【西陽の当たる地獄花~弐拾睦~】
文字数 2,022文字
「あの野郎が猿田源之助の兄弟子、だと!?」
強張る牛馬の声にまったく関心も持たないように淡々と、悩顕は頷く。
「あぁ。あの男は猿田源之助の兄弟子であると同時に、猿田源之助に殺されたというのだ」
「猿田源之助に?」
「そうだ。詳しい話はよくわからないが、あの男は剣術の師範であった猿田源之助の父親を殺したらしい。その件で猿田源之助は十年もの歳月を復讐に費やした。最期は江戸の近くにある寺の本堂にて猿田源之助に殺されたという」
「仇討ちか……。となると、天誅屋を始める前のことか」牛馬は笑い出す。「……おれもあの野郎も同じヤツに殺されて、彼岸に来た今、合間見えようとしている。おれも土佐流には因縁があるんだ。そうと決まったら、ヤツを殺す策を考えるかーーおい、小便垂らし」
そう呼ばれ、ムッとする鬼水。
「何ですか?」
「あの白銀の野郎のこと、どう思った?」
犬ーー鬼水は顔を伏せ、口を開く。
まるで白銀のようなその流麗な姿は、鋭く光る月のようだった。
そのしなやかな肢体に、妖艶に輝く白鞘の刀身は、あらゆる生き物に死の幻想と願望を抱かせんとするようだったーーそう、鬼水はいう。
「顔を見れば男とはわかる。ですが、その感じは何処か美しいというか、何というか……」
「何だテメェ、オカマ野郎か?」
嘲笑気味に牛馬がいうと、鬼水はそういわれたことが不愉快だったのかムッとしてーー
「人が真面目に話してるのに茶化すのは止めてくれませんか?」
「ハッ! 済まねぇな」牛馬は反省した様子もなく笑いながらいう。「で、あと少しで極楽を抜けるってところで、あの野郎に見つかって殺された。そういうことでいいんだな」
鬼水は頷く。
「はい。一瞬のことでしたーー」
すべては一瞬の出来事だった。鬼水と共に極楽へやって来た閻魔の遣いたちは、白銀の男を前に刀を抜き臨戦体勢を取り、白銀の男へと向かって行ったが、次の瞬間には向かって行った閻魔の遣いたちの首や腕、脚と人体の様々な部位がそこら辺に飛び散った。
悲鳴が飛び散るーー血しぶきと共に。
「あれあれ、閻魔の手下の鬼どものクセに大したことないんだねぇ」
白銀の男は刀身にベッタリと血がついた刀をそのまま納刀した。
閻魔の遣いたちは鬼水を除いてみな殺され、もはや戦える者は鬼水しかいなかった。閻魔の遣いたちと共に極楽を脱出しようとした極楽の中級役人たちは目に涙を溜めてその場にへたり込んだり、走って逃げようとしたりした。
が、逃げようとしたところで無駄だった。
まず、逃げようとした中級役人は、みな転倒し動かなくなった。その役人たちの後頭部には、みな手裏剣が刺さっていた。
「逃げようなんて、そんな寂しいことはいいっこなしじゃないか?」
白銀の男の右手には数本の手裏剣が握られていた。その場にへたり込んだ中級役人たちは涙と鼻水を垂れ流して、首を横に振ったり、口許を震わせたりして目の前に立ちはだかる死の恐怖を何とかして否定しようとしているが、そんなのは何の意味もなさなかった。
突然、へたり込んでいた中級役人たちの頭が後方へ垂れた。その額には、やはり手裏剣が突き刺さっている。白銀の男の手には手裏剣は一本も残っていないーー
「貴様……ッ!」
鬼水は漸く刀を抜いた。鬼水が遅すぎたのではなかったーー白銀の男が速すぎたのだ。その結果が、この一瞬の殺戮劇だったのだ。
気づけば、そこで生きているのは、白銀の男を除けば鬼水と宗賢のふたりだけとなっていた。
「残りはあとふたりか……、儚いもんだな」
ケタケタ嗤う白銀の男。刀を握る鬼水の右手にグッと力が入り、痙攣する。
「どうしたんだい? ビビってるじゃないか」鬼水は何も答えなかった。「……あくまでおれに勝とうっていうのかい? 愚かな」
白銀の男は白鞘の刀を再び鞘から抜き出した。相変わらず刀身にはベッタリとした血がついたままになっていた。
刀身から垂れる血。まるで、刀が今すぐにでも人間の身体を貪りたいとヨダレを垂らしているようだった。
刀を抜ききると、白銀の男は刀を構えることなく、そのまま体を開いて鬼水に向き合った。
「掛かって来なよ、坊っちゃん」
不敵な笑みを浮かべる白銀の男。鬼水は震える手を押さえつけるように刀をグッと握った。そして、悲鳴を上げて向かって行ったーー
「で、結局はダメだった、と」
牛馬のことばに、犬ーー鬼水は申し訳なさそうにコクりと頷く。
「はい……」
「だろうな。あの手の腕の持ち主に突撃かますなんて、殺してくれっていってるようなもんだからな。で、小便垂らしがやられた後になって、そこの役人も殺された、と」
「そうです……。首をーー」宗賢は死の瞬間の恐怖を思い出すようにことばを強張らせる。
「しかし、牛馬様が負けるなんて……、一体何があったのですか?」
鬼水が問うと、牛馬は、あぁと相槌を打ち、ポッカリ空いた天井を何となく仰ぎ見るようにする。そして、牛馬は語り出すーー
【続く】
強張る牛馬の声にまったく関心も持たないように淡々と、悩顕は頷く。
「あぁ。あの男は猿田源之助の兄弟子であると同時に、猿田源之助に殺されたというのだ」
「猿田源之助に?」
「そうだ。詳しい話はよくわからないが、あの男は剣術の師範であった猿田源之助の父親を殺したらしい。その件で猿田源之助は十年もの歳月を復讐に費やした。最期は江戸の近くにある寺の本堂にて猿田源之助に殺されたという」
「仇討ちか……。となると、天誅屋を始める前のことか」牛馬は笑い出す。「……おれもあの野郎も同じヤツに殺されて、彼岸に来た今、合間見えようとしている。おれも土佐流には因縁があるんだ。そうと決まったら、ヤツを殺す策を考えるかーーおい、小便垂らし」
そう呼ばれ、ムッとする鬼水。
「何ですか?」
「あの白銀の野郎のこと、どう思った?」
犬ーー鬼水は顔を伏せ、口を開く。
まるで白銀のようなその流麗な姿は、鋭く光る月のようだった。
そのしなやかな肢体に、妖艶に輝く白鞘の刀身は、あらゆる生き物に死の幻想と願望を抱かせんとするようだったーーそう、鬼水はいう。
「顔を見れば男とはわかる。ですが、その感じは何処か美しいというか、何というか……」
「何だテメェ、オカマ野郎か?」
嘲笑気味に牛馬がいうと、鬼水はそういわれたことが不愉快だったのかムッとしてーー
「人が真面目に話してるのに茶化すのは止めてくれませんか?」
「ハッ! 済まねぇな」牛馬は反省した様子もなく笑いながらいう。「で、あと少しで極楽を抜けるってところで、あの野郎に見つかって殺された。そういうことでいいんだな」
鬼水は頷く。
「はい。一瞬のことでしたーー」
すべては一瞬の出来事だった。鬼水と共に極楽へやって来た閻魔の遣いたちは、白銀の男を前に刀を抜き臨戦体勢を取り、白銀の男へと向かって行ったが、次の瞬間には向かって行った閻魔の遣いたちの首や腕、脚と人体の様々な部位がそこら辺に飛び散った。
悲鳴が飛び散るーー血しぶきと共に。
「あれあれ、閻魔の手下の鬼どものクセに大したことないんだねぇ」
白銀の男は刀身にベッタリと血がついた刀をそのまま納刀した。
閻魔の遣いたちは鬼水を除いてみな殺され、もはや戦える者は鬼水しかいなかった。閻魔の遣いたちと共に極楽を脱出しようとした極楽の中級役人たちは目に涙を溜めてその場にへたり込んだり、走って逃げようとしたりした。
が、逃げようとしたところで無駄だった。
まず、逃げようとした中級役人は、みな転倒し動かなくなった。その役人たちの後頭部には、みな手裏剣が刺さっていた。
「逃げようなんて、そんな寂しいことはいいっこなしじゃないか?」
白銀の男の右手には数本の手裏剣が握られていた。その場にへたり込んだ中級役人たちは涙と鼻水を垂れ流して、首を横に振ったり、口許を震わせたりして目の前に立ちはだかる死の恐怖を何とかして否定しようとしているが、そんなのは何の意味もなさなかった。
突然、へたり込んでいた中級役人たちの頭が後方へ垂れた。その額には、やはり手裏剣が突き刺さっている。白銀の男の手には手裏剣は一本も残っていないーー
「貴様……ッ!」
鬼水は漸く刀を抜いた。鬼水が遅すぎたのではなかったーー白銀の男が速すぎたのだ。その結果が、この一瞬の殺戮劇だったのだ。
気づけば、そこで生きているのは、白銀の男を除けば鬼水と宗賢のふたりだけとなっていた。
「残りはあとふたりか……、儚いもんだな」
ケタケタ嗤う白銀の男。刀を握る鬼水の右手にグッと力が入り、痙攣する。
「どうしたんだい? ビビってるじゃないか」鬼水は何も答えなかった。「……あくまでおれに勝とうっていうのかい? 愚かな」
白銀の男は白鞘の刀を再び鞘から抜き出した。相変わらず刀身にはベッタリとした血がついたままになっていた。
刀身から垂れる血。まるで、刀が今すぐにでも人間の身体を貪りたいとヨダレを垂らしているようだった。
刀を抜ききると、白銀の男は刀を構えることなく、そのまま体を開いて鬼水に向き合った。
「掛かって来なよ、坊っちゃん」
不敵な笑みを浮かべる白銀の男。鬼水は震える手を押さえつけるように刀をグッと握った。そして、悲鳴を上げて向かって行ったーー
「で、結局はダメだった、と」
牛馬のことばに、犬ーー鬼水は申し訳なさそうにコクりと頷く。
「はい……」
「だろうな。あの手の腕の持ち主に突撃かますなんて、殺してくれっていってるようなもんだからな。で、小便垂らしがやられた後になって、そこの役人も殺された、と」
「そうです……。首をーー」宗賢は死の瞬間の恐怖を思い出すようにことばを強張らせる。
「しかし、牛馬様が負けるなんて……、一体何があったのですか?」
鬼水が問うと、牛馬は、あぁと相槌を打ち、ポッカリ空いた天井を何となく仰ぎ見るようにする。そして、牛馬は語り出すーー
【続く】