【藪医者放浪記~玖拾死~】
文字数 555文字
深淵を覗く時、深淵も自分のことを覗いているーー後の世でそう発言した者がいた。
暗く闇が広がる中で、それをしっかりと見据えてやろうとすると、目を見開かなければならない。見開いたら今度は見ることに集中しなければならない。見ることに集中したら、次はこれまでの記憶を呼び起こさなければならない。
それは、暗闇の中でボウッと浮かぶ何かを少ない姿形から認めるために、これまでの人生の中で何か似ているモノを頭の中で提示しなければならないからだ。
人は自分の理解できないモノ、正体のわからないモノに対して恐れを抱く生き物だ。そして、弱い者はそれを撥ね付けるためにも正体のわからないモノ、理解できないモノの存在を否定しようとする。
「......ただの偶然、だよな」
荒い息を吐きながら茂作はいった。茂作も今見たモノを偶然のモノと信じたくてたまらないらしい。それもそうだろう。ふと音のした室内、だが中には誰もいない。その室内を再び覗いてみれば、その覗く目を覗き込む何者かの目がそこにある。
しかし、違和感もあったようだ。
茂作は首を傾げた。可笑しい、そんな声が聴こえて来るようだ。その覗いて来た目からはおぞましさを感じなかった。それどころかーー
「あーッ!」
茂作は声を上げて戸を思い切り開けた。お凉の姿がそこにあった。
【続く】
暗く闇が広がる中で、それをしっかりと見据えてやろうとすると、目を見開かなければならない。見開いたら今度は見ることに集中しなければならない。見ることに集中したら、次はこれまでの記憶を呼び起こさなければならない。
それは、暗闇の中でボウッと浮かぶ何かを少ない姿形から認めるために、これまでの人生の中で何か似ているモノを頭の中で提示しなければならないからだ。
人は自分の理解できないモノ、正体のわからないモノに対して恐れを抱く生き物だ。そして、弱い者はそれを撥ね付けるためにも正体のわからないモノ、理解できないモノの存在を否定しようとする。
「......ただの偶然、だよな」
荒い息を吐きながら茂作はいった。茂作も今見たモノを偶然のモノと信じたくてたまらないらしい。それもそうだろう。ふと音のした室内、だが中には誰もいない。その室内を再び覗いてみれば、その覗く目を覗き込む何者かの目がそこにある。
しかし、違和感もあったようだ。
茂作は首を傾げた。可笑しい、そんな声が聴こえて来るようだ。その覗いて来た目からはおぞましさを感じなかった。それどころかーー
「あーッ!」
茂作は声を上げて戸を思い切り開けた。お凉の姿がそこにあった。
【続く】