【ぼくの年末日記~四~】
文字数 2,650文字
大晦日というのは、もっと優雅で落ち着いたモノだと思っていた。
確かに、この時間に働いている人もいれば、勉強している人だっているだろう。
だけど、中学一年生にとっての大晦日なんてのは、優雅で落ち着いていて、それでもってワクワクするモノだと思っていた。
だが、現実はその逆ーーというか、そういうシチュエーションに陥っているのはぼくひとりだけ、なのだと思うのだけど。
12月31日ーー大晦日。時間は夕方六時ーーあと六時間で今年も終わる。つまり、六時間もすればぼくは春奈と一緒に初詣というワケだ。
田宮との約束はご破算となった。
別にぼくのほうから断ったワケではない。むしろ向こうから断りを入れて来たのだ。
『悪い! 大晦日と初詣なんだけどさ、今回はなしにしてくれないか!?』
唐突にそんなメッセージが入った。何だ、このミラクルは、とも思ったーーいや、ミラクルは田宮に失礼か。ともかく、ぼくは田宮に、それは構わないよと返信しつつ、何かあったのかそれとなく探りを入れてみた。するとーー
『いや、まぁ、ちょっと、な』
と余り煮え切らない返事。これは何かあったなと思ったので、
『まぁ、それなら仕方ないかな。じゃあ、今回はなしにするか。じゃあ、どうしようかな、適当に誰かと行こうかな』
と、それとなく春奈と初詣に行っても不自然じゃなくなるようなメッセージを送信した。これでちょっとしたエクスキューズになる、と少し安心していると、田宮からーー
『いや、夜は寒いし、さ。今回のところは家でゲームでもやってたほうがいいんじゃない?』
というメッセージが来た。逆に怪しい。大体、人がこういった不自然な言動をする時は、何か疚しいこと、隠し事があるからと決まっている。殊に田宮の場合はそうだ。
『もしかして、別の人と行くことになったとか?』
ぼくは思わず追撃のメッセージを送ってしまった。逆にここで追撃しないと逆に不自然だと思ったのだ。田宮からのメッセージは、それからちょっとの間潰えたが、少ししてーー
『……ゴメン』
とひとことだけのメッセージが送られて来た。やっぱりそうだったか、と腑に落ちた。とはいえ、ぼくに田宮を怒れる資格はない。というか、逆に怒られる立場にあるべきだ。
『そっか。あんま破目を外すなよ。女子には優しくするんだぞ』
ぼくはそう返していた。別にかまを掛けたワケではない。ただ、唐突にぼくとの約束を放棄してまでそうしたのは、確実に女子が絡んでいるとそう思っただけだった。
案の定、田宮にもそういった理由を訊ねられたので、ぼくはそう答えた。
『やっぱすげえな、お前。ありがとう、おれも頑張るよ。じゃ、またな!』
ぼくはスタンプを送って田宮とのやり取りを終わらせた。ほっとひと息。
しかし、田宮と一緒に初詣に行く女子とは誰なのだろう。正直、見当がつかなかった。
とはいえ、これでいずれにせよダブルブッキングの問題は解消された。あとは緊張に耐えられるかどうかなのだけど、一番の問題はいうまでもなく、こっちだった。
今、ぼくは自室にて何種類かの服を床に並べて頭を悩ませている。
とはいえ、ボトムスはデニム一択で、アウターも黒い厚手のコートぐらいしかなかった。
なのに服で頭を悩ませているその理由は、いうまでもなくインナーに関してだ。
別に室内で春奈と会うワケではないし、インナーが表沙汰になるワケでもないのだけど、とはいえ、ちょっとした気の緩みが自分の態度にも出てしまうのでは、という心配がぼくにインナーを選ぶという選択肢を与えたのだった。
黒に近い濃いネイビーのデニムに黒のコート、これに合うインナーの色といえばーーそう考えながら持っているシャツを吟味する。
青ーーダメ、緑ーーこれもダメ、黄色ーーまぁ、アリだろう、赤ーー勝負に出るならこれだろうか、白ーー最も無難だろうか。
結局ぼくは白のシャツを選んだ。下手に勝負に行くのではなく、無難に行こうと考えたのだ。
ぼくは下着の上からゆっくりとシャツに袖を通す。ちゃんと洗濯された清潔な白のシャツがひんやりとぼくの身体に冷たくカツを入れる。気が引き締まるような感覚。ぼくは大きくため息をつく。
メッセージが来る。
ぼくはこころしてスマホを手に取り、メッセージアプリを開く。送り主はーー
春奈だ。
ドキンと心臓が大きく鼓動を打つ。何だろうと思いつつ気を引き締めて、春奈のメッセージを開く。そこにはーー
『こんばんは(*´-`*)ノあと少しで今年も終わりだねー。シンちゃん、ごはんは食べた(´・ω・`)?お母さんが、良かったらごはん食べて行かないかっていってるんだけど、どうする?』
ギョッとする。春奈に招かれて、春奈の家で夕飯、だってぇ……?
ど、どうしよう!
緊張がデッドヒートする。どうしよう。迷惑だから、と断ろうか。いや、厚意でそういって下さっているのに、それを無下に断ることのほうがずっと迷惑に違いない。だとしたら、断るという選択肢は自ずとなくなる。
と、取り敢えず、父さんと母さんに相談してみようーー
「へぇ、いいんじゃない?」母さん。
「行儀よくするんだぞ」父さん。
瞬殺だった。
ぼくは二階へ戻り、春奈にお世話になることを告げた。返信はすぐにあるーー
『わかったー(o^-^o)気をつけて来てね(^∇^)』
返信して改めて考え直す。やっぱ、大晦日に食べるとするならソバだろうか。だとしたら、汁が飛ぶから白のインナーはマズイんじゃないか。ならば、汚れてもいいように黒ーーいや、黒ずくめというのは、どうだろう。
頭を悩ませている暇はなかった。
ぼくは覚悟を決めて白のインナーを着て家を出る。春奈の家までは自転車で十分ほど。ぼくは逸る思いとは裏腹に、ゆっくりと自転車をこぐ。だが、大した距離もないこともあって、春奈の家にはすぐに着いてしまった。
高鳴る鼓動を胸に、インターホンを押す。
ピンポーンという甲高い音がぼくの耳に響く。それから少しして、
「はい!」
という春奈の声。
「あ、林崎ですけど!」
裏返りそうな声でぼくはいう。春奈は、
「あっ、はーい!」
といって通話を切る。それから少しして、玄関のドアが開く。そして、玄関からーー
春奈が姿を現す。
春奈は可愛らしい部屋着姿。春奈のプライベートを垣間見てしまったような気がして緊張が波のようにぼくの中に押し寄せる。
春奈がくしゃっとした笑みを浮かべる。
「いらっしゃい、待ってたよ」
天使を前に、ぼくの胸は跳ね上がる。
【続く】
確かに、この時間に働いている人もいれば、勉強している人だっているだろう。
だけど、中学一年生にとっての大晦日なんてのは、優雅で落ち着いていて、それでもってワクワクするモノだと思っていた。
だが、現実はその逆ーーというか、そういうシチュエーションに陥っているのはぼくひとりだけ、なのだと思うのだけど。
12月31日ーー大晦日。時間は夕方六時ーーあと六時間で今年も終わる。つまり、六時間もすればぼくは春奈と一緒に初詣というワケだ。
田宮との約束はご破算となった。
別にぼくのほうから断ったワケではない。むしろ向こうから断りを入れて来たのだ。
『悪い! 大晦日と初詣なんだけどさ、今回はなしにしてくれないか!?』
唐突にそんなメッセージが入った。何だ、このミラクルは、とも思ったーーいや、ミラクルは田宮に失礼か。ともかく、ぼくは田宮に、それは構わないよと返信しつつ、何かあったのかそれとなく探りを入れてみた。するとーー
『いや、まぁ、ちょっと、な』
と余り煮え切らない返事。これは何かあったなと思ったので、
『まぁ、それなら仕方ないかな。じゃあ、今回はなしにするか。じゃあ、どうしようかな、適当に誰かと行こうかな』
と、それとなく春奈と初詣に行っても不自然じゃなくなるようなメッセージを送信した。これでちょっとしたエクスキューズになる、と少し安心していると、田宮からーー
『いや、夜は寒いし、さ。今回のところは家でゲームでもやってたほうがいいんじゃない?』
というメッセージが来た。逆に怪しい。大体、人がこういった不自然な言動をする時は、何か疚しいこと、隠し事があるからと決まっている。殊に田宮の場合はそうだ。
『もしかして、別の人と行くことになったとか?』
ぼくは思わず追撃のメッセージを送ってしまった。逆にここで追撃しないと逆に不自然だと思ったのだ。田宮からのメッセージは、それからちょっとの間潰えたが、少ししてーー
『……ゴメン』
とひとことだけのメッセージが送られて来た。やっぱりそうだったか、と腑に落ちた。とはいえ、ぼくに田宮を怒れる資格はない。というか、逆に怒られる立場にあるべきだ。
『そっか。あんま破目を外すなよ。女子には優しくするんだぞ』
ぼくはそう返していた。別にかまを掛けたワケではない。ただ、唐突にぼくとの約束を放棄してまでそうしたのは、確実に女子が絡んでいるとそう思っただけだった。
案の定、田宮にもそういった理由を訊ねられたので、ぼくはそう答えた。
『やっぱすげえな、お前。ありがとう、おれも頑張るよ。じゃ、またな!』
ぼくはスタンプを送って田宮とのやり取りを終わらせた。ほっとひと息。
しかし、田宮と一緒に初詣に行く女子とは誰なのだろう。正直、見当がつかなかった。
とはいえ、これでいずれにせよダブルブッキングの問題は解消された。あとは緊張に耐えられるかどうかなのだけど、一番の問題はいうまでもなく、こっちだった。
今、ぼくは自室にて何種類かの服を床に並べて頭を悩ませている。
とはいえ、ボトムスはデニム一択で、アウターも黒い厚手のコートぐらいしかなかった。
なのに服で頭を悩ませているその理由は、いうまでもなくインナーに関してだ。
別に室内で春奈と会うワケではないし、インナーが表沙汰になるワケでもないのだけど、とはいえ、ちょっとした気の緩みが自分の態度にも出てしまうのでは、という心配がぼくにインナーを選ぶという選択肢を与えたのだった。
黒に近い濃いネイビーのデニムに黒のコート、これに合うインナーの色といえばーーそう考えながら持っているシャツを吟味する。
青ーーダメ、緑ーーこれもダメ、黄色ーーまぁ、アリだろう、赤ーー勝負に出るならこれだろうか、白ーー最も無難だろうか。
結局ぼくは白のシャツを選んだ。下手に勝負に行くのではなく、無難に行こうと考えたのだ。
ぼくは下着の上からゆっくりとシャツに袖を通す。ちゃんと洗濯された清潔な白のシャツがひんやりとぼくの身体に冷たくカツを入れる。気が引き締まるような感覚。ぼくは大きくため息をつく。
メッセージが来る。
ぼくはこころしてスマホを手に取り、メッセージアプリを開く。送り主はーー
春奈だ。
ドキンと心臓が大きく鼓動を打つ。何だろうと思いつつ気を引き締めて、春奈のメッセージを開く。そこにはーー
『こんばんは(*´-`*)ノあと少しで今年も終わりだねー。シンちゃん、ごはんは食べた(´・ω・`)?お母さんが、良かったらごはん食べて行かないかっていってるんだけど、どうする?』
ギョッとする。春奈に招かれて、春奈の家で夕飯、だってぇ……?
ど、どうしよう!
緊張がデッドヒートする。どうしよう。迷惑だから、と断ろうか。いや、厚意でそういって下さっているのに、それを無下に断ることのほうがずっと迷惑に違いない。だとしたら、断るという選択肢は自ずとなくなる。
と、取り敢えず、父さんと母さんに相談してみようーー
「へぇ、いいんじゃない?」母さん。
「行儀よくするんだぞ」父さん。
瞬殺だった。
ぼくは二階へ戻り、春奈にお世話になることを告げた。返信はすぐにあるーー
『わかったー(o^-^o)気をつけて来てね(^∇^)』
返信して改めて考え直す。やっぱ、大晦日に食べるとするならソバだろうか。だとしたら、汁が飛ぶから白のインナーはマズイんじゃないか。ならば、汚れてもいいように黒ーーいや、黒ずくめというのは、どうだろう。
頭を悩ませている暇はなかった。
ぼくは覚悟を決めて白のインナーを着て家を出る。春奈の家までは自転車で十分ほど。ぼくは逸る思いとは裏腹に、ゆっくりと自転車をこぐ。だが、大した距離もないこともあって、春奈の家にはすぐに着いてしまった。
高鳴る鼓動を胸に、インターホンを押す。
ピンポーンという甲高い音がぼくの耳に響く。それから少しして、
「はい!」
という春奈の声。
「あ、林崎ですけど!」
裏返りそうな声でぼくはいう。春奈は、
「あっ、はーい!」
といって通話を切る。それから少しして、玄関のドアが開く。そして、玄関からーー
春奈が姿を現す。
春奈は可愛らしい部屋着姿。春奈のプライベートを垣間見てしまったような気がして緊張が波のようにぼくの中に押し寄せる。
春奈がくしゃっとした笑みを浮かべる。
「いらっしゃい、待ってたよ」
天使を前に、ぼくの胸は跳ね上がる。
【続く】