【青い特急、死の電車】
文字数 3,081文字
人間、疲れ果てて何が何だかわからなくなることだってあると思う。
それは脳にしろ、肉体にしろ、疲れれば判断力は低下するし、頭も働きづらくなるからだ。
そういう時は睡眠を取るなり、休息を取るなりするのがいいのだけど、それが難しい場合は人生がハードになるのはいうまでもない。
とはいえ、疲れ果てていようと、簡単には休ませてはくれないのがこの現実ーーそう、帰路につくという問題があるのだ。
そもそも家の中で疲れ果てるなどということは、まぁ、殆どない。ゲームをぶっ続けで十時間以上やるだとか、ダイエットのためにガッツリ運動をするとかでもしなければ、自宅にて頭と肉体が疲弊することなどないに等しいし、仮にそうなったとしても、ソファでボーっとするか、即座に睡眠を取るかすれば済む話だ。
が、やはり問題は外で疲弊することにあるーーというか、殆ど疲弊するのは外にいる時なんだけど、それはさておき。
帰路につくまでで疲れて判断力が鈍ると、どうにもよろしくない。時には変なミスを犯してしまうだろうし、車で出勤しているような人になると、ちょっとした判断ミスが命取りになることだってある。
だからこそ、自分の体力事情には気を使わなければならない。
かくいうおれはというと、ここ最近は疲れ果てて判断力が鈍るということはない。まぁ、同年代の中でも体力があるほうだというのもあるだろうけど、最近は睡眠を削ることも止めたし、無理をし過ぎることも止めてしまったのがデカイのだと思うのだ。
まぁ、一時期、「五条氏天然説」みたいな不名誉なウワサが囁かれーーというか、確信ーーていたことがあったのだけど、おれは断じて天然ではない! 断じて、だ!
まぁ、それはさておき、今日はそんな疲れ果てた後にやらかしたミスについて書いていこうかと思うーー
高校二年の時のことだった。
高校二年となると、多分現在のおれの人格に一番影響を与えたであろう時期だと思うのだけど、逆に人生で一番大変だったのもこの時期なんじゃないかと思うのだ。
まぁ、パニック障害も大変だったことのひとつではあるのだけど、それとこれではジャンルが違う。病気で辛かったのと、健全な状態で大変だったのでは、また意味合いが変わってくるからな。それはさておきーー
高校時代が大変だったのも、朝から夕方まで勉強に次ぐ勉強で、毎日ひとつは必ず小テストがあり、それのための勉強を何処かでやらなければならず、かつ勉強が終われば部活でハードに動き回らなければならなかったからだ。
そんなことをしていたこともあって、家に帰ると、まず布団に入って寝て、母に起こされて夕飯を食い、また寝て、起こされて風呂に入り、風呂から出たらリビングのソファで寝て、また起こされて歯を磨き、漸く電気を消して床に就くといったルーティーンを毎日のように繰り返していたワケだ。
確かに高校時代は楽しかった。とはいえ、大変さから考えるとあまり戻りたくはなかったりする。ついでに男子校で、今から男だけの空間に戻るというのも中々にしんどいーーそれはどうでもいいか。
まぁ、それに加えて大変だったのが、時々休日が潰れることだった。
おれが通っていた高校は私立で、土曜日も例外なく授業があったし、引退までは午後中部活があったこともあって、休めるのは日曜だけだったのだが、その日曜日すら学校の用事で潰れてしまうことが時々あった。
その理由として、部活の大会や学校のほうで申し込まれた模試がある。
前者に関しては勝ち上がらなければ、そこまで疲れることはないのだけど、問題なのは後者だ。
そもそも模試を受けるかどうかなんて個人の自由だろって感じではあるのだけど、おれの通っていた学校では受けない権利など存在しない。模試を受けることは「義務」であり、受けなかったら後で長いお説教が待っているので、受ける以外に選択肢はないのだ。
その日もちょうど模試の日だった。
日曜にも関わらず、普段と同じーーいや、それよりも早くに起床して家を出て、一時間以上も電車に揺られて都内に出、模試の受験会場に着いたら、そこから六時間近く拘束される。
まぁ、今考えたら発狂モノなんだけど、当時のおれはイヤイヤながらも仕方なしにそんなことをやっていたワケだ。
朝、会場に入ると、見知った顔しかいない。そもそも、学校のほうで申し込んであるせいで、教室内にいるのは、同じクラスの連中と近隣のクラスの生徒しかいない。
よくいえば安心安定のメンツ、悪くいえば代わり映えのない顔ぶれ。
みんなヤク中みたいに半開きで淀んだ目付きをしながら、だりぃといいながら待ち時間を過ごしていた。おれも同様で、受けたところで大した影響もない模試のために時間を使って何になるのかとアクビをしながら思っていた。
気だるさの中、テストは進行していった。各教科、やたら長い試験時間とやたら多い問題量にウンザリしながら時間が過ぎるのを待った、待ったーーひたすら待った。
漸く試験が終わった頃には、時間も夕方の四時を回っていた。ただ座ってペンを走らせていただけなのに、やたらと体力を消耗し、おれは完全に疲れ果てていた。
試験を終えて二酸化炭素まみれの会場を出ると、外の空気が二日ぶりに食う白米のように甘く旨かった。周りでは、これからストリートを闊歩して遊ぼうといっているヤツもいたけど、おれはそんな元気もなく、一刻も早く家に帰って布団の中に潜りたくて仕方なかった。
おれは耳にイヤホンを挿し、懐から取り出したMDウォークマンの電源を入れてマリリン・マンソンの金属を削るようなシャウトで外界とのアクセスを断ち切ると、駅まで歩いた。
歪んだギターの音を耳に、何も考えないままパスモを使って改札をスルーすると、そのまま電車に乗った。ドアが締まり電車が走り出すと、まるで霞が揺らぐように時間は過ぎていき、気付けば中継点の駅まで辿り着いていた。
電車を降りてホームにて乗り換えの電車を待った。電車はすぐに来た。少しいつもと違う感じがし、人の乗り降りも少ない気がしたとはいえ、疲れたおれにはどうでもよかった。
ただ、一刻も早く家に帰りたかった。
おれは電車に乗りシートに深々と腰掛けると、五村の駅に着くまで流れゆく外のネオンを呆然と眺めていた。
美しい街の灯には思わずため息が出た。攻撃的なサウンドには不釣り合いな景色。
そんな絵面を水晶体に焼き付けていると、電車は五村に着いた。おれは大きく息をついて電車から出ようとしたのだ。そしたらーー
駅員がおれを出迎えたのだ。
何事かと思ったよな。別にあたし、痴漢とかしてませんけど、って感じだった。かと思いきや、駅員がこんなことをいうではないの。
「切符を拝見」
切符とか、そんな時代遅れなツールはないんですよと半笑いにはならなかったのだけど、おれはこの時点で何か異変があることに気づいたのだった。とはいえ、ないものはない。そこでおれはパスモを使ったと説明したのだけど、
「では、五百円をお願いします」
駅員がいうではないの。何ということだ。中継点の駅から五村までは二百円程度。五百円なんてぼったくりじゃないか。が、おれは気づいてしまったのだ。そうーー
間違って特急電車に乗ってたんだわ。
もはや、間違えようがないだろうって感じだけど、本当に疲れて気づかなかったんよ。ほんとよ、ほんと。だから、天然じゃないッ!
結局、その場で五百円を支払い、ことなきを得たのでした。だから、おれは天然じゃないッ!
……もう天然でいいわ。
アスタラビスタ。
それは脳にしろ、肉体にしろ、疲れれば判断力は低下するし、頭も働きづらくなるからだ。
そういう時は睡眠を取るなり、休息を取るなりするのがいいのだけど、それが難しい場合は人生がハードになるのはいうまでもない。
とはいえ、疲れ果てていようと、簡単には休ませてはくれないのがこの現実ーーそう、帰路につくという問題があるのだ。
そもそも家の中で疲れ果てるなどということは、まぁ、殆どない。ゲームをぶっ続けで十時間以上やるだとか、ダイエットのためにガッツリ運動をするとかでもしなければ、自宅にて頭と肉体が疲弊することなどないに等しいし、仮にそうなったとしても、ソファでボーっとするか、即座に睡眠を取るかすれば済む話だ。
が、やはり問題は外で疲弊することにあるーーというか、殆ど疲弊するのは外にいる時なんだけど、それはさておき。
帰路につくまでで疲れて判断力が鈍ると、どうにもよろしくない。時には変なミスを犯してしまうだろうし、車で出勤しているような人になると、ちょっとした判断ミスが命取りになることだってある。
だからこそ、自分の体力事情には気を使わなければならない。
かくいうおれはというと、ここ最近は疲れ果てて判断力が鈍るということはない。まぁ、同年代の中でも体力があるほうだというのもあるだろうけど、最近は睡眠を削ることも止めたし、無理をし過ぎることも止めてしまったのがデカイのだと思うのだ。
まぁ、一時期、「五条氏天然説」みたいな不名誉なウワサが囁かれーーというか、確信ーーていたことがあったのだけど、おれは断じて天然ではない! 断じて、だ!
まぁ、それはさておき、今日はそんな疲れ果てた後にやらかしたミスについて書いていこうかと思うーー
高校二年の時のことだった。
高校二年となると、多分現在のおれの人格に一番影響を与えたであろう時期だと思うのだけど、逆に人生で一番大変だったのもこの時期なんじゃないかと思うのだ。
まぁ、パニック障害も大変だったことのひとつではあるのだけど、それとこれではジャンルが違う。病気で辛かったのと、健全な状態で大変だったのでは、また意味合いが変わってくるからな。それはさておきーー
高校時代が大変だったのも、朝から夕方まで勉強に次ぐ勉強で、毎日ひとつは必ず小テストがあり、それのための勉強を何処かでやらなければならず、かつ勉強が終われば部活でハードに動き回らなければならなかったからだ。
そんなことをしていたこともあって、家に帰ると、まず布団に入って寝て、母に起こされて夕飯を食い、また寝て、起こされて風呂に入り、風呂から出たらリビングのソファで寝て、また起こされて歯を磨き、漸く電気を消して床に就くといったルーティーンを毎日のように繰り返していたワケだ。
確かに高校時代は楽しかった。とはいえ、大変さから考えるとあまり戻りたくはなかったりする。ついでに男子校で、今から男だけの空間に戻るというのも中々にしんどいーーそれはどうでもいいか。
まぁ、それに加えて大変だったのが、時々休日が潰れることだった。
おれが通っていた高校は私立で、土曜日も例外なく授業があったし、引退までは午後中部活があったこともあって、休めるのは日曜だけだったのだが、その日曜日すら学校の用事で潰れてしまうことが時々あった。
その理由として、部活の大会や学校のほうで申し込まれた模試がある。
前者に関しては勝ち上がらなければ、そこまで疲れることはないのだけど、問題なのは後者だ。
そもそも模試を受けるかどうかなんて個人の自由だろって感じではあるのだけど、おれの通っていた学校では受けない権利など存在しない。模試を受けることは「義務」であり、受けなかったら後で長いお説教が待っているので、受ける以外に選択肢はないのだ。
その日もちょうど模試の日だった。
日曜にも関わらず、普段と同じーーいや、それよりも早くに起床して家を出て、一時間以上も電車に揺られて都内に出、模試の受験会場に着いたら、そこから六時間近く拘束される。
まぁ、今考えたら発狂モノなんだけど、当時のおれはイヤイヤながらも仕方なしにそんなことをやっていたワケだ。
朝、会場に入ると、見知った顔しかいない。そもそも、学校のほうで申し込んであるせいで、教室内にいるのは、同じクラスの連中と近隣のクラスの生徒しかいない。
よくいえば安心安定のメンツ、悪くいえば代わり映えのない顔ぶれ。
みんなヤク中みたいに半開きで淀んだ目付きをしながら、だりぃといいながら待ち時間を過ごしていた。おれも同様で、受けたところで大した影響もない模試のために時間を使って何になるのかとアクビをしながら思っていた。
気だるさの中、テストは進行していった。各教科、やたら長い試験時間とやたら多い問題量にウンザリしながら時間が過ぎるのを待った、待ったーーひたすら待った。
漸く試験が終わった頃には、時間も夕方の四時を回っていた。ただ座ってペンを走らせていただけなのに、やたらと体力を消耗し、おれは完全に疲れ果てていた。
試験を終えて二酸化炭素まみれの会場を出ると、外の空気が二日ぶりに食う白米のように甘く旨かった。周りでは、これからストリートを闊歩して遊ぼうといっているヤツもいたけど、おれはそんな元気もなく、一刻も早く家に帰って布団の中に潜りたくて仕方なかった。
おれは耳にイヤホンを挿し、懐から取り出したMDウォークマンの電源を入れてマリリン・マンソンの金属を削るようなシャウトで外界とのアクセスを断ち切ると、駅まで歩いた。
歪んだギターの音を耳に、何も考えないままパスモを使って改札をスルーすると、そのまま電車に乗った。ドアが締まり電車が走り出すと、まるで霞が揺らぐように時間は過ぎていき、気付けば中継点の駅まで辿り着いていた。
電車を降りてホームにて乗り換えの電車を待った。電車はすぐに来た。少しいつもと違う感じがし、人の乗り降りも少ない気がしたとはいえ、疲れたおれにはどうでもよかった。
ただ、一刻も早く家に帰りたかった。
おれは電車に乗りシートに深々と腰掛けると、五村の駅に着くまで流れゆく外のネオンを呆然と眺めていた。
美しい街の灯には思わずため息が出た。攻撃的なサウンドには不釣り合いな景色。
そんな絵面を水晶体に焼き付けていると、電車は五村に着いた。おれは大きく息をついて電車から出ようとしたのだ。そしたらーー
駅員がおれを出迎えたのだ。
何事かと思ったよな。別にあたし、痴漢とかしてませんけど、って感じだった。かと思いきや、駅員がこんなことをいうではないの。
「切符を拝見」
切符とか、そんな時代遅れなツールはないんですよと半笑いにはならなかったのだけど、おれはこの時点で何か異変があることに気づいたのだった。とはいえ、ないものはない。そこでおれはパスモを使ったと説明したのだけど、
「では、五百円をお願いします」
駅員がいうではないの。何ということだ。中継点の駅から五村までは二百円程度。五百円なんてぼったくりじゃないか。が、おれは気づいてしまったのだ。そうーー
間違って特急電車に乗ってたんだわ。
もはや、間違えようがないだろうって感じだけど、本当に疲れて気づかなかったんよ。ほんとよ、ほんと。だから、天然じゃないッ!
結局、その場で五百円を支払い、ことなきを得たのでした。だから、おれは天然じゃないッ!
……もう天然でいいわ。
アスタラビスタ。