【後見人は笑顔を絶やさない】

文字数 3,785文字

 入り口に立つ人は笑顔であることが多い。

 そして、中に入ると同時に厳しい一面を見せるのが殆どだ。これはシンプルに人を導く上での常套句。訪問者には甘い顔をし、内部では厳しく眉間にシワを寄せるのがセオリーだからだ。

 まぁ、人を招く際に入り口に立つ人間が怖い顔をしているのは、地獄の門番と当局の警察官だけで充分ーーというか警備の人間は顔つきが屈強よね。それはさておきーー

 おれは不思議と厳しくも優しい後見人的な人と出会うことが多い。ちょっと自惚れ気味なことをいってしまうと、多分、そういう人の好感を得やすい体質なのだと思うのだ。

 というのも、おれという人間は不器用ながらモノを考え、問題解決に向け試行し、へこたれずに先へ進もうとする愚直さがあると思うのだ。これはいってしまえば変に人間的だということーー自分でいってて恥ずかしいわ。

 おれは「鳴り物入り」の人物になったことは一度としてない。大学のサークルでも、ブラストでも、どんなコミュニティにおいてもおれは基本的に個性もなければ、これといった能力もない「新人A」でしかなかった。

 しかし、そんな中でも自分のような人間を認めてくれる人がひとりはいた。

 まず、大学のバンドサークルでは、同期でありながら先輩に多大なる期待を掛けられたヤツに認められたーーまぁ、その後、そのそいつとは色々因縁があって、仲違いしたこともあったとはいえ、最後には仲直りしたんだけど。

 次にブラストだが、ここではいうまでもなくショージさんだろう。あおいやヨシエさん、ヒロキさんの名前も挙げてもいいのだろうけど、シンプルに入り口に立っていた人という意味ではショージさんが該当するだろう。

 まぁ、「師匠」と「後見人」のカテゴリーが別になるのかは人によるのかもしれないけど、おれは敢えて分けている。

 理由は、敬意を払うべき人はひとりではないからだ。おれにとって、ヒロキさんは芝居の師匠であり、後見人のひとりだとも思っている。

 だが、やはり最初に自分を認めてくれた人は、その世界に自分を導いてくれた白兎であり、自分の面倒を一番最初に買ってくれた人であるワケだ。

 そんな人に敬意を払うためにも、おれは「師匠」と「後見人」を別のカテゴリーとして分けている。まぁ、それは違うだろって思ったら、それはそれで正しいと思うわ。

 さて、今日は『川澄居合会』における、おれの後見人の話をしていこうと思う。当然、おれにとっての師匠は坂久保先生なんだけど、最初におれを世話してくれて、認めて下さったのは、また別の人ということだ。

 というワケで、あらすじーー

『川澄居合会にて二回目の体験稽古に出向いた五条氏は、塩谷さんと坂久保さんの稽古を受けて自信を失ってしまう。しかし、ただほんの少しだけ残っていた「楽しさ」を糧に、おれは居合を続けることを決めたのだった』

 とこんな感じやね。最近、長文化の傾向があるんで、今日はなるべく早めに切り上げるつもり。じゃ、書いてくーー

 やるーーそう宣言した以上、もう退路はなかった。上手くなれるかはわからない。そもそもおれは運動センスは皆無で、何をやってみても上手くいかなかった経験しかなかった。

 でも、やるのだ。自分でやろうと決めた以上、出来る限りやるしかないのだ。

 三度目の体験稽古にて、おれは坂久保さんに入門を申し出、それを受理された。これでおれも居合の道を志す人間となったワケだ。当然、これから稽古も厳しくなるだろう。おれは気を引き締めーー

 まぁ、マジな話をすると厳しさ自体は変わらなかった。てか、体験の時点で普通に厳しかったからさ。まぁ、とはいえ他の道場と比べてかなり自由で融通の利く場所ではあるけど。

 入門すると、まず坂久保さんから教科書と各資料を渡された。自習はもちろん、昇段試験は筆記試験もあり、その学習範囲もそこから出題される。それらはそのための勉強も兼ねた教材だったのだ。

 今更ではあるが、おれがやっている『無雙直伝英信流』は、江戸の中頃に確立された流派であり、現代居合の中でも『夢想神伝流』と並んでポピュラーな流派だ。

 現在では居合の流派を名乗っているが、元はといえば、捕縛術やその他武器術、一説に依れば柔術も含んだ総合武術だったこともあり、型の分解を行うと、その名残が随所に見える。

 まぁ、そんな話はこの時には知り得もしなかったし、そこまで深く理解して刀を抜こうとも思っていなかったけどさ。

 そんな英信流にもいくつか種類があり、現代でも一般的となっているモノに加え、『土佐英信流』という、文字通り土佐にて発展を遂げたモノも存在する。

 ふたつの違いは何かといわれたら、簡単にいえば、土佐のほうが泥臭い居合といった感じだろうか。いい換えると、武術的なにおいが残っているのは土佐のほうというわけだ。

 ちなみに、うちの道場は、通常の英信流に土佐の風味が加わった感じ、とでも形容すべきだろうか。まぁ、いってしまえばそんな感じだ。

 早速、刀や道着を注文し、本格的に居合の世界へのめり込んでいく。

 稽古は基本的に向山さんにつけて頂くようになっていた。初の体験稽古以来、向山さんからは様々な技術と理を教えて頂くこととなった。

 向山さんは、坂久保先生の弟弟子だった。つまり、坂久保先生と同じ技術体系を持った人で、この道場の指導方針をそのまま体現したような居合の仕方をする。

 おれは向山さんとの稽古を重ねた。土曜だろうと、日曜だろうと。臼田さんと一緒だろうと、向山さんとマンツーマンであろうと。兎に角、向山さんとの稽古をひたすらに重ねた。

 ファーストコンタクトこそそうでもなかったが、教えを請うようになって回数を重ねると、向山さんはーー

「キミ、センスあるねぇ」

 と何度となくおれの未熟な居合を誉めて下さった。この時のおれは技術もへったくれもなかったにも関わらず、にだ。

 そんな向山さんは、ひたすらに業を身体に染み込ませようとするおれに、次から次へと新しい業や色々な技術を教えて下さった。本人は、

「熱くなっちゃって怒鳴ったりするかもしれないけど、まぁ、気にせずに」

 とはいっていたモノの、向山さんがおれに対して声を荒げることは一度もなかった。それどころか、ミスをすると、

「今のは惜しかったね。もう一回やってみようか」

 と笑顔でいって下さった。それだけでなく、

「いやぁ、キミは覚えるのが早くて教えてて楽しくて仕方ないよ」

 ともいって下さった。居合を始めて半年間、おれは向山さんと稽古を続け、居合の基礎的な体捌きや理合、それに加えて指導法を盗んだ。

 よく「教えて貰おうとするな、技術を盗め」というけど、向山さんは自ら進んで様々な技術を教えて下さった。その指導の仕方は、今日においておれが誰かに居合ーーだけでなく芝居なんかもーーを教える際の指導モデルとなり、自分の中に根強く根付いている。

 そんな向山さんのことばで印象に残っているモノがある。それはーー

「誰かみたくなろうとしなくていい。キミはキミで、わたしや坂久保さんのようにはなれない。逆にわたしや坂久保さんもキミにはなれない。キミは自分の身体で、自分に合った居合をやり、技術を高めていけばいい」

 誰かになろうとしなくていい。こんな肩の荷が降りることばはないだろう。

 人は誰かに「憧れ」、誰かになりたがる。確かに「憧れ」を抱くことはいいことだと思う。だが、自分が憧れるその人に縛られる必要はまったくない。むしろ、自分。自分という人間で勝負していくこと、これが大事ーー

 というより、人は他の誰かにはなれないのだ。それは体型はもちろん、顔や声、生まれ持った親や兄弟、育った環境に経験に、出会った人々と完璧に合致した体験を持つ人間が他にいない以上は、人は他の誰かになどなれはしない。

 だからこそ、自分という一個人で勝負していけばいい。

 当然、未熟な時は誰かの指導が必要になるだろう。だが、その指導内容もパーフェクトにその人の業をコピーするのでなく、自分の持つ手札にあった条件でこなしていけばいいのだ。

 この教えは居合だけでなく、芝居や他のモノでも非常に役立ち、今現在でも自分の中で心掛けていることでもある。

 居合を始めて半年ほど経った頃になると、おれは向山さんの手を離れ、塩谷さんから指導を受けることとなった。

 というのも、半年しておれも最低限の基礎を身につけ、かつ、向山さんはおれの後に入った新人や体験者の稽古をすることとなったからだった。

 それにはおれも一抹の寂しさを覚えたが、やはり、誰かひとりからの指導だけでは視点が固定されがちだ。おれも新しい視点が必要となったのだろう。

 そんな向山さんも、現在は腰を悪くして休会中で、もう半年ほどお会いしていないのだけど、向山さんが休会する前もほんと稀に稽古をつけて下さることがあったのだけど、やはり最初に認めて下さった人の前だとどうしても力が入ってしまい、どうにも上手くいかんのよね。

「スピードもパワーも素晴らしい。上手くなったねぇ。でも、まだまだ力が入り過ぎだよ」

 稽古をつけて頂く度にそういわれると、やはりまだ自分は未熟だと感じるのだ。

 はい、今日は終わり。結局長くなるという、ね。次回は塩谷さんとの稽古になってからの話かな。まぁ、そんな感じで、

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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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