の皮ばかりが厚くなったタヌキでしかなかったのだ。つまり、人を化かすことに関しては一流だが、武術家としての実力はほぼ皆無に等しいということ、いってしまえばーー
惣兵衛は単なる道化でしかなかったのだ。
それはつまり、勝負は刀を抜いた時点でほぼ決していたということを意味する。そのせいで、何の因果もないふたりの若者が死という闇へ片足を突っ込むこととなったワケだがーー。
「どうした、来ないのか?」おれがいっても、惣兵衛たちは掛かって来なかった。「なら、おれから行ってやるよ」
おれは腸を剥き出しにした門下生を蹴飛ばして跨ぎ、ゆっくりと歩き出すと、三人のほうへと向かっていった。おれが近づくごとに門下生ふたりの震えが大きくなった。
「行け!」
惣兵衛がいうと、門下生ふたりは「ひっ!」と情けない声を上げた。だが、惣兵衛はお構い無しに、同じことばを今度は語気を強めていった。そして、門下生ふたりは刀を上段に構え、悲鳴を上げながらおれに向かって来た。
おれは一気に走り出した。
門下生ふたりの顔と右手が強張るのがわかった。が、おれはーー
ふたりの間を身を低くして滑り込んだ。
門下生ふたりが、ハッとしたのがわかった。だが互いに力が入り過ぎていて刀を止められず、かつおれのほうへ向きを変えようとしたせいで互いの刀は互いの肉体に食い込んだ。
相討ちーーふたりはその場に倒れた。
あとは惣兵衛ただひとりだ。
惣兵衛はふたりが倒れたのを目の当たりにすると、声を上げてその場に尻餅をついた。刀は取り落とし、もはやそれを拾う余裕もないようだった。おれはすくっと立ち上がり、惣兵衛のほうへ歩き出した。そして、目の前におれが立ちはだかると、惣兵衛は開いた右手をおれに向かって掲げ、
「待て、助けてくれ! こんなことをしたのは謝る! 拙者もつまらないメンツのためにやらざるを得なかったのだ! だからーー」
おれは惣兵衛を袈裟懸けに斬り捨てた。
その時の惣兵衛の顔は印象的で、哀しみと絶望の入り交じったような、引き吊った表情をしていた。その表情が、おれの目に鮮明に焼き付き、今後死ぬまでーーいや、死んだ後の今まで残り続けている、というワケだ。
風が吹いた。
おれはこの日、人殺しになったーー
【続く】