【いろは歌地獄旅~冥土の土産~】
文字数 2,943文字
冥土の土産なんてセリフをよく聴くと思う。
まぁ、アニメだったりマンガだったりに良く出てくるセリフで、基本は相手を倒したり、殺したりしようとする時に発するモンだ。
いってしまえば浮世離れした話ではあるけれど、立場が変わればそうしてやろうとも思うことだってあるはずだと思うのだ。現におれもそうしようと思っていたのだから。
自分の人生を振り返ってみるとろくなことはなかった。ひとついえるのは、最低な人生だったということだ。
学歴はカス。スポーツや芸術といった取り柄もなく、他人からは蔑まれ続け、最期の最期は酔っぱらいに因縁をつけられてケンカに巻き込まれた果てに、勢い良く押されて電車に轢かれて終わりというクソみたいな人生だった。
死の縁から蘇った時、おれは自分の死体を見下ろしていた。まぁ、これはいうまでもなく、死の縁から蘇ったというよりは、霊として覚醒したというべきなのかもしれないが。
血まみれの自分がそこに横たわっていた。おれは何のことばも出なくなっていた。だが、その絶句はいっぺんに怒りと憎しみに変わった。
何でおればかり。
何でいつもおればかりが酷い目に。
もう心底ウンザリしていた。おれという人間は最期の最期までついていなかった。
だから、おれは冥土の土産に誰かを不幸にしてやろうと思ったワケだ。
取り敢えず、どういうヤツの足を引っ張ろうかと考えながらストリートを歩いたが、結局は一見して調子に乗っているヤツ、舐めた野郎を狙うことにしようと決めた。
だが、おれはそれでもついてなかった。
おれが狙ったのは、赤いアロハシャツを着た短髪の男だった。男を見つけたのはストリートの一角で、一見して調子こいた見た目をしていたので、取り憑いて不幸にしてやろうとヤツの背中について尾行を始めたのだ。
だが、それが間違いだった。
男は突然道を折れ、路地へと入った。あまりに突然だったこともあって、おれは急いで男を追い掛けた。が、曲がり角のすぐ先にある電柱の裏に男は待っていたのだ。
「おい」
突然そんな声が聴こえた。かと思いきや次の瞬間パンチが飛んできて、おれの顔面に弾け飛ばんような衝撃が走った。え、と思った。自分は幽霊。生きた人間に殴られるはずなど。
が、殴られた後には胸ぐらを掴まれ、
「ゴミ浮遊霊が。殺すぞ」
とモノ凄い勢いで凄まれた。おれはすっかり戦意を喪失し、ごめんなさいと情けなく謝ってしまった。すると男はおれを放し、
「もうついてくんな」
といって路地を出ていこうとした。
「……クソッ!」
おれの叫び声に男は足を止め振り返る。
「あぁ?」男はおれの近くまで戻って来て、「何かいったか?」
「い、いえ……」おれは引き気味にいった。
と、男はウンザリしたように息を吐く。
「テメェ、どうせろくでもない死に方をしたろくでもないクズなんだろ?」
まったくオブラートに包まないストレートなことば。悔しさで思わず声が出そうになる。だが、その時は我慢した。が、男はおれの身体をジロジロと見て、
「……ひでぇ身体だ。電車にでも轢かれたか。身体のパーツが所々千切れてなくなってる」
そう、おれは轢死した。それも駅のホームにて巻き込まれたケンカで足を滑らせ転落、すぐ来た電車に巻き込まれ、という感じだった。
おれはいつのまにか男にそれを訴えていた。涙が勝手に流れ落ちていた。男は何もいわずにおれの説明を聴いてくれた。
すべてを聴き終えると男はいった。
「で、お前は何をしたいんだ?」
何をしたいか。それは何もなかった。ただ、道連れを探していただけだった。
「……道連れか。まぁ、暇だったしいいか。取り敢えず、おれに憑依しろよ」
男が何をいっているかわからなかった。だが、おれがオロオロしていると男はおれの顔面を再び殴った。意識が消えた。
次に気づいた時は、おれは男と同化していた。自分で自由に行動しようとしても、まともに動けなくなっていた。
普通、想像するに、霊が憑依するというのは生きた人間からエネルギーを吸い取ったり、身体を乗っ取ったりという風にイメージするだろうが、おれの場合は違った。というのも、
男の身体はまるで牢獄のようだった。
自由に動くことが出来ず、意識も潰される。これでは何のために憑依したのかわからない。
「……なるほど、な」
男はそういうと、スマホを手に取って何処かに電話をし始めた。それから何処かに向かった。と、その先にいたのは、
おれをケンカに巻き込んだ野郎だった。
ギョッとした。が、男はその野郎を物陰に連れて行くと突然に野郎を殴りつけ始めた。おれをケンカに巻き込んだ男がボコボコにされる様は、スカッとしたーーワケがなかった。
壮絶な光景。圧倒的な強さ。おれは傷つく野郎を見て思わず、
「もう止めてくれ」
とヤツのこころの中で叫んでいた。
「あ? この野郎がテメェに因縁つけて、テメェを殺したんだろ? つまり、この野郎がテメェの最大の不幸の原因ってワケだ。道連れなら、このクズにしようぜ」
まるでおれのこころを見透かしたような男のことばにおれは絶句した。が、そんなことしていることも出来ず、男のマインドに絡み付くようにして、
「頼むよ。おれが、間違ってた……。自分が不幸だからって、他人を不幸に巻き込んでいいワケじゃなかった。だから……」
と、突然サイレンの音が聴こえた。路地の入り口のところにパトカーが止まった。そして、私服の刑事らしき男が降りて来て投降するようにいって来た。
「ほら、出てけ。サツの世話になるのは、おれだけで充分だ」
そのことばはぶっきらぼうながらも何処か優しさが滲み出ているようだった。
「でも……」
「お前、本当は寂しかったんだろ?」
「……え?」耳を疑った。
「誰からも見向きされず、親からも見放された。道連れが欲しかったのは、自分がひとりで消えて行くのが怖かったからだ。そうだろ?」
悔しくて泣きそうになった。男はまるでおれの心中を見透かしているようだった。
「お前は人を傷つけたくなんかなかった。それを知れただけで充分だろう。さ、逃げな」
「でも……、アンタ……」
「自分の人生を呪うか?」
おれは狼狽した。何もいわないおれに、男は更に続けていった。
「何もなかったかもしれない。いいことも、ちょっとした喜びも。でもな、お前のことを想ってくれてたヤツってのは、お前が思っているより、実は多かったのかもしれないぜ。もし、そんなヤツいなかったっていい張るなら、おれがその第一号になってやるよ」
とうとう目から涙が止まらなくなった。そして、おれの身体は足許から消え始めた。こんなろくでもない人生を生きたおれにも、最期の最期に、理解者は現れたのだ。
「最期に……!」おれは自分が消失する前に訊ねた。「最期に、名前、教えてくれよ……」
男はつまらなそうにしていった。
「祐太朗。鈴木祐太朗だ」
鈴木祐太朗。取るに足らない平凡な名前。だが、その名前の持ち主は非凡な優しさを持っていた。おれのような乾いて干からびた池に潤いのある水を流し込んでくれるような優しさを。
おれは祐太朗にひとこといった。だが、そのひとことが祐太朗に届く前に、おれは消えた。
祐太朗が残してくれた冥土の土産とともに。
まぁ、アニメだったりマンガだったりに良く出てくるセリフで、基本は相手を倒したり、殺したりしようとする時に発するモンだ。
いってしまえば浮世離れした話ではあるけれど、立場が変わればそうしてやろうとも思うことだってあるはずだと思うのだ。現におれもそうしようと思っていたのだから。
自分の人生を振り返ってみるとろくなことはなかった。ひとついえるのは、最低な人生だったということだ。
学歴はカス。スポーツや芸術といった取り柄もなく、他人からは蔑まれ続け、最期の最期は酔っぱらいに因縁をつけられてケンカに巻き込まれた果てに、勢い良く押されて電車に轢かれて終わりというクソみたいな人生だった。
死の縁から蘇った時、おれは自分の死体を見下ろしていた。まぁ、これはいうまでもなく、死の縁から蘇ったというよりは、霊として覚醒したというべきなのかもしれないが。
血まみれの自分がそこに横たわっていた。おれは何のことばも出なくなっていた。だが、その絶句はいっぺんに怒りと憎しみに変わった。
何でおればかり。
何でいつもおればかりが酷い目に。
もう心底ウンザリしていた。おれという人間は最期の最期までついていなかった。
だから、おれは冥土の土産に誰かを不幸にしてやろうと思ったワケだ。
取り敢えず、どういうヤツの足を引っ張ろうかと考えながらストリートを歩いたが、結局は一見して調子に乗っているヤツ、舐めた野郎を狙うことにしようと決めた。
だが、おれはそれでもついてなかった。
おれが狙ったのは、赤いアロハシャツを着た短髪の男だった。男を見つけたのはストリートの一角で、一見して調子こいた見た目をしていたので、取り憑いて不幸にしてやろうとヤツの背中について尾行を始めたのだ。
だが、それが間違いだった。
男は突然道を折れ、路地へと入った。あまりに突然だったこともあって、おれは急いで男を追い掛けた。が、曲がり角のすぐ先にある電柱の裏に男は待っていたのだ。
「おい」
突然そんな声が聴こえた。かと思いきや次の瞬間パンチが飛んできて、おれの顔面に弾け飛ばんような衝撃が走った。え、と思った。自分は幽霊。生きた人間に殴られるはずなど。
が、殴られた後には胸ぐらを掴まれ、
「ゴミ浮遊霊が。殺すぞ」
とモノ凄い勢いで凄まれた。おれはすっかり戦意を喪失し、ごめんなさいと情けなく謝ってしまった。すると男はおれを放し、
「もうついてくんな」
といって路地を出ていこうとした。
「……クソッ!」
おれの叫び声に男は足を止め振り返る。
「あぁ?」男はおれの近くまで戻って来て、「何かいったか?」
「い、いえ……」おれは引き気味にいった。
と、男はウンザリしたように息を吐く。
「テメェ、どうせろくでもない死に方をしたろくでもないクズなんだろ?」
まったくオブラートに包まないストレートなことば。悔しさで思わず声が出そうになる。だが、その時は我慢した。が、男はおれの身体をジロジロと見て、
「……ひでぇ身体だ。電車にでも轢かれたか。身体のパーツが所々千切れてなくなってる」
そう、おれは轢死した。それも駅のホームにて巻き込まれたケンカで足を滑らせ転落、すぐ来た電車に巻き込まれ、という感じだった。
おれはいつのまにか男にそれを訴えていた。涙が勝手に流れ落ちていた。男は何もいわずにおれの説明を聴いてくれた。
すべてを聴き終えると男はいった。
「で、お前は何をしたいんだ?」
何をしたいか。それは何もなかった。ただ、道連れを探していただけだった。
「……道連れか。まぁ、暇だったしいいか。取り敢えず、おれに憑依しろよ」
男が何をいっているかわからなかった。だが、おれがオロオロしていると男はおれの顔面を再び殴った。意識が消えた。
次に気づいた時は、おれは男と同化していた。自分で自由に行動しようとしても、まともに動けなくなっていた。
普通、想像するに、霊が憑依するというのは生きた人間からエネルギーを吸い取ったり、身体を乗っ取ったりという風にイメージするだろうが、おれの場合は違った。というのも、
男の身体はまるで牢獄のようだった。
自由に動くことが出来ず、意識も潰される。これでは何のために憑依したのかわからない。
「……なるほど、な」
男はそういうと、スマホを手に取って何処かに電話をし始めた。それから何処かに向かった。と、その先にいたのは、
おれをケンカに巻き込んだ野郎だった。
ギョッとした。が、男はその野郎を物陰に連れて行くと突然に野郎を殴りつけ始めた。おれをケンカに巻き込んだ男がボコボコにされる様は、スカッとしたーーワケがなかった。
壮絶な光景。圧倒的な強さ。おれは傷つく野郎を見て思わず、
「もう止めてくれ」
とヤツのこころの中で叫んでいた。
「あ? この野郎がテメェに因縁つけて、テメェを殺したんだろ? つまり、この野郎がテメェの最大の不幸の原因ってワケだ。道連れなら、このクズにしようぜ」
まるでおれのこころを見透かしたような男のことばにおれは絶句した。が、そんなことしていることも出来ず、男のマインドに絡み付くようにして、
「頼むよ。おれが、間違ってた……。自分が不幸だからって、他人を不幸に巻き込んでいいワケじゃなかった。だから……」
と、突然サイレンの音が聴こえた。路地の入り口のところにパトカーが止まった。そして、私服の刑事らしき男が降りて来て投降するようにいって来た。
「ほら、出てけ。サツの世話になるのは、おれだけで充分だ」
そのことばはぶっきらぼうながらも何処か優しさが滲み出ているようだった。
「でも……」
「お前、本当は寂しかったんだろ?」
「……え?」耳を疑った。
「誰からも見向きされず、親からも見放された。道連れが欲しかったのは、自分がひとりで消えて行くのが怖かったからだ。そうだろ?」
悔しくて泣きそうになった。男はまるでおれの心中を見透かしているようだった。
「お前は人を傷つけたくなんかなかった。それを知れただけで充分だろう。さ、逃げな」
「でも……、アンタ……」
「自分の人生を呪うか?」
おれは狼狽した。何もいわないおれに、男は更に続けていった。
「何もなかったかもしれない。いいことも、ちょっとした喜びも。でもな、お前のことを想ってくれてたヤツってのは、お前が思っているより、実は多かったのかもしれないぜ。もし、そんなヤツいなかったっていい張るなら、おれがその第一号になってやるよ」
とうとう目から涙が止まらなくなった。そして、おれの身体は足許から消え始めた。こんなろくでもない人生を生きたおれにも、最期の最期に、理解者は現れたのだ。
「最期に……!」おれは自分が消失する前に訊ねた。「最期に、名前、教えてくれよ……」
男はつまらなそうにしていった。
「祐太朗。鈴木祐太朗だ」
鈴木祐太朗。取るに足らない平凡な名前。だが、その名前の持ち主は非凡な優しさを持っていた。おれのような乾いて干からびた池に潤いのある水を流し込んでくれるような優しさを。
おれは祐太朗にひとこといった。だが、そのひとことが祐太朗に届く前に、おれは消えた。
祐太朗が残してくれた冥土の土産とともに。