【帝王霊~死拾壱~】
文字数 2,095文字
夜闇の中で光る街灯に虫けらが群がる。
まるでそれは一縷の希望にすがる敗残者のよう。これがまだ街灯だから良かった。もし、これが燃えたぎる炎だったら、虫けらは自らの意思で自らの身体を焼き、死んでしまうだろう。
ボンヤリとした光というのは、毒と薬。飲めばいい効果があるが、同時に身体への負担にもなる。そして、それがトラップならば、何も考えずに光へ寄っていく者は自ずと犠牲になる。
そして、ここにまたひとり、光の中へと寄ってこようとする者の姿がある。だが、その姿は明かりに群がる虫けらというより、群がる虫けらを補食しようとするプレデターのようだ。
「ヤバいのが取り憑いてる?」和雅が訊ねる。
「うん。ちょっとヤバイね。何ていうか、わたしみたいなまともな人間の体も保ってない」
和雅とチエが話している間も警官は歩み寄って来る。まるでその足並みはスローで、足音はエコーが掛かったように響いて聴こえる。
「どういうこと?」と和雅。
「いってしまえば、亡者というか。真っ黒な人形で、目はくり貫かれたように丸い闇。口はボンヤリと開いて酷い絶叫を上げている。ろくでもない霊の寄せ集めみたい」
低級霊の集合体。所謂『集合霊』というヤツだ、とチエは説明する。あんなのに憑かれたら、まず間違いなく生気は吸われ、いっぺんにその人の人生は腐り落ちてしまうだろう、ということだった。
「マジかよ……」
「それだけじゃないよ」メグミがいう。「あの警官だけじゃなくて、あたしたちの周りにそういった集合霊がたくさんウヨウヨしてる」
和雅の表情に緊張が走る。和雅の目に映ったメグミの表情はいつになく強張っている。まず間違いなく、メグミにとってもマズイ状況になっている。と、チエがいう。
「安心して。和雅くんにはわたしが取り憑いてるから、まだ何とかなるから」
「じゃあ、メグミさんは?」
「……さぁ、この女のことは知らない」
「そんな……ッ!」
「でも、この女、周りの人と違って強い霊感があるみたいだし、何とかなるんじゃない?」
無責任なことば。和雅も絶句している。と、和雅は目線を動かして辺りを見回す。
「声……?」
「わたしたちを取り囲んでいる亡者の声だよ。ほんとイヤな気分。吐きそうになる」
「チエ」メグミがいう。「和雅くんをお願い」
ハッとする和雅。口を開こうとするも、それもチエのことばに掻き消される。
「まぁ、彼がいないとわたしもここでひとりぼっちなワケだしね」
警官がすぐそこまで来ている。和雅は目を細める。張り詰めた空気。音のない音がキーンと響いている。神経が軋む音。
警官の目は生気を失ったように虚ろな様相を呈している。まず間違いなく、人間としての意識は失われているだろう。和雅は手で口許を覆う。チエが和雅にいう。
「ことばはいらないから反応だけして。アンタ、感じやすいタイプでしょ」
和雅は何の反応も見せない。というより、どう反応していいかわからないといった様子だ。
「もしかして精神的に脆かったりする?」小さく頷く和雅に、チエは続ける。「やっぱり」
「和雅くんをお願い」
そういうと、メグミは前へ出る。
「メグミ……」チエの顔が歪む。「……だってさ、行くよ!」チエが語気を強めると、和雅は呆気に取られる。「早く! 安全なルートはわたしが確保するから!」
チエのことばに導かれるように、和雅は走り出す。何処かうしろめたさを抱いているような走り様ではあったが、その姿は街灯の向こう側にある闇の中へと消えて行った。
メグミは寂しげに笑う。振り返ることなく、ただうしろにちょっとした意識を向けて。
「おいッ!」
警官が走り去っていく和雅に声を掛ける。が、メグミはやや前にのめった警官の服を掴み思い切り引く。かと思いきや、警官が引かれた力に対抗しようと引き返す力を利用して大きくステップオーバーし、軽々と自分よりも大きな警官の身体を投げ飛ばしてしまう。
メグミはうつ伏せになった警官の背中に手のひらを置いたかと思うと、今度は力を込めその背中を押す。警官が声を上げる。と、その身体から黒い障気のようなモノが飛び出す。
と、その黒い障気に、メグミは何やら経のようなことばをブツブツと呟いたかと思うと、今度は引き裂くようにして手で思い切り払う。
黒い障気が霞のように消える。だが、園内ではまだボーン、ボーンといったような鈍い低音の呻き声が響いている。まるで、メグミのことを取り囲んでいるかのようだ。
メグミは荒々しく息を吐く。いつもは余裕なメグミも、この時ばかりはかなり無理をしているような笑みを浮かべている。
「……さすがにキツイね」
公園内は既に低級霊とそれらの集合体によって占拠されている。
「ふふ、ダメか……」
メグミは大きく息を吐き、天を仰ぎ見る。真っ暗な空のカーペットにキラキラと輝く星の装飾がたくさん散りばめられている。
とても美しい夜空だった。
メグミは目を閉じる。その目から星がひと粒零れ落ちる。
「ごめんね、お父さん……」
まるでそのことばが合図であったかのように、低級霊たちはメグミに飛び掛かる。
メグミは低級霊の中に消えて行った。
【続く】
まるでそれは一縷の希望にすがる敗残者のよう。これがまだ街灯だから良かった。もし、これが燃えたぎる炎だったら、虫けらは自らの意思で自らの身体を焼き、死んでしまうだろう。
ボンヤリとした光というのは、毒と薬。飲めばいい効果があるが、同時に身体への負担にもなる。そして、それがトラップならば、何も考えずに光へ寄っていく者は自ずと犠牲になる。
そして、ここにまたひとり、光の中へと寄ってこようとする者の姿がある。だが、その姿は明かりに群がる虫けらというより、群がる虫けらを補食しようとするプレデターのようだ。
「ヤバいのが取り憑いてる?」和雅が訊ねる。
「うん。ちょっとヤバイね。何ていうか、わたしみたいなまともな人間の体も保ってない」
和雅とチエが話している間も警官は歩み寄って来る。まるでその足並みはスローで、足音はエコーが掛かったように響いて聴こえる。
「どういうこと?」と和雅。
「いってしまえば、亡者というか。真っ黒な人形で、目はくり貫かれたように丸い闇。口はボンヤリと開いて酷い絶叫を上げている。ろくでもない霊の寄せ集めみたい」
低級霊の集合体。所謂『集合霊』というヤツだ、とチエは説明する。あんなのに憑かれたら、まず間違いなく生気は吸われ、いっぺんにその人の人生は腐り落ちてしまうだろう、ということだった。
「マジかよ……」
「それだけじゃないよ」メグミがいう。「あの警官だけじゃなくて、あたしたちの周りにそういった集合霊がたくさんウヨウヨしてる」
和雅の表情に緊張が走る。和雅の目に映ったメグミの表情はいつになく強張っている。まず間違いなく、メグミにとってもマズイ状況になっている。と、チエがいう。
「安心して。和雅くんにはわたしが取り憑いてるから、まだ何とかなるから」
「じゃあ、メグミさんは?」
「……さぁ、この女のことは知らない」
「そんな……ッ!」
「でも、この女、周りの人と違って強い霊感があるみたいだし、何とかなるんじゃない?」
無責任なことば。和雅も絶句している。と、和雅は目線を動かして辺りを見回す。
「声……?」
「わたしたちを取り囲んでいる亡者の声だよ。ほんとイヤな気分。吐きそうになる」
「チエ」メグミがいう。「和雅くんをお願い」
ハッとする和雅。口を開こうとするも、それもチエのことばに掻き消される。
「まぁ、彼がいないとわたしもここでひとりぼっちなワケだしね」
警官がすぐそこまで来ている。和雅は目を細める。張り詰めた空気。音のない音がキーンと響いている。神経が軋む音。
警官の目は生気を失ったように虚ろな様相を呈している。まず間違いなく、人間としての意識は失われているだろう。和雅は手で口許を覆う。チエが和雅にいう。
「ことばはいらないから反応だけして。アンタ、感じやすいタイプでしょ」
和雅は何の反応も見せない。というより、どう反応していいかわからないといった様子だ。
「もしかして精神的に脆かったりする?」小さく頷く和雅に、チエは続ける。「やっぱり」
「和雅くんをお願い」
そういうと、メグミは前へ出る。
「メグミ……」チエの顔が歪む。「……だってさ、行くよ!」チエが語気を強めると、和雅は呆気に取られる。「早く! 安全なルートはわたしが確保するから!」
チエのことばに導かれるように、和雅は走り出す。何処かうしろめたさを抱いているような走り様ではあったが、その姿は街灯の向こう側にある闇の中へと消えて行った。
メグミは寂しげに笑う。振り返ることなく、ただうしろにちょっとした意識を向けて。
「おいッ!」
警官が走り去っていく和雅に声を掛ける。が、メグミはやや前にのめった警官の服を掴み思い切り引く。かと思いきや、警官が引かれた力に対抗しようと引き返す力を利用して大きくステップオーバーし、軽々と自分よりも大きな警官の身体を投げ飛ばしてしまう。
メグミはうつ伏せになった警官の背中に手のひらを置いたかと思うと、今度は力を込めその背中を押す。警官が声を上げる。と、その身体から黒い障気のようなモノが飛び出す。
と、その黒い障気に、メグミは何やら経のようなことばをブツブツと呟いたかと思うと、今度は引き裂くようにして手で思い切り払う。
黒い障気が霞のように消える。だが、園内ではまだボーン、ボーンといったような鈍い低音の呻き声が響いている。まるで、メグミのことを取り囲んでいるかのようだ。
メグミは荒々しく息を吐く。いつもは余裕なメグミも、この時ばかりはかなり無理をしているような笑みを浮かべている。
「……さすがにキツイね」
公園内は既に低級霊とそれらの集合体によって占拠されている。
「ふふ、ダメか……」
メグミは大きく息を吐き、天を仰ぎ見る。真っ暗な空のカーペットにキラキラと輝く星の装飾がたくさん散りばめられている。
とても美しい夜空だった。
メグミは目を閉じる。その目から星がひと粒零れ落ちる。
「ごめんね、お父さん……」
まるでそのことばが合図であったかのように、低級霊たちはメグミに飛び掛かる。
メグミは低級霊の中に消えて行った。
【続く】