【明日、白夜になる前に~弐拾~】
文字数 2,423文字
近頃の技術の発展の仕方には目覚ましいものがある。というのも、最近の義手というのは、中々にすごいということだ。
ぼくの右腕は肘から先がなくなってしまい、普段の生活に関しては義手を使っての生活となったワケだが、最近の義手はぼくの右腕の筋肉の微細な動きを感知して、手を開いたり閉じたりするのも容易なのだ。
はじめつけた時は困惑することも多く、手の操作も難しく感じたが、流石に毎日つけていると、慣れるのも早かった。
ハイクオリティの義手とだけあって、出費はバカみたいに高かったが、背に腹は変えられない。元の生活に限りなく近づくには、ちゃんとした義手は欠かせなかったし、これといって趣味もなく、長らく彼女もいなかったこともあって、貯金も充分過ぎるほどあったお陰で、何とかなったワケだ。
さて、それはさておき、その後のことについて軽く触れておかなければならないだろう。
まずは里村さんに関してだ。
あの病室でのやり取りの後、ぼくは図々しくも、これまでの考え方や何かを反省し、里村さんにまたデート出来ないかと訊ねてみたのだ。
が、結果はノー。というのも、里村さんに彼氏が出来たとのことだったのだ。
確かに、ぼくとデートしたあの時は彼氏もおらず、完全なフリーだったそうだが、その後、縁があって、年上の男性と付き合うこととなったとのことだった。
こればかりは流石に仕方ないとは思ったが、ならば何故ぼくのところまで来てくれたのか。
それは、小林さんがわざわざ城南病院まで電話して彼女に連絡を取ったのだが、その日の彼女は非番だったのだ。しかし、小林さんは自分の身分を明かしつつ、事情を説明して何とか彼女の連絡先を得ようとしたが、やはり無理だったので、病院経由で彼女にすぐさま事情を説明して欲しいといったとのことだった。
で、結果はーー先日の通りだ。
彼女は急いでぼくの入院している病院まで駆けつけてくれた。
確かに付き合ってもいない、しかも今となっては連絡すら取っていないし、彼氏もいる彼女がどうしてぼくなんかの元を訪れたのかというと、単純に事情が事情で、特に嫌った相手でもなく、気掛かりだったこともあって、安否を確かめに来てくれたとのことだった。
確かに、彼氏が出来たことは個人的には残念だった。だが、再び彼女と会えたこと、彼女が幸せにやっているであろうことを知れて、ぼくとしては嬉しい限りではあった。
彼女には是非とも幸せになって欲しい。
さて、たまきについても話さなければならないだろう。
たまきは結局、精神異常により責任能力なしということで、精神病院に収監されることとなった。といっても、ぼくも起訴するつもりもなかったのだけど。
やはり、一度は付き合った身ということもあってか、起訴する気になれなかったのだ。まぁ、精神異常というのは、何となくわかってはいたけれど、いざそう診断されるとぼくとしても何だか複雑な気分だった。
確かに切断された右腕が戻ってくることはない。だが、ぼくは彼女を責めることは出来なかった。多分、これがぼくの甘さなのだろう。
ちなみに、彼女が役所で働いていたというのは真っ赤なウソだった。
まぁ、かつては働いてはいたのだけど、ぼくと出会った頃にはとっくに辞めており、それからはずっと働いておらず、毎日実家で家族と共に過ごしていたとのことだった。
それでわかったーーたまきが仕事の話をしようとしなかった理由が。そもそも毎日終日家にいるのだから、その日の仕事の話なんか出来るワケがない。ただ、業務のことは働いていた時の経験を元に話せばいいだけなので、ぼくも不信感を抱く余地はなかったワケだ。
まぁ、あんなことをされた後で、こんなことをいうのはどうかと思われるかもしれないけど、彼女には是非とも元気になって幸せな人生を歩んで欲しいと思っている。
これは別に強がりとか、皮肉とかでも何でもなく、本心からそう思っている。
だって、ぼくだって彼女のことを一度は愛したーーというより、あんなことをされた後でも、こころの何処かで未練というか、すべてウソだったら良いと思っているくらいだから。
いずれにせよ、ひとついえるのは、彼女には恨み辛みのようなネガティブな感情は一切抱いていないということだ。
さて、もうひとり、小林さんについてだが、これはぼくの仕事事情も絡めて話していこうと思うーー
病院から退院して少しした後、ぼくは会社に戻った。小林さんのお陰で何とか首の皮一枚で繋がっており、何とか復職することができた。
確かに最初の内はパソコンのキーボードを打つのも、マウスを操作するのもひと苦労だったが、義手の操作に慣れるのには、これほどちょうどいいトレーニングは他になかった。
ただ、やはり彼女に監禁された後に腕を落とされるというのは、他人からしたらあまりいい話でもなく、遠くからぼくを見てヒソヒソと話す男女の姿も確認できたし、それを見てぼくもうしろめたい気持ちになり、仕事を辞めようかと本気で考えもした。
が、それもある日になってパッと止んだ。
人のウワサも七十五日とはいうが、こんなに早くその勢いが失せるとは思ってもいなかったし、それどころか、周りの人がやたらと親切にしてくれるようになったのだ。
まぁ、復職直後はいつも以上に親切ではあったのだが、何処か腫れ物に触るような感じがあった。だが、今はそれもなく、仕事をするにも非常にやり易い環境となっている。
小林さんは相変わらずぼくを昼食に誘ってくれていた。ぼくも断る理由もなかったし、それを受けていた。
「緊急事態宣言やまん防がなかったら、一緒に飲みに行けたんだけどねぇ」
小林さんは、ぼくに気を使ってな、よくそういってくれていた。日頃影でタヌキ親父とかいっているのを、少しは改めたほうがいいと正直反省した。
まぁ、そんな感じでぼくはこれといった不自由もなく、仕事が出来ているというワケだーー
【続く】
ぼくの右腕は肘から先がなくなってしまい、普段の生活に関しては義手を使っての生活となったワケだが、最近の義手はぼくの右腕の筋肉の微細な動きを感知して、手を開いたり閉じたりするのも容易なのだ。
はじめつけた時は困惑することも多く、手の操作も難しく感じたが、流石に毎日つけていると、慣れるのも早かった。
ハイクオリティの義手とだけあって、出費はバカみたいに高かったが、背に腹は変えられない。元の生活に限りなく近づくには、ちゃんとした義手は欠かせなかったし、これといって趣味もなく、長らく彼女もいなかったこともあって、貯金も充分過ぎるほどあったお陰で、何とかなったワケだ。
さて、それはさておき、その後のことについて軽く触れておかなければならないだろう。
まずは里村さんに関してだ。
あの病室でのやり取りの後、ぼくは図々しくも、これまでの考え方や何かを反省し、里村さんにまたデート出来ないかと訊ねてみたのだ。
が、結果はノー。というのも、里村さんに彼氏が出来たとのことだったのだ。
確かに、ぼくとデートしたあの時は彼氏もおらず、完全なフリーだったそうだが、その後、縁があって、年上の男性と付き合うこととなったとのことだった。
こればかりは流石に仕方ないとは思ったが、ならば何故ぼくのところまで来てくれたのか。
それは、小林さんがわざわざ城南病院まで電話して彼女に連絡を取ったのだが、その日の彼女は非番だったのだ。しかし、小林さんは自分の身分を明かしつつ、事情を説明して何とか彼女の連絡先を得ようとしたが、やはり無理だったので、病院経由で彼女にすぐさま事情を説明して欲しいといったとのことだった。
で、結果はーー先日の通りだ。
彼女は急いでぼくの入院している病院まで駆けつけてくれた。
確かに付き合ってもいない、しかも今となっては連絡すら取っていないし、彼氏もいる彼女がどうしてぼくなんかの元を訪れたのかというと、単純に事情が事情で、特に嫌った相手でもなく、気掛かりだったこともあって、安否を確かめに来てくれたとのことだった。
確かに、彼氏が出来たことは個人的には残念だった。だが、再び彼女と会えたこと、彼女が幸せにやっているであろうことを知れて、ぼくとしては嬉しい限りではあった。
彼女には是非とも幸せになって欲しい。
さて、たまきについても話さなければならないだろう。
たまきは結局、精神異常により責任能力なしということで、精神病院に収監されることとなった。といっても、ぼくも起訴するつもりもなかったのだけど。
やはり、一度は付き合った身ということもあってか、起訴する気になれなかったのだ。まぁ、精神異常というのは、何となくわかってはいたけれど、いざそう診断されるとぼくとしても何だか複雑な気分だった。
確かに切断された右腕が戻ってくることはない。だが、ぼくは彼女を責めることは出来なかった。多分、これがぼくの甘さなのだろう。
ちなみに、彼女が役所で働いていたというのは真っ赤なウソだった。
まぁ、かつては働いてはいたのだけど、ぼくと出会った頃にはとっくに辞めており、それからはずっと働いておらず、毎日実家で家族と共に過ごしていたとのことだった。
それでわかったーーたまきが仕事の話をしようとしなかった理由が。そもそも毎日終日家にいるのだから、その日の仕事の話なんか出来るワケがない。ただ、業務のことは働いていた時の経験を元に話せばいいだけなので、ぼくも不信感を抱く余地はなかったワケだ。
まぁ、あんなことをされた後で、こんなことをいうのはどうかと思われるかもしれないけど、彼女には是非とも元気になって幸せな人生を歩んで欲しいと思っている。
これは別に強がりとか、皮肉とかでも何でもなく、本心からそう思っている。
だって、ぼくだって彼女のことを一度は愛したーーというより、あんなことをされた後でも、こころの何処かで未練というか、すべてウソだったら良いと思っているくらいだから。
いずれにせよ、ひとついえるのは、彼女には恨み辛みのようなネガティブな感情は一切抱いていないということだ。
さて、もうひとり、小林さんについてだが、これはぼくの仕事事情も絡めて話していこうと思うーー
病院から退院して少しした後、ぼくは会社に戻った。小林さんのお陰で何とか首の皮一枚で繋がっており、何とか復職することができた。
確かに最初の内はパソコンのキーボードを打つのも、マウスを操作するのもひと苦労だったが、義手の操作に慣れるのには、これほどちょうどいいトレーニングは他になかった。
ただ、やはり彼女に監禁された後に腕を落とされるというのは、他人からしたらあまりいい話でもなく、遠くからぼくを見てヒソヒソと話す男女の姿も確認できたし、それを見てぼくもうしろめたい気持ちになり、仕事を辞めようかと本気で考えもした。
が、それもある日になってパッと止んだ。
人のウワサも七十五日とはいうが、こんなに早くその勢いが失せるとは思ってもいなかったし、それどころか、周りの人がやたらと親切にしてくれるようになったのだ。
まぁ、復職直後はいつも以上に親切ではあったのだが、何処か腫れ物に触るような感じがあった。だが、今はそれもなく、仕事をするにも非常にやり易い環境となっている。
小林さんは相変わらずぼくを昼食に誘ってくれていた。ぼくも断る理由もなかったし、それを受けていた。
「緊急事態宣言やまん防がなかったら、一緒に飲みに行けたんだけどねぇ」
小林さんは、ぼくに気を使ってな、よくそういってくれていた。日頃影でタヌキ親父とかいっているのを、少しは改めたほうがいいと正直反省した。
まぁ、そんな感じでぼくはこれといった不自由もなく、仕事が出来ているというワケだーー
【続く】