【冷たい墓石で鬼は泣く~死重苦~】
文字数 1,040文字
緊張感はまったくといっていいほどなかった。
木刀を持ち身体をほぐしている武士が五人並んでいても、わたしには何も恐れることはなかった。それも、ここまで散々、たくさんの道場のたくさんの武士たちと稽古を重ねて来たからだったに違いなかった。
みな、やけに張り切っているような気がした。確かに、ここでいいところを見せれば、藤乃助様に認めて頂けるだろう。そういう魂胆が簡単に見透かすことが出来た。
確かに気合いの入っている人間は強い。だが、その反面、視野は狭くなりがちで、無駄な力も入ってしまいがちになるので、逆に動きが見破りやすくなるのも事実だった。少なくともわたしは気合いを入れて戦った結果、地面に額を付けることとなった人を何人も知っていた。それは気合いを入れるという行為には、また別の意味が含まれていることが殆どだと知っていたからでもあった。
恐怖ーー恐れを振り切りたい。そういった思いが人に声を出させる。声を出していれば、自分が生きているという実感を簡単に得ることが出来る。内から力が沸いてくるような錯覚も得られるし、声というのは人を酔わせる美酒のようなモノでしかない。
恐らく、負けることはないだろう。
初めて立ち合う相手で、油断は禁物ではあったが、あまりにも力強く木刀を振り続けるモノだから、それが逆効果。その人の持つ悪いクセというモノが丸見えになってしまっていて何とも皮肉な話だった。
だが、そんな中でひとりだけ、まったくもってやる気がなさそうな者がいた。
その者は一見して子供のようだった。齢でいえば、15、16といったところだろうか。にしても、他の武士は本当にやる気に満ちているというのに、この少年はさっさと終わって帰りたいといった様子が手に取るようにわかった。
そして、そんな少年を叱り付ける者がいるどころか、逆に距離を取られているような印象だった。
一体、何なのだ。確かにこの程度のこわっぱであれば、そこらの武士連中も気には留めないだろう。だが、直参の旗本のもとで、この態度というのは流石に無礼ではないだろうか。あの街道にて、わたしがちょっとでも可笑しな動きをしただけでワラワラと群がって来た連中だ。そんな者たちが、あのこわっぱのあのような態度を許すはずがない。
だとしたらーー
「牛野さん」藤乃助殿がわたしに呼び掛けて来た。「準備はよろしいでしょうか」
準備もなにも、わたしには必要などなかった。いつでもやれる。
わたしは大きく息を吐きながら、相槌を打った。
【続く】
木刀を持ち身体をほぐしている武士が五人並んでいても、わたしには何も恐れることはなかった。それも、ここまで散々、たくさんの道場のたくさんの武士たちと稽古を重ねて来たからだったに違いなかった。
みな、やけに張り切っているような気がした。確かに、ここでいいところを見せれば、藤乃助様に認めて頂けるだろう。そういう魂胆が簡単に見透かすことが出来た。
確かに気合いの入っている人間は強い。だが、その反面、視野は狭くなりがちで、無駄な力も入ってしまいがちになるので、逆に動きが見破りやすくなるのも事実だった。少なくともわたしは気合いを入れて戦った結果、地面に額を付けることとなった人を何人も知っていた。それは気合いを入れるという行為には、また別の意味が含まれていることが殆どだと知っていたからでもあった。
恐怖ーー恐れを振り切りたい。そういった思いが人に声を出させる。声を出していれば、自分が生きているという実感を簡単に得ることが出来る。内から力が沸いてくるような錯覚も得られるし、声というのは人を酔わせる美酒のようなモノでしかない。
恐らく、負けることはないだろう。
初めて立ち合う相手で、油断は禁物ではあったが、あまりにも力強く木刀を振り続けるモノだから、それが逆効果。その人の持つ悪いクセというモノが丸見えになってしまっていて何とも皮肉な話だった。
だが、そんな中でひとりだけ、まったくもってやる気がなさそうな者がいた。
その者は一見して子供のようだった。齢でいえば、15、16といったところだろうか。にしても、他の武士は本当にやる気に満ちているというのに、この少年はさっさと終わって帰りたいといった様子が手に取るようにわかった。
そして、そんな少年を叱り付ける者がいるどころか、逆に距離を取られているような印象だった。
一体、何なのだ。確かにこの程度のこわっぱであれば、そこらの武士連中も気には留めないだろう。だが、直参の旗本のもとで、この態度というのは流石に無礼ではないだろうか。あの街道にて、わたしがちょっとでも可笑しな動きをしただけでワラワラと群がって来た連中だ。そんな者たちが、あのこわっぱのあのような態度を許すはずがない。
だとしたらーー
「牛野さん」藤乃助殿がわたしに呼び掛けて来た。「準備はよろしいでしょうか」
準備もなにも、わたしには必要などなかった。いつでもやれる。
わたしは大きく息を吐きながら、相槌を打った。
【続く】