【いろは歌地獄旅~クレイジー・モミジ~】
文字数 2,625文字
木崎紅葉は衝撃を受けた。
大学に入ってすぐの学科のオリエンテーションにて、その姿はあった。
この世のモノとは思えないイケメン。
中高と女子校だった紅葉にとっては、とてつもない衝撃だった。
男、それもイケメン。紅葉はその男子のことを即好きになった。絶対に、絶対にあの男子をモノにしたい。そう思えてならなかった。
だが、紅葉はそのイケメンと釣り合うような容姿ではなかった。それどころか、ガイダンスの時点でヤバイ化け物がいると陰口を叩かれるレベルで凄い容姿をしていた。
中高と校則が厳しかったこともあって化粧なんてモノは知らないし、したこともない。流行りモノにも疎いし、顔も腹もパンパンで、髪はボサボサ、牛乳瓶の底のようなレンズの着いたダサイ眼鏡を掛けている。
人間、確かに容姿だけではない。中身だって重要なのはいうまでもないだろう。
だが、紅葉は中身もかなり強烈だった。
異常な妄想癖に、挫けるということを知らない鋼のメンタル。というか、へこんだことのない強靭な精神力はもはや狂人レベルといっても過言ではなかった。
おまけにこれと決めたら完遂するまで諦めない、その執念深さは、どんな拷問を以てしてもねじ曲げられないほどだった。
そう、紅葉は超絶ポジティブな女だった。
紅葉は頭がのぼせ上がるような感覚に陥っていた。身体は震え、顔は紅潮し、今にも湯気が具現化しそうな勢いだった。
不気味な笑みを浮かべる紅葉は、まるで実験材料を見つけたマッド・サイエンティストのようだった、文学部なのに。
しかし、こうなったら善は急げ、だ。
紅葉は配られたガイダンス用のプリントを裏返して、そこに今後の予定を書き出し始めた。
ーー四月五日、仲良くなる。
ーー六日、食事に行く。
ーー七日未明、付き合う。
どう考えても頭がどうかしているプランではあったが、紅葉は本気も本気もだった。
だが、問題はあと四日程度で、どうやってあの男子と仲良くなるか、だ。
ちなみに紅葉は件の男子に彼女がいるかどうか、ということは想定していなかった。そもそも、紅葉にとっては中高生が男女の付き合い、交際をするということ自体が都市伝説で、まったくもって有り得ない話だった。
紅葉はプリントの裏にプランを書き付けた、書き付けたーー書き付けまくった。だが、いい案は思いつかない。成績はいいほうだというのに、どうして何も出て来ないのか。紅葉は頭をガシガシと掻きむしった。
「何書いてるの?」
突然、となりの女子が話し掛けて来た。
「え!?」
紅葉は真っ赤になって紙を表にした。あからさまに不審者。だが、そんなことはお構いなしに、となりの女子は微笑んだ。
「わたし、早川ナナコ。よろしくね」
「よ、よろしく……ッ!」紅葉はしどろもどろにいった。
「アナタの名前は?」
「うぇ!?」想定外の質問に紅葉は狼狽えた。「も、モミジ・キサーキーッ!」
何故英語で自己紹介をしてしまったのか、皆目意味不明ではあったが、その突発的な自己紹介が、となりの女子の気持ちを掴んだらしく、となりの女子は口許を抑えて笑った。
「アナタって面白いね、良かったらLINE交換しようよ」
落雷が紅葉を打った。紅葉は思った。
『突然LINEを訊いてくる何て、もしかして、この人、わたしのこと狙ってるの!? てか、LINEって、何? LINEってことは、線ってことでしょ?……線。赤い糸!? もしかして、脈アリかどうか、ってこと!? そんなワケないじゃないの!』
ちなみに、紅葉はLINEが何だか知らなかった。それもそのはず、厳しい家柄で育った紅葉は、これまで携帯電話というモノを持ったことがなかった。だとしても、ナナコがレズビアンだと判断するのは早計過ぎるが。
この早川ナナコ、容姿はかなりいい。このガイダンスの時点でナナコに目をつけた男子は多かった。栗色のショートヘアーにクリッとした目、慎ましい口許。胸は小さく、背も小柄だが、その可愛らしさはまるでタレントのよう。
ちなみに、紅葉の書いていた文字は汚すぎてナナコには読めなかったらしく、ナナコは紅葉をただの面白い人と思っているらしい。
「あ、え……、わ、わたし! 携帯電話持ってませんからッ!」
紅葉の声が教室中にこだまする。オマケに立ち上がってしまったせいで目立つどころの話ではない。完全に変な人だ。
教室中が笑いに包まれる。何だアレ、という声が聴こえてくる。学科の担任は、
「そうですか、では連絡は学内のパソコンかご自身のモノを使って、こちらが指定するメールアドレスを使って下さい」
と冷静に対処した。その冷静さが逆に面白かったらしく、教室は更なる笑いで包まれた。
その中には、件のイケメン男子もいた。
その申し訳なさそうに笑うイケメンに、紅葉は衝撃を受けた。そして、ナナコを見た。
『この女……ッ! わたしをハメたんだ!』
無論、そんなワケはない。完全な自爆である。だが、思い込みの激しい紅葉にはそんなことはどうでもいい。というか、多分、自分がやらかしたことには気づかないだろう。
「ごめんね、変なこと訊いちゃった?」ナナコは申し訳なさそうに囁いた。「連絡は……、大学のメールに送るよ」
大学のメールに送るよ。紅葉からしたら、メールって何?って話だったが、そんなことはもはやどうでも良くなっていた。
終わった、かもしれない。紅葉はその日の夜、自室のデスクに座って考え込んでいた。
最悪のスタート。だが、まだチャンスはある。いや、チャンスしかない。そんなポジティブな紅葉にとっては失敗もクソもなかった。
いや、でもあのイケメンは笑っていた。てことは、自分に気があるからに違いない。そうだ、絶対にそうだ。ならば、余裕で関ヶ原!
だが、気をつけるべきは、あの早川ナナコだ。早川は自分をハメに来ている。もしかして、早川もあのイケメンを……!
そんな風に思ってハッとしていた紅葉だが、まぁ、そんなことはなかった。ナナコからすれば、仲良くしようとしたら敵認定みたいなことをされてハタ迷惑もいいところだが、ナナコはそんなことは気にしていない。ただ、紅葉が『面白い人』ぐらいにしか思っていなかった。
だが、紅葉はそうではない。これからナナコの妨害?を回避しながらイケメンとくっつかなければならないのだ。あと数日で。
『よしッ! 明日からまた頑張ろう!』
紅葉は自分に渇を入れた。
大学に入ってすぐの学科のオリエンテーションにて、その姿はあった。
この世のモノとは思えないイケメン。
中高と女子校だった紅葉にとっては、とてつもない衝撃だった。
男、それもイケメン。紅葉はその男子のことを即好きになった。絶対に、絶対にあの男子をモノにしたい。そう思えてならなかった。
だが、紅葉はそのイケメンと釣り合うような容姿ではなかった。それどころか、ガイダンスの時点でヤバイ化け物がいると陰口を叩かれるレベルで凄い容姿をしていた。
中高と校則が厳しかったこともあって化粧なんてモノは知らないし、したこともない。流行りモノにも疎いし、顔も腹もパンパンで、髪はボサボサ、牛乳瓶の底のようなレンズの着いたダサイ眼鏡を掛けている。
人間、確かに容姿だけではない。中身だって重要なのはいうまでもないだろう。
だが、紅葉は中身もかなり強烈だった。
異常な妄想癖に、挫けるということを知らない鋼のメンタル。というか、へこんだことのない強靭な精神力はもはや狂人レベルといっても過言ではなかった。
おまけにこれと決めたら完遂するまで諦めない、その執念深さは、どんな拷問を以てしてもねじ曲げられないほどだった。
そう、紅葉は超絶ポジティブな女だった。
紅葉は頭がのぼせ上がるような感覚に陥っていた。身体は震え、顔は紅潮し、今にも湯気が具現化しそうな勢いだった。
不気味な笑みを浮かべる紅葉は、まるで実験材料を見つけたマッド・サイエンティストのようだった、文学部なのに。
しかし、こうなったら善は急げ、だ。
紅葉は配られたガイダンス用のプリントを裏返して、そこに今後の予定を書き出し始めた。
ーー四月五日、仲良くなる。
ーー六日、食事に行く。
ーー七日未明、付き合う。
どう考えても頭がどうかしているプランではあったが、紅葉は本気も本気もだった。
だが、問題はあと四日程度で、どうやってあの男子と仲良くなるか、だ。
ちなみに紅葉は件の男子に彼女がいるかどうか、ということは想定していなかった。そもそも、紅葉にとっては中高生が男女の付き合い、交際をするということ自体が都市伝説で、まったくもって有り得ない話だった。
紅葉はプリントの裏にプランを書き付けた、書き付けたーー書き付けまくった。だが、いい案は思いつかない。成績はいいほうだというのに、どうして何も出て来ないのか。紅葉は頭をガシガシと掻きむしった。
「何書いてるの?」
突然、となりの女子が話し掛けて来た。
「え!?」
紅葉は真っ赤になって紙を表にした。あからさまに不審者。だが、そんなことはお構いなしに、となりの女子は微笑んだ。
「わたし、早川ナナコ。よろしくね」
「よ、よろしく……ッ!」紅葉はしどろもどろにいった。
「アナタの名前は?」
「うぇ!?」想定外の質問に紅葉は狼狽えた。「も、モミジ・キサーキーッ!」
何故英語で自己紹介をしてしまったのか、皆目意味不明ではあったが、その突発的な自己紹介が、となりの女子の気持ちを掴んだらしく、となりの女子は口許を抑えて笑った。
「アナタって面白いね、良かったらLINE交換しようよ」
落雷が紅葉を打った。紅葉は思った。
『突然LINEを訊いてくる何て、もしかして、この人、わたしのこと狙ってるの!? てか、LINEって、何? LINEってことは、線ってことでしょ?……線。赤い糸!? もしかして、脈アリかどうか、ってこと!? そんなワケないじゃないの!』
ちなみに、紅葉はLINEが何だか知らなかった。それもそのはず、厳しい家柄で育った紅葉は、これまで携帯電話というモノを持ったことがなかった。だとしても、ナナコがレズビアンだと判断するのは早計過ぎるが。
この早川ナナコ、容姿はかなりいい。このガイダンスの時点でナナコに目をつけた男子は多かった。栗色のショートヘアーにクリッとした目、慎ましい口許。胸は小さく、背も小柄だが、その可愛らしさはまるでタレントのよう。
ちなみに、紅葉の書いていた文字は汚すぎてナナコには読めなかったらしく、ナナコは紅葉をただの面白い人と思っているらしい。
「あ、え……、わ、わたし! 携帯電話持ってませんからッ!」
紅葉の声が教室中にこだまする。オマケに立ち上がってしまったせいで目立つどころの話ではない。完全に変な人だ。
教室中が笑いに包まれる。何だアレ、という声が聴こえてくる。学科の担任は、
「そうですか、では連絡は学内のパソコンかご自身のモノを使って、こちらが指定するメールアドレスを使って下さい」
と冷静に対処した。その冷静さが逆に面白かったらしく、教室は更なる笑いで包まれた。
その中には、件のイケメン男子もいた。
その申し訳なさそうに笑うイケメンに、紅葉は衝撃を受けた。そして、ナナコを見た。
『この女……ッ! わたしをハメたんだ!』
無論、そんなワケはない。完全な自爆である。だが、思い込みの激しい紅葉にはそんなことはどうでもいい。というか、多分、自分がやらかしたことには気づかないだろう。
「ごめんね、変なこと訊いちゃった?」ナナコは申し訳なさそうに囁いた。「連絡は……、大学のメールに送るよ」
大学のメールに送るよ。紅葉からしたら、メールって何?って話だったが、そんなことはもはやどうでも良くなっていた。
終わった、かもしれない。紅葉はその日の夜、自室のデスクに座って考え込んでいた。
最悪のスタート。だが、まだチャンスはある。いや、チャンスしかない。そんなポジティブな紅葉にとっては失敗もクソもなかった。
いや、でもあのイケメンは笑っていた。てことは、自分に気があるからに違いない。そうだ、絶対にそうだ。ならば、余裕で関ヶ原!
だが、気をつけるべきは、あの早川ナナコだ。早川は自分をハメに来ている。もしかして、早川もあのイケメンを……!
そんな風に思ってハッとしていた紅葉だが、まぁ、そんなことはなかった。ナナコからすれば、仲良くしようとしたら敵認定みたいなことをされてハタ迷惑もいいところだが、ナナコはそんなことは気にしていない。ただ、紅葉が『面白い人』ぐらいにしか思っていなかった。
だが、紅葉はそうではない。これからナナコの妨害?を回避しながらイケメンとくっつかなければならないのだ。あと数日で。
『よしッ! 明日からまた頑張ろう!』
紅葉は自分に渇を入れた。