【藪医者放浪記~睦拾参~】
文字数 1,111文字
木刀の切っ先は切れないにも関わらず、何処までも鋭かった。
木刀の切っ先は首もとに突きつけられていた。突きつけているのは猿田源之助、突きつけられているのは牛野寅三郎だった。
寅三郎の口は微かに荒くなっている吐息を吐きながら揺れていた。目は大きく見開かれ、汗が顔中を覆っていた。鼻から汗が垂れ落ちた。寅三郎の顔は恐怖に支配されていた。
三本勝負の二本目、一本目と同様に猿田は寅三郎の一撃を一瞬で見切り、寅三郎に一本を取った。それはまったく同じ形だった。
守山勘十郎が、そこまでと声を掛けると、その場は更なる緊張感で満ち溢れた。松平天馬の一行は、勝っても負けても安心は出来なかった。何故なら負ければ松平の名前に泥が塗られ、勝てば藤十郎にどのようにされるかわからなかったからだった。当の藤十郎はやはり顔を歪めて怒りを堪え忍んでいた。
だが、そんなことは勝負をしていたふたりにとってはどうでもいいことだったようだ。
カランという音が響いた。寅三郎が木刀を落とした音だった。その柄の部分は汗でグッショリと濡れていた。
猿田は肩で息を切っていた。猿田は猿田で緊張しきっていたに違いなかった。
「どうして......」寅三郎はいった。「何故、わたしの一撃の瞬間がわかるのだ......」
「目です」
猿田は腰の重いハッキリとした声でいった。寅三郎は猿田に目を合わせることなく、
「目......?」
「えぇ......。人は何かを決意した時、必ず目を見開くんです。そして、それはアナタも例外ではない。いや、むしろアナタはそれが顕著だった。アナタは攻めに出ようとする瞬間は必ず目を見開いた。だから、わたしはそれに合わせて今ある構えに対する動きで迎撃したんです」
「目、だと......?」
「えぇ......。ちなみにアナタの弟である牛馬殿も同様でした。ただ、牛馬殿は死んだような遠山を見る目をしており、見開きも僅かではありましたが。だからといって、アナタが劣っているというワケではないですが」
「......なるほど」寅三郎の口許がわずかに弛んだ。「これで、わたしが馬乃助に勝てない理由がわかった。目、か......。そんな些細なことですら勝負がついてしまう。馬乃助はそんな些細なことにも気を遣っていたということだったんだな......。完敗だ」
寅三郎はそういってそのままその場で跪いてダラリと肩を落とした。そして、壊れた人形のようにクツクツと笑った。
「......流石です、源之助殿。流石は鬼と呼ばれる我が弟を倒しただけある」
「牛野ッ!」
その場にいるすべての人の視線が、その声の方向へと向けられた。
藤十郎ーーその顔が赤く膨れていた。
【続く】
木刀の切っ先は首もとに突きつけられていた。突きつけているのは猿田源之助、突きつけられているのは牛野寅三郎だった。
寅三郎の口は微かに荒くなっている吐息を吐きながら揺れていた。目は大きく見開かれ、汗が顔中を覆っていた。鼻から汗が垂れ落ちた。寅三郎の顔は恐怖に支配されていた。
三本勝負の二本目、一本目と同様に猿田は寅三郎の一撃を一瞬で見切り、寅三郎に一本を取った。それはまったく同じ形だった。
守山勘十郎が、そこまでと声を掛けると、その場は更なる緊張感で満ち溢れた。松平天馬の一行は、勝っても負けても安心は出来なかった。何故なら負ければ松平の名前に泥が塗られ、勝てば藤十郎にどのようにされるかわからなかったからだった。当の藤十郎はやはり顔を歪めて怒りを堪え忍んでいた。
だが、そんなことは勝負をしていたふたりにとってはどうでもいいことだったようだ。
カランという音が響いた。寅三郎が木刀を落とした音だった。その柄の部分は汗でグッショリと濡れていた。
猿田は肩で息を切っていた。猿田は猿田で緊張しきっていたに違いなかった。
「どうして......」寅三郎はいった。「何故、わたしの一撃の瞬間がわかるのだ......」
「目です」
猿田は腰の重いハッキリとした声でいった。寅三郎は猿田に目を合わせることなく、
「目......?」
「えぇ......。人は何かを決意した時、必ず目を見開くんです。そして、それはアナタも例外ではない。いや、むしろアナタはそれが顕著だった。アナタは攻めに出ようとする瞬間は必ず目を見開いた。だから、わたしはそれに合わせて今ある構えに対する動きで迎撃したんです」
「目、だと......?」
「えぇ......。ちなみにアナタの弟である牛馬殿も同様でした。ただ、牛馬殿は死んだような遠山を見る目をしており、見開きも僅かではありましたが。だからといって、アナタが劣っているというワケではないですが」
「......なるほど」寅三郎の口許がわずかに弛んだ。「これで、わたしが馬乃助に勝てない理由がわかった。目、か......。そんな些細なことですら勝負がついてしまう。馬乃助はそんな些細なことにも気を遣っていたということだったんだな......。完敗だ」
寅三郎はそういってそのままその場で跪いてダラリと肩を落とした。そして、壊れた人形のようにクツクツと笑った。
「......流石です、源之助殿。流石は鬼と呼ばれる我が弟を倒しただけある」
「牛野ッ!」
その場にいるすべての人の視線が、その声の方向へと向けられた。
藤十郎ーーその顔が赤く膨れていた。
【続く】