【冷たい墓石で鬼は泣く~弐拾睦~】

文字数 1,163文字

 寒くて仕方なかった。

 それは懐具合も自分の身体自体も同様の話でしかなかった。わたしは父上を打ち倒してからそのまま家を出ることとなった。故に、まともな銭は持っていなかったのだ。

 財布はあるにはあった。だが、その中に大量の銭は入っていない。そもそも、屋敷と学問所、稽古場の往復みたいな状態だったのだから、大した銭など持っているはずがなかったのだ。

 昼食は女中さんが作ってくれたおにぎりが数個。そこら辺のうどん屋や何かに入って食べるということもなかったが故に、財布の中に銭が入っている理由もなかった。オマケに無駄遣いをしないという理由からも、銭は殆ど持たせては貰えなかった。

 わたしはなけなしの銭でいつもおはるのいる店に顔を出していた。あまり詳しく話すと自分としても悲しくなって来るので話はしないが、街を去る際、最後におはるのいた店を遠目で眺めた。

 朝方で靄が掛かり、周りには人っこひとりいない死んだように静かな街は、わたしと店をポツンと孤立させていた。まるで、ここにはわたしとその店しかないようだった。

 すると不思議と、茶屋の中から生前の明るく元気なおはるが出てきてテキパキと働き出したように見えてきた。間違いなく幻覚ではあったが、わたしには今そこにおはるがいるように思えてならなかった。

 行こうーーわたしは静かに振り返って去って行こうとした。だが、唐突に肩を叩かれるように気が変わった。

 わたしは街を去る前に、坂上にある大きな寺へと向かった。朝早くの訪問で修行僧も随分と迷惑そうな顔をしていたが、事情を話すと渋々と中へと招いてくれた。

 わたしが寺へ来た理由はひとつだった。そう、死んだおはるの墓に最後の別れを告げに来たのだった。おはるの墓はまったく立派でない、むしろお粗末な石を積み重ねて作っただけのモノだった。

 わたしは墓の前にしゃがみこみ、おはるに声を掛けた。何と声を掛けたかと思われるかもしれないが、それは男が女に掛ける取るに足らないひとことでしかなかった。

「どうされましたか?」

 背後から朗らかな声が聴こえ、わたしは立ち上がり振り返った。そこにいたのは寺の住職だった。住職はわたしを見るなり驚きの声を上げ、表情を浮かべた。

「あなた、牛野様のところのご長男ではないですか。どうされました。こんな朝からそんな格好で」

 住職には旅姿のわたしの様子が不思議でならなかったのだろう。だが、わたしは特にこれといって事情は話さず、随分と曖昧な返答をしてやり過ごそうとした。

「......ちょっと、待っていなさい」

 住職はそういって来た道を戻って行った。わたしは、もしや屋敷に一報入れられるのかと思い、逃げ出そうかとも思ったが、住職はそんなことをするだけの時間もなく、すぐに戻って来た。そしてーー

 住職は手を差し出して来た。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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