【ナナフシギ~睦~】
文字数 2,115文字
マンションの一室、時計の針がカチカチ響く。
リビングは何処か緊張感に包まれた雰囲気。テーブルに着いた祐太朗は貧乏ゆすりをしてイラついた様子で、その向かいに座る弓永は視線が右に左に飛んでいる。詩織はソファにて横になり、マンガを読み続けている。
「お前、帰らなくていいのか? もう七時だぞ」祐太朗が弓永に問い掛けた。
「いいんだよ。塾終わるのに、あと一時間あるし」そういう弓永に落ち着きはない。
「……お前、何でそんな落ち着きないんだ?」
「……あ?」弓永は目を見開く。「何いってんだよ。気のせいだろ」
「もしかして、幽霊が怖いのか?」
「え!?」
図星。祐太朗は茶化すようにいった様子だったが、弓永の反応はまさに図星だと答えているようだった。だが、弓永は、
「……いきなり何をいい出すんだよ。んなワケないだろ。……石川先生、大丈夫かなと思っただけだよ」
「あぁ、今日当番だもんな。てか、今日のアレ。不安だから出来れば一緒にいて欲しいとかそんな感じだったんじゃないか?」
「……そうかもしれないな」
「まぁ、でも幽霊ギライの弓永くんがいたところで何の役にも立ちはしないだろうけど」
「おれはビビってねえって!」
「誰もビビってるとかいってないよ」
「あ……」
弓永にあるまじき大チョンボである。そう、弓永は幽霊が怖かった。現代でこそ祐太朗にくっついて恨めし屋の手伝いをしているとはいえ、わからないモノである。
弓永はいいワケしようとことばを紡ごうとするが、上手くことばは出て来ない。むしろ、何かをいおうとすればするほどにボロが出る。
「なぁにぃ、弓永くん幽霊怖いの?」
詩織が何の悪気もないようにいった。弓永はギョッとした。ギコチナイ笑みを浮かべる。
「はは、はは、そんなワケないだろ? 科学で証明出来ないような発見があって、これを何かに活かせないかなって思ってただけだよ……」
「強がんな。みっともないぞ」
「強がってねぇよ」
「お前のうしろ、白い服の女が立ってるぞ」
「え!?」
弓永は音を立てて勢い良く立ち上がった。辺りをキョロキョロするが、白い服の女なんているはずがない。そもそも霊感のない弓永に見えるはずもない。そんな慌てる弓永に、祐太朗は沸々とした笑いを上げる。
「お兄ちゃん、白い服の女の人なんて何処にもいないよ?」詩織は不思議そうにいう。
「だって、誰もいねえもん」
「お前、騙したのか?」
弓永は顔を引き吊らせた。その顔はもはや死にゆく亡者のようで、まったくの余裕がないといった様子だった。
「お前、いつもは偉そうにしてるクセに、こういう時はほんとダサダサだな」
「人聞きの悪いこというなよ。大体、そんなこっちからしたらいるかわからないモノのことをペチャクチャと。人間は自分が理解できないモノを怖がる生き物なんだぞ。おれが多少怖がったって可笑しくないだろ!」
「ほぉ、それはつまり怖いと認めると」
不敵に笑う祐太朗。弓永は口許を震わせことばを詰まらせると、観念するかのように祐太朗から視線を外して口を開いた。
「それは……、怖いだろ……」
祐太朗はガスボンベが爆発するように勢い良く笑った。弓永はそれを力ずくで止めようとするが、テーブルの向かいに座る祐太朗にまだ幼い弓永の手は届かない。
「からかっちゃカワイソウだよぉ」と詩織。だが、そのことばには気が入っていなかった。
弓永はいつしか泣きそうになっていた。いつもは優等生として幅をきかせている弓永も、未知の存在である幽霊に対しては赤子も同然、何の力も持たなかった。
笑う祐太朗、だがその笑顔は急に真顔に戻った。その様子に弓永もピタリと止まる。
「先生……」祐太朗が呟いた。
「先生……?」
「石川先生がお前のうしろにいる」
「は?」弓永は振り向くがそこには誰もいない。「お前、いい加減にしろよ!」
「いるよー。今度は本当に」と詩織。
「え!?」弓永は再度振り向く。「……いや、可笑しいだろ。だって、石川先生がもし幽霊なったんだったら、先生死んじゃったってことじゃんか!」
「いや、先生は死んでない」祐太朗は断言した。
「死んでない……? 幽霊として出て来てるのに、か?」
「あぁ、幽霊は幽霊でも『生き霊』ってヤツだ」
「『生き霊』……? 何でそんなことがわかるんだよ?」
祐太朗は説明する。『生き霊』は既に死んだ霊とは違い、生きた人間の精神から分離されて生み出された霊魂だ。故にその霊体には生きる人間の生命エネルギーが僅かながら宿っている。その生命エネルギーとは何かというと、それはいってしまえば体温と雰囲気だという。
現代の話でいってしまえば、祐太朗たちとコンタクトを取る幽霊の代表格といってもいい大原美沙は、一見すれば生き霊のようにも見えるかもしれないが、そこには体温という概念が抜け落ちていて、見る人から見れば、その姿は蜃気楼のように曖昧なモノでしかない。
オマケに死ぬ前の姿がそのまま映し出されているが故に、その雰囲気はグロテスクそのもの。とてもじゃないが、生きた人間の雰囲気ではないのは、誰もが察するところだろう。
「でも、何で石川先生がいるんだよ?」
「『タスケテ……』だってさ」詩織がいった。
【続く】
リビングは何処か緊張感に包まれた雰囲気。テーブルに着いた祐太朗は貧乏ゆすりをしてイラついた様子で、その向かいに座る弓永は視線が右に左に飛んでいる。詩織はソファにて横になり、マンガを読み続けている。
「お前、帰らなくていいのか? もう七時だぞ」祐太朗が弓永に問い掛けた。
「いいんだよ。塾終わるのに、あと一時間あるし」そういう弓永に落ち着きはない。
「……お前、何でそんな落ち着きないんだ?」
「……あ?」弓永は目を見開く。「何いってんだよ。気のせいだろ」
「もしかして、幽霊が怖いのか?」
「え!?」
図星。祐太朗は茶化すようにいった様子だったが、弓永の反応はまさに図星だと答えているようだった。だが、弓永は、
「……いきなり何をいい出すんだよ。んなワケないだろ。……石川先生、大丈夫かなと思っただけだよ」
「あぁ、今日当番だもんな。てか、今日のアレ。不安だから出来れば一緒にいて欲しいとかそんな感じだったんじゃないか?」
「……そうかもしれないな」
「まぁ、でも幽霊ギライの弓永くんがいたところで何の役にも立ちはしないだろうけど」
「おれはビビってねえって!」
「誰もビビってるとかいってないよ」
「あ……」
弓永にあるまじき大チョンボである。そう、弓永は幽霊が怖かった。現代でこそ祐太朗にくっついて恨めし屋の手伝いをしているとはいえ、わからないモノである。
弓永はいいワケしようとことばを紡ごうとするが、上手くことばは出て来ない。むしろ、何かをいおうとすればするほどにボロが出る。
「なぁにぃ、弓永くん幽霊怖いの?」
詩織が何の悪気もないようにいった。弓永はギョッとした。ギコチナイ笑みを浮かべる。
「はは、はは、そんなワケないだろ? 科学で証明出来ないような発見があって、これを何かに活かせないかなって思ってただけだよ……」
「強がんな。みっともないぞ」
「強がってねぇよ」
「お前のうしろ、白い服の女が立ってるぞ」
「え!?」
弓永は音を立てて勢い良く立ち上がった。辺りをキョロキョロするが、白い服の女なんているはずがない。そもそも霊感のない弓永に見えるはずもない。そんな慌てる弓永に、祐太朗は沸々とした笑いを上げる。
「お兄ちゃん、白い服の女の人なんて何処にもいないよ?」詩織は不思議そうにいう。
「だって、誰もいねえもん」
「お前、騙したのか?」
弓永は顔を引き吊らせた。その顔はもはや死にゆく亡者のようで、まったくの余裕がないといった様子だった。
「お前、いつもは偉そうにしてるクセに、こういう時はほんとダサダサだな」
「人聞きの悪いこというなよ。大体、そんなこっちからしたらいるかわからないモノのことをペチャクチャと。人間は自分が理解できないモノを怖がる生き物なんだぞ。おれが多少怖がったって可笑しくないだろ!」
「ほぉ、それはつまり怖いと認めると」
不敵に笑う祐太朗。弓永は口許を震わせことばを詰まらせると、観念するかのように祐太朗から視線を外して口を開いた。
「それは……、怖いだろ……」
祐太朗はガスボンベが爆発するように勢い良く笑った。弓永はそれを力ずくで止めようとするが、テーブルの向かいに座る祐太朗にまだ幼い弓永の手は届かない。
「からかっちゃカワイソウだよぉ」と詩織。だが、そのことばには気が入っていなかった。
弓永はいつしか泣きそうになっていた。いつもは優等生として幅をきかせている弓永も、未知の存在である幽霊に対しては赤子も同然、何の力も持たなかった。
笑う祐太朗、だがその笑顔は急に真顔に戻った。その様子に弓永もピタリと止まる。
「先生……」祐太朗が呟いた。
「先生……?」
「石川先生がお前のうしろにいる」
「は?」弓永は振り向くがそこには誰もいない。「お前、いい加減にしろよ!」
「いるよー。今度は本当に」と詩織。
「え!?」弓永は再度振り向く。「……いや、可笑しいだろ。だって、石川先生がもし幽霊なったんだったら、先生死んじゃったってことじゃんか!」
「いや、先生は死んでない」祐太朗は断言した。
「死んでない……? 幽霊として出て来てるのに、か?」
「あぁ、幽霊は幽霊でも『生き霊』ってヤツだ」
「『生き霊』……? 何でそんなことがわかるんだよ?」
祐太朗は説明する。『生き霊』は既に死んだ霊とは違い、生きた人間の精神から分離されて生み出された霊魂だ。故にその霊体には生きる人間の生命エネルギーが僅かながら宿っている。その生命エネルギーとは何かというと、それはいってしまえば体温と雰囲気だという。
現代の話でいってしまえば、祐太朗たちとコンタクトを取る幽霊の代表格といってもいい大原美沙は、一見すれば生き霊のようにも見えるかもしれないが、そこには体温という概念が抜け落ちていて、見る人から見れば、その姿は蜃気楼のように曖昧なモノでしかない。
オマケに死ぬ前の姿がそのまま映し出されているが故に、その雰囲気はグロテスクそのもの。とてもじゃないが、生きた人間の雰囲気ではないのは、誰もが察するところだろう。
「でも、何で石川先生がいるんだよ?」
「『タスケテ……』だってさ」詩織がいった。
【続く】