【藪医者放浪記~死拾~】
文字数 1,116文字
砂ぼこりが辺りを舞った。
屋敷から勢い良く転がり出して来た犬吉。それを見て猿田とお雉は一斉に犬吉の名を呼び、そちらへと駆け寄って行った。犬吉は強く身体を打っている以外はちょっとした切り傷が目立つくらいで、命には別状がないようだった。
「大丈夫か!?」
猿田の問い掛けに対して、犬吉は唸りつつ身体を起こそうとした。だが、痛みで起き上がれないようで、お雉にそのまま寝ているようにいわれ、再び地面へと身体を下ろした。
「何があった?」猿田が訊ねた。
「......ちょっと、バカしちまったよ」犬吉は照れ隠しをするように笑って見せた。
「でも、大丈夫そうで良かった」
「猿ちゃん!」
お雉の声が全体の空気に緊張感を与えた。引き締まった雰囲気の中、腐った木片がへし折れる音が更なる緊張感を与えた。猿田とお雉の視線が音のしたほうへと向いた。と、そこにはーー
ひとりの男が立っていた。
男は見慣れないような服装をしていた。着物や袴などではなく、上下ともに体型にぴったりと合ったような服装をしていた。服の色は黒。上に羽織っているモノは前で留め具のようなモノでしっかりと閉じられていた。
肝心の本人の特徴は、細身で服に隠れてわからないが恐らく肉体はしっかりと鍛えられているに違いない。それは首もとの引き締まり方で何となくわかることだった。目は一重まぶたに細く切れ長、鼻は低く口は小さかった。頬は痩けているが、痩せすぎといったようには見えない。髪は全体的にないが、後頭部の一部分だけ異様に長い髪が伸び、編み込まれていた。
「......なるほどなぁ」
猿田は神妙な面持ちでゆっくりと立ち上がった。意識を男のほうへと向け、一切のスキを見せないように。そして、左手で『狂犬』に手を掛けて。
が、男は猿田が刀に手を掛けるのに呼応するように、キレのいい動きで構えを取った。猿田はそれを見てニヤリと笑った。
「......なるほど、面白いな」
「面白いって、何が?」
とお雉が訊ねるも、猿田はそれに答えることなく、鯉口を切ろうとしていた『狂犬』をそのままゆっくりと抜き取って、お雉のほうへ差し出した。お雉は『狂犬』をひと目見るも猿田の意図が汲み取れない様子だった。
「......どうしたの?」
「預かっておいてくれ」
「え、でも、刀があればあんなヤツ......」
「刀があれば、まぁ、勝てるかもしれない。でも、同時にあの男相手だと平からへし折られるかもしれない。それにーー」
猿田は半ば強引に『狂犬』をお雉に渡し、体術の構えを取った。琉球王国にて伝承された武術、それも兵士たちが首里城を守るために身に付けた殺人術『手』の構えだった。
「どっちが強いか、試してみたくなった」
【続く】
屋敷から勢い良く転がり出して来た犬吉。それを見て猿田とお雉は一斉に犬吉の名を呼び、そちらへと駆け寄って行った。犬吉は強く身体を打っている以外はちょっとした切り傷が目立つくらいで、命には別状がないようだった。
「大丈夫か!?」
猿田の問い掛けに対して、犬吉は唸りつつ身体を起こそうとした。だが、痛みで起き上がれないようで、お雉にそのまま寝ているようにいわれ、再び地面へと身体を下ろした。
「何があった?」猿田が訊ねた。
「......ちょっと、バカしちまったよ」犬吉は照れ隠しをするように笑って見せた。
「でも、大丈夫そうで良かった」
「猿ちゃん!」
お雉の声が全体の空気に緊張感を与えた。引き締まった雰囲気の中、腐った木片がへし折れる音が更なる緊張感を与えた。猿田とお雉の視線が音のしたほうへと向いた。と、そこにはーー
ひとりの男が立っていた。
男は見慣れないような服装をしていた。着物や袴などではなく、上下ともに体型にぴったりと合ったような服装をしていた。服の色は黒。上に羽織っているモノは前で留め具のようなモノでしっかりと閉じられていた。
肝心の本人の特徴は、細身で服に隠れてわからないが恐らく肉体はしっかりと鍛えられているに違いない。それは首もとの引き締まり方で何となくわかることだった。目は一重まぶたに細く切れ長、鼻は低く口は小さかった。頬は痩けているが、痩せすぎといったようには見えない。髪は全体的にないが、後頭部の一部分だけ異様に長い髪が伸び、編み込まれていた。
「......なるほどなぁ」
猿田は神妙な面持ちでゆっくりと立ち上がった。意識を男のほうへと向け、一切のスキを見せないように。そして、左手で『狂犬』に手を掛けて。
が、男は猿田が刀に手を掛けるのに呼応するように、キレのいい動きで構えを取った。猿田はそれを見てニヤリと笑った。
「......なるほど、面白いな」
「面白いって、何が?」
とお雉が訊ねるも、猿田はそれに答えることなく、鯉口を切ろうとしていた『狂犬』をそのままゆっくりと抜き取って、お雉のほうへ差し出した。お雉は『狂犬』をひと目見るも猿田の意図が汲み取れない様子だった。
「......どうしたの?」
「預かっておいてくれ」
「え、でも、刀があればあんなヤツ......」
「刀があれば、まぁ、勝てるかもしれない。でも、同時にあの男相手だと平からへし折られるかもしれない。それにーー」
猿田は半ば強引に『狂犬』をお雉に渡し、体術の構えを取った。琉球王国にて伝承された武術、それも兵士たちが首里城を守るために身に付けた殺人術『手』の構えだった。
「どっちが強いか、試してみたくなった」
【続く】