【帝王霊~弐拾捌~】
文字数 2,136文字
室内には湿ったカビ臭さが充満している。
人が入った形跡も掃除をした様子もあまり見られない。ただ、建物、部屋だけがそこにあり、ずっと放置されている。そんな感じ。
「なるほど、ねぇ……」めぐみはいう。「てか、あたしのこと、覚えててくれたんだ」
「覚えてたで。アナタみたいに不思議な魅力がある人はそうそう忘れん」
和雅がいうと、めぐみはクスリと笑う。
「もしかして、あたしのこと口説いてる?」
「口説いてるとしたら、それはめぐみさんがおれをじゃないんか?」
「ふふ、そうかもね」
微笑するめぐみに和雅はことばを失い、明らかな動揺を見せる。そんな和雅を見て、めぐみは更に声を上げて笑う。
「ほんと、ピュアなんだから」
「うるさいな。てか、ここは何なんよ」
ぶっきらぼうだが、本心から溢れ出たような疑問を呈する。
そこはちょっとしたアパートの一室だった。家賃も県内としては比較的高いくらいかといった程度であろうか。ただ、そこには何の家具もなく、薄汚れて灰色になり掛けた白の壁に、木目のパンチが敷かれたフローリングが特徴的だった。だが、そんな裸同然の部屋にも関わらず、カーテンだけは掛けてある。
「殆ど何にもないのに、カーテンだけはある。それに、この部屋のカギを持ってるってことは、ここ、めぐみさんの部屋なんか?」
「正解といえばそうだけど、違うといえば違う。そういったら?」
「ワケがわからんね」
「じゃあ、ヒント。さっき和雅くんがしてくれた話の中に大きなヒントがあるよ」
「おれがした話に?」
和雅は考え込む。和雅がした話、それはいうまでもなく成松蓮斗が外夢の市長選に立候補し、選挙活動をしていたという話。だが、ここは演説のあった場所とは遠く、とてもじゃないがそれっぽい関わりがあるようには思えない。
「選挙事務所、じゃないよな」
「そうだね。振り込め詐偽の事務所じゃないんだし、体裁もあるから、そこはもうちょっとちゃんとしたところを借りるよ」
「そりゃあそうよな……」
和雅は考える。静かな室内に和雅の腕時計の秒針の音だけが静かに響く。まるで時が息吹を吐いているような、無駄に緊張感のある音。と、和雅はハッとする。
「もしかして、丸栗千恵のことか?」
「ふふ、流石」妖しげに微笑むめぐみ。「ご名答。よくわかったね」
丸栗千恵。佐野めぐみが成松の秘書になる前任の秘書であり愛人だった、かつての市議会議員選挙において当選したあの女である。
「じゃあ、ここは丸栗千恵が住んでいたってなっていたダミーの部屋か」
「ふふ、わかりだすと早いね、やっぱり。そう。ここは丸栗さんが市議会議員選挙をするに当たって借りたダミーの住居だよ」
「なるほど。でも、それも無駄になった。当選は取り消し。丸栗議員は自治体に対して異議を申し立てたが、そんなことは問答無用、はねつけられ、裁判でも惨敗。サクセス・ストーリーってのは思い通りに行かないもんだねぇ」
丸栗千恵は確かに市議会議員の選挙に当選した。だが、その当選はあることが原因となって取り消しとなる。それは、
丸栗千恵に外夢市での居住実体が認められなかったからだった。
通常、市議会議員というのは、その自治体への一定以上の居住実体が認められなければならない。それは電気やガス、水道といったライフラインの使用といった細かなことから調査され、割り出されていく。
だが、丸栗はそれが認められなかった。ライフラインの使用量は一般的な生活をしているとは思えないほどに低く、とてもじゃないがその居住が認められるモノではなかった。
過度に節約している。仮にそうだったとしても、トイレに行って水を流さないことはないし、洗い物をまったくしないということも考えられない。丸栗はそのことに関して、
「トイレはコンビニのモノを利用した。食器は使い捨てのモノ、あるいは外で買ったインスタント食品や惣菜をメインにし、洗い物はしなかったし、洗濯はランドリーで済ませた」
とのことだったが、コンビニのトイレを利用しなければならないほどに切迫した経済状況の中で使い捨てのモノを多量に使うとは逆に考えられないし、またそこらで切り詰めたにしても、ライフラインの使用がほぼゼロに近かったこと、近隣住民からの目撃もなかったこと、使用していたランドリーの監視カメラにまったく映っていなかった等の理由で、居住実体が認められることはなく、丸栗は手に入れたばかりの議員バッジを早々に返上することとなった。
「それが発覚したのが市長選が始まって少ししてから。丸栗さんの居住実体についての追及は成松の選挙に大きなダメージを与えた」
「それで気づけば成松の応援団から丸栗千恵は消えていたということか」
「そう。居住実体のことで成松は慌てていた。自分にもそんなモノはなかったから。だけど、市議会議員と違って市長には居住実体は必要ない。悪運の強いことに成松はその市長という肩書きに救われたということになる」
「なるほど、ねぇ。でもよ、その後、丸栗千恵はどうなったんよ。おれが知る限りじゃ、自治体に当選取り消しは不当だって訴えて惨敗して以降、姿を消したって印象なんだが」
和雅の質問に、めぐみは寂しそうに笑う。
「殺されたよ」
空気が張り詰める音がした。
【続く】
人が入った形跡も掃除をした様子もあまり見られない。ただ、建物、部屋だけがそこにあり、ずっと放置されている。そんな感じ。
「なるほど、ねぇ……」めぐみはいう。「てか、あたしのこと、覚えててくれたんだ」
「覚えてたで。アナタみたいに不思議な魅力がある人はそうそう忘れん」
和雅がいうと、めぐみはクスリと笑う。
「もしかして、あたしのこと口説いてる?」
「口説いてるとしたら、それはめぐみさんがおれをじゃないんか?」
「ふふ、そうかもね」
微笑するめぐみに和雅はことばを失い、明らかな動揺を見せる。そんな和雅を見て、めぐみは更に声を上げて笑う。
「ほんと、ピュアなんだから」
「うるさいな。てか、ここは何なんよ」
ぶっきらぼうだが、本心から溢れ出たような疑問を呈する。
そこはちょっとしたアパートの一室だった。家賃も県内としては比較的高いくらいかといった程度であろうか。ただ、そこには何の家具もなく、薄汚れて灰色になり掛けた白の壁に、木目のパンチが敷かれたフローリングが特徴的だった。だが、そんな裸同然の部屋にも関わらず、カーテンだけは掛けてある。
「殆ど何にもないのに、カーテンだけはある。それに、この部屋のカギを持ってるってことは、ここ、めぐみさんの部屋なんか?」
「正解といえばそうだけど、違うといえば違う。そういったら?」
「ワケがわからんね」
「じゃあ、ヒント。さっき和雅くんがしてくれた話の中に大きなヒントがあるよ」
「おれがした話に?」
和雅は考え込む。和雅がした話、それはいうまでもなく成松蓮斗が外夢の市長選に立候補し、選挙活動をしていたという話。だが、ここは演説のあった場所とは遠く、とてもじゃないがそれっぽい関わりがあるようには思えない。
「選挙事務所、じゃないよな」
「そうだね。振り込め詐偽の事務所じゃないんだし、体裁もあるから、そこはもうちょっとちゃんとしたところを借りるよ」
「そりゃあそうよな……」
和雅は考える。静かな室内に和雅の腕時計の秒針の音だけが静かに響く。まるで時が息吹を吐いているような、無駄に緊張感のある音。と、和雅はハッとする。
「もしかして、丸栗千恵のことか?」
「ふふ、流石」妖しげに微笑むめぐみ。「ご名答。よくわかったね」
丸栗千恵。佐野めぐみが成松の秘書になる前任の秘書であり愛人だった、かつての市議会議員選挙において当選したあの女である。
「じゃあ、ここは丸栗千恵が住んでいたってなっていたダミーの部屋か」
「ふふ、わかりだすと早いね、やっぱり。そう。ここは丸栗さんが市議会議員選挙をするに当たって借りたダミーの住居だよ」
「なるほど。でも、それも無駄になった。当選は取り消し。丸栗議員は自治体に対して異議を申し立てたが、そんなことは問答無用、はねつけられ、裁判でも惨敗。サクセス・ストーリーってのは思い通りに行かないもんだねぇ」
丸栗千恵は確かに市議会議員の選挙に当選した。だが、その当選はあることが原因となって取り消しとなる。それは、
丸栗千恵に外夢市での居住実体が認められなかったからだった。
通常、市議会議員というのは、その自治体への一定以上の居住実体が認められなければならない。それは電気やガス、水道といったライフラインの使用といった細かなことから調査され、割り出されていく。
だが、丸栗はそれが認められなかった。ライフラインの使用量は一般的な生活をしているとは思えないほどに低く、とてもじゃないがその居住が認められるモノではなかった。
過度に節約している。仮にそうだったとしても、トイレに行って水を流さないことはないし、洗い物をまったくしないということも考えられない。丸栗はそのことに関して、
「トイレはコンビニのモノを利用した。食器は使い捨てのモノ、あるいは外で買ったインスタント食品や惣菜をメインにし、洗い物はしなかったし、洗濯はランドリーで済ませた」
とのことだったが、コンビニのトイレを利用しなければならないほどに切迫した経済状況の中で使い捨てのモノを多量に使うとは逆に考えられないし、またそこらで切り詰めたにしても、ライフラインの使用がほぼゼロに近かったこと、近隣住民からの目撃もなかったこと、使用していたランドリーの監視カメラにまったく映っていなかった等の理由で、居住実体が認められることはなく、丸栗は手に入れたばかりの議員バッジを早々に返上することとなった。
「それが発覚したのが市長選が始まって少ししてから。丸栗さんの居住実体についての追及は成松の選挙に大きなダメージを与えた」
「それで気づけば成松の応援団から丸栗千恵は消えていたということか」
「そう。居住実体のことで成松は慌てていた。自分にもそんなモノはなかったから。だけど、市議会議員と違って市長には居住実体は必要ない。悪運の強いことに成松はその市長という肩書きに救われたということになる」
「なるほど、ねぇ。でもよ、その後、丸栗千恵はどうなったんよ。おれが知る限りじゃ、自治体に当選取り消しは不当だって訴えて惨敗して以降、姿を消したって印象なんだが」
和雅の質問に、めぐみは寂しそうに笑う。
「殺されたよ」
空気が張り詰める音がした。
【続く】