【藪医者放浪記~弍拾参~】
文字数 1,210文字
ウソがウソを呼ぶというのはあながち間違ってはいない。
いや、むしろ正しい。ただ、それは一個人だけの場合もあれば、ウソが他人に伝染することだってある。
ウソをつく人間というのは、基本的に見栄っ張りだ。自分が如何にすごいか、如何に誠実か、そんなことを喧伝するかの如く、ウソをつき、少しはウソで得た賞賛の美酒に酔いしれることもあるだろうが、結局その果てに待っているのは屈辱の汚泥の味だけなのである。
さて、ここにはそんなウソで塗り固めた自分を持て余して困惑している男女がふたりいる。ひとりは茂作、医者に間違われた結果、財産目当ての欲深さでウソをつき、もはや後戻りできないところまで来てしまった男。そして、もうひとりはお咲の君。ここ川越は松平邸の息女であり、件の騒動の中心にいる女。
だが、それはウソだった。
お咲が口が利けない病になったなど、大ウソだったのだ。
「おめぇ、どうしてウソなんか......」茂作が訊ねる。
お咲はいいづらそうに口をモゴモゴさせる。視線は茂作から外し、ややうつむき加減になっている様は、余程重大な問題を抱えているように見える。
「もしかして......」茂作はハッとする。「おめぇ、見合いがイヤなのか?」
今度はお咲がハッとする番だった。だが、それだけで具体的な情報を口にすることはない。茂作は息を吐く。
「なるほど、そういうことだったか」
お咲は茂作に飛び掛からん勢いで掴み掛かる。お咲の目はギラギラしている。まるで、鬼のように。
「お前、それ以上いったら......」
だが、お咲のことばはそれ以上出てくることはない。茂作は息を飲みながらも、息を震わしながら、
「......何で、そんなイヤなんだ?」
お咲の目線は斜め下に落ちる。重々しい空気。だが、そんな裾についた泥を払うように、あらゆる思いを振り払ってお咲は口を開く。
「......お前は、どうしてあの女房と一緒になったんだ?」
「あ? まぁ、昔から仲も悪くなかったし、親同士もいい仲でな、気づいたら成り行きで互いの親同士が合意してそうなったんだよ」
「それ、後悔してる......?」
茂作は少しばかり唸って考える。
「......いや、どうだろうな。今はドン底だけどよ、何だかんだつまらなくはなかったんじゃねえかなあ。いればいるで楽しいモンよ」
「......そう」
お咲の目、悲しみが滲み出している。
「でもよ、武家の人間のほうがそこら辺はもっと厳しいんじゃねえのか? 世襲とか、結納にしてもよ」
「そうさ......。相手は水戸の大層な旗本の息子」
「てことは、将軍様のお膝元の有力者同士でくっつくってワケか」
「そう......、でもさ、あたし......イヤなんだよ」
お咲の目元から星がひと粒こぼれ落ちる。
「なるほどな、でも何で?」
「相手に問題がある。それと......」お咲はいいづらそうに続ける。「......他に好きな人がいるんだ」
【続く】
いや、むしろ正しい。ただ、それは一個人だけの場合もあれば、ウソが他人に伝染することだってある。
ウソをつく人間というのは、基本的に見栄っ張りだ。自分が如何にすごいか、如何に誠実か、そんなことを喧伝するかの如く、ウソをつき、少しはウソで得た賞賛の美酒に酔いしれることもあるだろうが、結局その果てに待っているのは屈辱の汚泥の味だけなのである。
さて、ここにはそんなウソで塗り固めた自分を持て余して困惑している男女がふたりいる。ひとりは茂作、医者に間違われた結果、財産目当ての欲深さでウソをつき、もはや後戻りできないところまで来てしまった男。そして、もうひとりはお咲の君。ここ川越は松平邸の息女であり、件の騒動の中心にいる女。
だが、それはウソだった。
お咲が口が利けない病になったなど、大ウソだったのだ。
「おめぇ、どうしてウソなんか......」茂作が訊ねる。
お咲はいいづらそうに口をモゴモゴさせる。視線は茂作から外し、ややうつむき加減になっている様は、余程重大な問題を抱えているように見える。
「もしかして......」茂作はハッとする。「おめぇ、見合いがイヤなのか?」
今度はお咲がハッとする番だった。だが、それだけで具体的な情報を口にすることはない。茂作は息を吐く。
「なるほど、そういうことだったか」
お咲は茂作に飛び掛からん勢いで掴み掛かる。お咲の目はギラギラしている。まるで、鬼のように。
「お前、それ以上いったら......」
だが、お咲のことばはそれ以上出てくることはない。茂作は息を飲みながらも、息を震わしながら、
「......何で、そんなイヤなんだ?」
お咲の目線は斜め下に落ちる。重々しい空気。だが、そんな裾についた泥を払うように、あらゆる思いを振り払ってお咲は口を開く。
「......お前は、どうしてあの女房と一緒になったんだ?」
「あ? まぁ、昔から仲も悪くなかったし、親同士もいい仲でな、気づいたら成り行きで互いの親同士が合意してそうなったんだよ」
「それ、後悔してる......?」
茂作は少しばかり唸って考える。
「......いや、どうだろうな。今はドン底だけどよ、何だかんだつまらなくはなかったんじゃねえかなあ。いればいるで楽しいモンよ」
「......そう」
お咲の目、悲しみが滲み出している。
「でもよ、武家の人間のほうがそこら辺はもっと厳しいんじゃねえのか? 世襲とか、結納にしてもよ」
「そうさ......。相手は水戸の大層な旗本の息子」
「てことは、将軍様のお膝元の有力者同士でくっつくってワケか」
「そう......、でもさ、あたし......イヤなんだよ」
お咲の目元から星がひと粒こぼれ落ちる。
「なるほどな、でも何で?」
「相手に問題がある。それと......」お咲はいいづらそうに続ける。「......他に好きな人がいるんだ」
【続く】