【藪医者放浪記~拾~】
文字数 3,883文字
陽は頂点を超え、やや落ち掛けていたが、川越街道は相も変わらず人で溢れている。
そんな人混みの中にほくそ笑む女がひとり。それこそが、茂作の妻であるお涼である。鬱陶しく、仕事もしない暴力夫がいなくなったからか、お涼の顔は解放感に満ちている。
そんなウキウキ気分のお涼ではあるが、その足取りも何処となく軽やかだった。
とはいえ、そんな軽やかさも、明るさも、少しずつではあるが、影を潜めて行く。鬱陶しい旦那はいなくなった。とはいえ、内心では僅かながらも心配していたのだ。それもそのはず。お涼も茂作も子供の頃からの知り合いで、十代で夫婦となり、ケンカにケンカを繰り返しながらも、何だかんだ齢五十を超えても離縁することなく一緒にいるような腐れ縁。その実、こころの中にはある種の情があって、酷い目に遭わせてしまったことに対して申しワケなさを感じていたワケだ。
賑やかな雰囲気が孤独感を煽る。やかましい喧騒に雑踏が、お涼を川越街道のど真ん中でたったひとり取り残す。
完全に意識はここに在らずといった様子だった。だが、それが仇となった。
突然、肩に衝撃を感じた。だが、お涼は何事もなかったかのようにただ揺れるように歩き続けていた。それがマズかった。
「おい、お前」
ドスの利いた声が聴こえる。だが、お涼の耳にはそんなことばは届かず、そのまま歩き続ける。しかし、ことばは逃がさない。
「ババア、テメェだよ!」
ババア。そのことばが心底不快だったのだろう。お涼の顔を般若のように歪めさせる。
「何かいったかい?」
そういって、お涼は振り返る。だが、その般若のようなおぞましい表情が凍りついたのは、間もないことだった。
そこにはたくさんの男たちが並んで立っている。みな大きく、強面で、見るからに堅気には見えない。袴を穿いているのはひとりだけ。それ以外はみな着流しで、角帯にやや短めの刀を落として差している。
関わってはいけない男たち。見るからにそうわかる。だが、お涼は怯みつつもツバをごくりと飲み込むと毅然とした態度で、
「誰だいババアっていったのはッ!」
そう叫んだのは良かったが、ガラの悪い男たちは仲間内で顔を見合わせると声を上げて笑う。その笑い声は暴力的で、お涼を嘲笑い、彼女の存在をこの街でたったひとりに追いやる。
と、男たちの中でも比較的小柄で、薄ら笑いを浮かべた河童のような男がお涼のほうへ進み出る。その男は、月代がやや伸びてだらしない様相を呈し、身体はひょろひょろで余り強そうではなかったが、だからといってお涼に何とか出来るような相手ではなかったし、何より数は暴力でしかなかった。お涼は明らかに圧倒されていたが、あくまでも堂々とした態度と姿勢は崩そうとはしなかった。
「ババアをババアっていって何が悪いんだぁ、あぁ?」河童がいう。
「余計なお世話なんだよ、この河童ッ!」
お涼の思いがけないひとことで一瞬辺りは静けさに包まれる。そうかと思いきやドッと笑い声が弾け飛ぶ。それはうしろで見ているガラの悪い集団はもちろん、遠巻きに様子を伺っていた町人たちもそうだった。
「……何だ、テメェら! 町人の分際で、おれを笑うんじゃねぇ!」
河童が叫ぶと、傍観していた町人たちが蜘蛛の子を散らすようにそそくさと去っていく。だが、河童の仲間たちは依然として笑い続けている。河童もそれには困惑するばかりで、
「ちょっと、もう笑うのはやめてくれやせんかい? お願いしやすよ、親分」
親分と呼ばれた男は笑いを抑えるように、
「はは、はは、そうだな。おい、お前らもそろそろ笑うのはよせ、河童の命令だ」
親分が直々に河童というモノだから、仲間連中もみんなして更に笑う。もはや収拾がつかなくなっている。河童は身体を震わせる。
「やいババア! テメェのせいでこんなことになったんだぞ!」河童は刀を抜く。「クソババアッ! 死に晒せッ!」
河童は刀を振り上げる。目を瞑るお涼。仲間たちはハッとした表情でその様を見る。刹那。
「こら! 何をしてるんだ!」
厳格で強張った声が響き渡る。河童は手を止めて声のしたほうを見る。と、そこには、
猿田源之助がいる。
だが、その姿は何処か不恰好だ。いつも穿いている黒の袴は穿いておらず、それどころか、その袴を羽織のようにして羽織っている。おまけに帯に差していた十手のようなモノを抜き出して、それをあからさまに見せつけている。
それを見てガラの悪い男たちは固くなるーーほくそ笑むひとりを除いて。猿田はいう。
「ここでこんな騒ぎを起こしていいと思うのか! 犬吉、このバカどもしょっぴけ!」
「あいよー」
犬吉も猿田と同様十手のようなモノを持って男たちを制しようとする。と、親分は突然に猿田に頭を下げる。
「これはお役人様、この度はとんだご無礼を申しワケありません。あっし、ここらに一家を構えております、銀次一家の親分、銀次と申しやす。この度の騒動はすべてあそこにいる河童があの女に仕掛けたこと。きつくお灸を据えておきますので、どうか今日は御勘弁を」
河童が弁解しようと銀次に声を掛ける。が、銀次がキツイ一瞥をくれると河童は黙り込み、素直に猿田と犬吉に詫びを入れる。
銀次と呼ばれる男はガタイがよく、まるで絵巻に出てくる鬼のように目と口が大きく、眉が太かった。髷は結っているが月代はない。何処からどう見てもならず者といった様子だった。
「あぁ、そうか。ならそういうことで、今日のところは引き取ってくれ」猿田はいう。
当たり前だ、猿田は役人何かではないのだから、悪党をしょっぴくことなど出来やしない。
「でも」銀次は口を開く。「その羽織、何だか大きくないですかい?」
「え!?」動揺する猿田。「……大きいヤツしか残ってなかったんだよ」
「そうでしたか。それにしても、それ本当に十手なんですか? 鉤が左右についてますが」
猿田はギクッとする。が、誤魔化すように笑って見せると、
「これは上級の役人にだけ与えられる十手でな……! だから両端に鉤がついてんだよ!」
「へぇ、そうでしたか。となると、そちらの親分さんも、上役の方なんで?」
「いんや、これは兄貴に借り……」
犬吉が口を滑らせる前に、猿田は更に笑みを浮かべて犬吉の口をふさいだ。
「いや、この野郎、自分の十手をなくしちゃいましてね……! それでおれのを貸してやってるんでございますよ!」
「そうでしたか。でも、何だってあっしのようなヤクザもんに丁寧にお話されるんです?」
猿田は沈黙する。やってしまったという顔。
「うるさいな! さっさと行かんか!」
「これはこれは申しワケありませんでした。では、これにて失礼させて頂きます」
銀次は礼をいい、仲間たちに引き上げるよういってその場を去る。河童はお涼にガンを飛ばしながらも名残惜しそうにその場を去る。
銀次たちがいなくなると猿田はホッとため息をつく。突然、犬吉が「アッ!」と声を上げてお涼に指を差す。
「兄貴、この人だよ。藪順の奥方は!」
お涼はワケもわからないといったご様子。だが、猿田はそんなこと露知らず。
「え、そうなの? 良かった、手間が省けた。じゃあ、屋敷まで頼んだ」
お涼は戸惑う。何とかして弁解しようとするも犬吉は聞く耳を持たない。それどころか面倒になったか、お涼の腹を殴って気絶させると、そのままお涼を担いで街道のほうを再び登って行こうとする。が、行こうとしたところで猿田は急に険しい顔をして動こうとしなくなる。
「兄貴ぃ! どうしたんだい?」
「悪い、ちょっと先帰っててくれないか」
「えぇ、またぁ!?」
「あぁ、すまない」
猿田がそういうと、犬吉は不満そうにしながらも再び街道を登って雑踏の中へと消える。と、猿田の傍にひとつの影が出る。
「なるほど、同心の振りをするとぁ考えたな、猿田源之助」笑いを伴った低い声。
「どうしておれの正体をバラさなかった」
「テメェの閃きに敬意を払ったのさ。面白ぇこと考えやがるなってな。しかし、その袴を羽織にするってのはいささか不恰好だな。それにそりゃ十手じゃねぇだろ。何だいそりゃ」
「琉球に伝わる武器さ」
「なるほど、琉球か。あの蔵でテメェのことは色々と聴いたが、何処の柔術とも違う変な手を使うっていうじゃねえか。面白ぇなと思ったよ。でも、武術の腕は大したモンだってわかるが、芝居のほうはてんでダメだな」
「そっちはろくに経験ないんでね。で、何の用だ。おれと決着でもつけたいのか、牛野馬乃助。いや、牛馬といったほうがいいか?」
「ほう、おれのことを知ってるとはな。だが、決着は後回しだ。今はその時じゃねぇ」
「そんな時、来なければいいと思うがね」
「冷たいこというなよ。じゃ、またな」
そういうと、牛馬はその場を去っていく。牛馬の姿が見えなくなると、猿田は、
「今の見たか?」と何処ともなく声を掛ける。
「見た」と、路地からお雉が現れていう。「とんでもないね、アイツら」
「『アイツら』じゃない。危険なのはあの牛馬ひとりだけだ」
「あら、そう? まぁ、別にいいけどさ」
「そこでだ。ちょっと銀次の一家について探りを入れて欲しいんだが、いいか?」
「いいけど、後であたしの夜のお相手、お願いね」お雉のことばに猿田は顔を真っ赤にする。「はは、猿ちゃん、ほんとにうぶなんだから」
「うるさいな! た、頼んだぞ!」
「はいはい。あたしもちょいと調べてみたいことがあるしね」
和やかな雰囲気の中、雑踏の音がまた険しく鳴り響き出した。
【続く】
そんな人混みの中にほくそ笑む女がひとり。それこそが、茂作の妻であるお涼である。鬱陶しく、仕事もしない暴力夫がいなくなったからか、お涼の顔は解放感に満ちている。
そんなウキウキ気分のお涼ではあるが、その足取りも何処となく軽やかだった。
とはいえ、そんな軽やかさも、明るさも、少しずつではあるが、影を潜めて行く。鬱陶しい旦那はいなくなった。とはいえ、内心では僅かながらも心配していたのだ。それもそのはず。お涼も茂作も子供の頃からの知り合いで、十代で夫婦となり、ケンカにケンカを繰り返しながらも、何だかんだ齢五十を超えても離縁することなく一緒にいるような腐れ縁。その実、こころの中にはある種の情があって、酷い目に遭わせてしまったことに対して申しワケなさを感じていたワケだ。
賑やかな雰囲気が孤独感を煽る。やかましい喧騒に雑踏が、お涼を川越街道のど真ん中でたったひとり取り残す。
完全に意識はここに在らずといった様子だった。だが、それが仇となった。
突然、肩に衝撃を感じた。だが、お涼は何事もなかったかのようにただ揺れるように歩き続けていた。それがマズかった。
「おい、お前」
ドスの利いた声が聴こえる。だが、お涼の耳にはそんなことばは届かず、そのまま歩き続ける。しかし、ことばは逃がさない。
「ババア、テメェだよ!」
ババア。そのことばが心底不快だったのだろう。お涼の顔を般若のように歪めさせる。
「何かいったかい?」
そういって、お涼は振り返る。だが、その般若のようなおぞましい表情が凍りついたのは、間もないことだった。
そこにはたくさんの男たちが並んで立っている。みな大きく、強面で、見るからに堅気には見えない。袴を穿いているのはひとりだけ。それ以外はみな着流しで、角帯にやや短めの刀を落として差している。
関わってはいけない男たち。見るからにそうわかる。だが、お涼は怯みつつもツバをごくりと飲み込むと毅然とした態度で、
「誰だいババアっていったのはッ!」
そう叫んだのは良かったが、ガラの悪い男たちは仲間内で顔を見合わせると声を上げて笑う。その笑い声は暴力的で、お涼を嘲笑い、彼女の存在をこの街でたったひとりに追いやる。
と、男たちの中でも比較的小柄で、薄ら笑いを浮かべた河童のような男がお涼のほうへ進み出る。その男は、月代がやや伸びてだらしない様相を呈し、身体はひょろひょろで余り強そうではなかったが、だからといってお涼に何とか出来るような相手ではなかったし、何より数は暴力でしかなかった。お涼は明らかに圧倒されていたが、あくまでも堂々とした態度と姿勢は崩そうとはしなかった。
「ババアをババアっていって何が悪いんだぁ、あぁ?」河童がいう。
「余計なお世話なんだよ、この河童ッ!」
お涼の思いがけないひとことで一瞬辺りは静けさに包まれる。そうかと思いきやドッと笑い声が弾け飛ぶ。それはうしろで見ているガラの悪い集団はもちろん、遠巻きに様子を伺っていた町人たちもそうだった。
「……何だ、テメェら! 町人の分際で、おれを笑うんじゃねぇ!」
河童が叫ぶと、傍観していた町人たちが蜘蛛の子を散らすようにそそくさと去っていく。だが、河童の仲間たちは依然として笑い続けている。河童もそれには困惑するばかりで、
「ちょっと、もう笑うのはやめてくれやせんかい? お願いしやすよ、親分」
親分と呼ばれた男は笑いを抑えるように、
「はは、はは、そうだな。おい、お前らもそろそろ笑うのはよせ、河童の命令だ」
親分が直々に河童というモノだから、仲間連中もみんなして更に笑う。もはや収拾がつかなくなっている。河童は身体を震わせる。
「やいババア! テメェのせいでこんなことになったんだぞ!」河童は刀を抜く。「クソババアッ! 死に晒せッ!」
河童は刀を振り上げる。目を瞑るお涼。仲間たちはハッとした表情でその様を見る。刹那。
「こら! 何をしてるんだ!」
厳格で強張った声が響き渡る。河童は手を止めて声のしたほうを見る。と、そこには、
猿田源之助がいる。
だが、その姿は何処か不恰好だ。いつも穿いている黒の袴は穿いておらず、それどころか、その袴を羽織のようにして羽織っている。おまけに帯に差していた十手のようなモノを抜き出して、それをあからさまに見せつけている。
それを見てガラの悪い男たちは固くなるーーほくそ笑むひとりを除いて。猿田はいう。
「ここでこんな騒ぎを起こしていいと思うのか! 犬吉、このバカどもしょっぴけ!」
「あいよー」
犬吉も猿田と同様十手のようなモノを持って男たちを制しようとする。と、親分は突然に猿田に頭を下げる。
「これはお役人様、この度はとんだご無礼を申しワケありません。あっし、ここらに一家を構えております、銀次一家の親分、銀次と申しやす。この度の騒動はすべてあそこにいる河童があの女に仕掛けたこと。きつくお灸を据えておきますので、どうか今日は御勘弁を」
河童が弁解しようと銀次に声を掛ける。が、銀次がキツイ一瞥をくれると河童は黙り込み、素直に猿田と犬吉に詫びを入れる。
銀次と呼ばれる男はガタイがよく、まるで絵巻に出てくる鬼のように目と口が大きく、眉が太かった。髷は結っているが月代はない。何処からどう見てもならず者といった様子だった。
「あぁ、そうか。ならそういうことで、今日のところは引き取ってくれ」猿田はいう。
当たり前だ、猿田は役人何かではないのだから、悪党をしょっぴくことなど出来やしない。
「でも」銀次は口を開く。「その羽織、何だか大きくないですかい?」
「え!?」動揺する猿田。「……大きいヤツしか残ってなかったんだよ」
「そうでしたか。それにしても、それ本当に十手なんですか? 鉤が左右についてますが」
猿田はギクッとする。が、誤魔化すように笑って見せると、
「これは上級の役人にだけ与えられる十手でな……! だから両端に鉤がついてんだよ!」
「へぇ、そうでしたか。となると、そちらの親分さんも、上役の方なんで?」
「いんや、これは兄貴に借り……」
犬吉が口を滑らせる前に、猿田は更に笑みを浮かべて犬吉の口をふさいだ。
「いや、この野郎、自分の十手をなくしちゃいましてね……! それでおれのを貸してやってるんでございますよ!」
「そうでしたか。でも、何だってあっしのようなヤクザもんに丁寧にお話されるんです?」
猿田は沈黙する。やってしまったという顔。
「うるさいな! さっさと行かんか!」
「これはこれは申しワケありませんでした。では、これにて失礼させて頂きます」
銀次は礼をいい、仲間たちに引き上げるよういってその場を去る。河童はお涼にガンを飛ばしながらも名残惜しそうにその場を去る。
銀次たちがいなくなると猿田はホッとため息をつく。突然、犬吉が「アッ!」と声を上げてお涼に指を差す。
「兄貴、この人だよ。藪順の奥方は!」
お涼はワケもわからないといったご様子。だが、猿田はそんなこと露知らず。
「え、そうなの? 良かった、手間が省けた。じゃあ、屋敷まで頼んだ」
お涼は戸惑う。何とかして弁解しようとするも犬吉は聞く耳を持たない。それどころか面倒になったか、お涼の腹を殴って気絶させると、そのままお涼を担いで街道のほうを再び登って行こうとする。が、行こうとしたところで猿田は急に険しい顔をして動こうとしなくなる。
「兄貴ぃ! どうしたんだい?」
「悪い、ちょっと先帰っててくれないか」
「えぇ、またぁ!?」
「あぁ、すまない」
猿田がそういうと、犬吉は不満そうにしながらも再び街道を登って雑踏の中へと消える。と、猿田の傍にひとつの影が出る。
「なるほど、同心の振りをするとぁ考えたな、猿田源之助」笑いを伴った低い声。
「どうしておれの正体をバラさなかった」
「テメェの閃きに敬意を払ったのさ。面白ぇこと考えやがるなってな。しかし、その袴を羽織にするってのはいささか不恰好だな。それにそりゃ十手じゃねぇだろ。何だいそりゃ」
「琉球に伝わる武器さ」
「なるほど、琉球か。あの蔵でテメェのことは色々と聴いたが、何処の柔術とも違う変な手を使うっていうじゃねえか。面白ぇなと思ったよ。でも、武術の腕は大したモンだってわかるが、芝居のほうはてんでダメだな」
「そっちはろくに経験ないんでね。で、何の用だ。おれと決着でもつけたいのか、牛野馬乃助。いや、牛馬といったほうがいいか?」
「ほう、おれのことを知ってるとはな。だが、決着は後回しだ。今はその時じゃねぇ」
「そんな時、来なければいいと思うがね」
「冷たいこというなよ。じゃ、またな」
そういうと、牛馬はその場を去っていく。牛馬の姿が見えなくなると、猿田は、
「今の見たか?」と何処ともなく声を掛ける。
「見た」と、路地からお雉が現れていう。「とんでもないね、アイツら」
「『アイツら』じゃない。危険なのはあの牛馬ひとりだけだ」
「あら、そう? まぁ、別にいいけどさ」
「そこでだ。ちょっと銀次の一家について探りを入れて欲しいんだが、いいか?」
「いいけど、後であたしの夜のお相手、お願いね」お雉のことばに猿田は顔を真っ赤にする。「はは、猿ちゃん、ほんとにうぶなんだから」
「うるさいな! た、頼んだぞ!」
「はいはい。あたしもちょいと調べてみたいことがあるしね」
和やかな雰囲気の中、雑踏の音がまた険しく鳴り響き出した。
【続く】