【冷たい墓石で鬼は泣く~参拾死~】

文字数 1,101文字

 それ以降、わたしは脱け殻のようになった。

 師範代として道場に赴いても、何処か漂う霞のようにこころがなかった。道場生と木刀を持って相対していても身が入らなかった。かと思いきや、頭に一撃食らってしまった。相手も随分と忖度して打った一撃ではあったようだが、わたしにはもはや攻撃は見えておらず、気づけば頭にちょっとした衝撃を受けていた。

 わたしは痛みで現実へと戻された。頭を押さえ、思わず声が出た。かたじけのうございます。相手の道場生の声がすぐさま飛んで来た。わたしは構わないといった。そう、油断していたのは紛れもないわたしなのだから。

 目から涙が滲み出ていた。死んだ。これがもし真剣ならばわたしは死んでいた。修行が足りていないのはいうまでもなかったが、今のわたしには何より自分を無にすることが不可能だった。

 馬乃助。ヤツのことばの一つひとつが、わたしの頭の中でこだまし続けていた。実家を離れて何里の地、わたしはそこにいる。なのに、いまだに自分の弟のことで頭がいっぱいになっている。

 馬乃助はわたしにとって光でありながらも同時に影であった。

 まっとうに生きようとする平凡なわたしと、文武と才能に満ちていながらヤクザ生活をする馬乃助。そこには埋めることの出来ない隔たりがあった。

「今日はその辺にしなさい」

 その声で目を開けると涙で霞む視界の向こうに師範がいた。師範は複雑な表情を浮かべていた。今のようなこころの甘さを目にすれば、いくら優しい師範といえど、厳しくひとこと申すはずなのに、師範はただ静かにそういうばかりだった。

 わたしはボーッとしていた。ふと目に入って来る道場生たちも何があったのかと呆然としていたーーふたりを除いて。そう、あの夜に馬乃助を目撃し、わたしと師範を呼び出したふたりだ。ふたりとも、やはり気まずそうな表情をしていた。事情を知っているだけに居たたまれないのだろう。

 わたしは素直に師範の話を聴いて、稽古着から着替えると、荷物を持って道場を出た。出てすぐ、足を止めて振り返ると、道場を見上げた。そう長くはない。そう感じた。感じざるを得なかった。

 わたしはゆっくりと道場への階段を降りていった。足取りは重かった。かと思いきや、

「牛野様ッ!」

 背後から声を掛けられた。振り返って見ると、道場から飛び出して来たあの夜の道場生のひとりが走って来ていた。手に白い何かを持っていた。わたしの元で止まったのを見て、わたしは道場生に事情を訊ねた。道場生は師範からだといって手に持っていた白い何かを渡して来た。

 手紙だった。

 わたしは手紙を開いて目を通した。まるで、処刑場に向かうような気分だった。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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