【あれこれテレコのテレフォン事変】

文字数 3,664文字

 何でこんな下らない話をするために二日も使っているのかと甚だ呆れてしまう。

 いや、おれが二日も引っ張ったのがそもそもの問題なのだけど、そんなね、間違い電話にどういう意味合いがあったかなんて下らない推察したところで何が解決するのかって話である。

 何にも解決しないよね。

 むしろ、想像して楽しみたいだけなんだし。見ようによってはかなり性格悪いよな。まぁ、性格の悪さは生まれつきなんだけど。

 というワケで、昨日のおさらいである。

『大学一年の五条氏の元に三件の間違い電話が掛かってきた。一件目は「サトコ」という女性を訪ねて電話してきた男で、二、三件目は「ナオ」という女性の母親らしき女性からだった』

 さて、こんな感じである。これから、この三件ーー事実上二件ーーの間違い電話を無理矢理ひとつの出来事にこじつけてしまおうと思う。

 相変わらずのバカみたいな企画に、自分でも呆れてしまうのだけど、まぁ、それはどうでもいい。中にはこういう下らないことをするヤツがいてもいいじゃないの。では、やってくーー

 大河原ナオが東京に来て三ヶ月が過ぎようとしていた。が、大学にはいっていない。退屈な講義に出るつもりなどこれっぽちもなかった。

 講義は大学入学後、仲良くなった友人に代返してもらっており、試験は後で範囲を訊き、ノートを見せてもらえばいいと思っていた。

 それよりもナオにはやるべきことがあった。

 それは、金を稼ぐことだった。本末転倒な話ではあるが、ナオは学費や生活費を稼ぐために、日夜、アルバイトに明け暮れていた。

 最初は適当なコンビニから始まり、居酒屋も始め、時間がある時はレストランのウェイトレスとして働く。そうやって働き続け、月収は二〇万を超えた。が、生活に余裕は出なかった。

 ナオには浪費癖があったのだ。

 稼いだ金は学費や生活費に回さなければならない。そんなこと、わかっていた。だが、物欲には抗えなかった。

 シーズン毎に出る流行りものの服や、アクセサリ、バッグ等の小物類が目につくとどうしても欲しくなってしまう。

 札でパンパンだった財布も、気づけば財布もポイントカードとレシートで膨らんでいる。

 このままではダメだ。このままでは学校に通うことはおろか、アパートの家賃すら払えずに路頭を迷うことになる。

 そんなこと、あってはならなかった。

 ナオは何とかして金を稼がなければならなかった。そこでナオは考えた。

 水商売なら一夜で大金が稼げるかもしれない。

 それからは早かった。ナオは大学から遠い場所にあるキャバクラやスナック、ガールズバーを徹底的に探した。

 そこでナオは「牝嫐扠」という一風変わった名前のキャバクラの求人にエントリーした。連絡はすぐさま来、面接の日が決まった。

 面接当日、ナオは準備中の店内に入った。店内は豪奢な印象だが、営業前で完全にはライトアップされておらず、どこか薄暗い。ナオは店長の「村浜」と向き合った。

 村浜は精悍な顔つきをした中年男性で、指にはゴツイデザインの指輪をつけ、口回りには、不潔に感じられない程度のお洒落髭が蓄えられていた。皮膚は黒く、恐らくはサロンで皮膚を焼いているのではと思われた。

 開店前で、店内には業務外のホステスたちがアンニュイな素顔と出で立ちで店内を闊歩している。胡散臭げな視線をナオに向ける者もいれば、ナオのことを完全に無視する者もいた。

 面接はスムーズに進んだ。元来、ナオは容姿もいいほうで、高校の時に身につけたトークスキルも村浜に好印象を与えた。

 面接も終盤になると、村浜から「いつから働けるか?」と訊ねられ、ナオは即日大丈夫だと答えた。村浜は、そんなナオに今日から働いてくれといい渡した。

 業務用のドレスはかつて在籍していたキャストの残していったものを着ることとなった。

『牝嫐扠』では、新人のために使用しなくなったドレスを残しておく風習があった。引退して店にドレスを寄付する者もいたし、バックレていなくなった者のドレスもあった。ナオは後者のドレスをレンタルすることとなった。

 働き始めは戸惑うことが多かった。

 そもそも、客にお酒を注ぐ時の暗黙のルールなど誰も教えてくれないし、グラスをかち合わせる時は、相手のグラスよりも下に構えなければならないことや、グラスの水滴がコースターやテーブルを濡らさないよう気に掛けることなど知りもしなかった。

 初日を何とか終えると、村浜から業務内容についてあれこれ注意され、先輩キャストからは聴こえる声で嫌味をいわれた。

 ナオは自信を失い掛けていた。が、このままでは欲しいものを買うどころか、学校にも通えなくなり、挙げ句の果てには生活する家すら失うことになる。

『牝嫐扠』でバイトするために、余計なバイトは全部バックレたのだ、今さら戻ることなどできやしない。

 スマホの着信履歴には、バックレたバイト先から掛かってきた鬼のような電話が履歴として残っているが、今さら掛け直す気にもなれないし、何事もなかったように出勤するのも正直気まずい。

 ナオはもう少しだけ頑張ってみようと思った。もしダメなら、バックレて次のバイトを探せばいい。

 が、勤め始めて一ヶ月も経つと、少しずつ仕事にも慣れてきて、持ち前のトーク力からナオに好印象を抱く客も出始めていた。

「紗都乎さん入ります」

 黒服のインカムにキャストの指名が流れる。そこに現れたのは、あのナオだった。

 紗都乎ーー呼び名からいえば古風で田舎っぽさがあるが、ナオがその名前を源氏名にしたのにはちょっとした狙いがあった。

 源氏名に使う名前は基本的に派手できらびやかなものが多い。だが、そんな中で「サトコ」などという古風な名前があればイヤでも目につく。すると、どんな娘かとひと目でいいから見てみようという好奇心が働き、指名が入りやすくなるーーとそういうことだった。

 この狙いは見事的中した。ナオの指名は少しずつ増えていき、顧客も増え、アフターに誘われる機会も増えた。

 そんな中、ナオが『牝嫐扠』に勤め始めて二ヶ月が経った頃、あの男はやって来た。

 その男は、脂ぎった髪を六・四に撫で付け、顔と身体には贅肉が張り付いた清潔感の欠片もない見た目をしていた。スーツもよれているし、とてもじゃないが金を持っているようには見えなかった。

 ナオは「紗都乎」と名乗り、男の横に座った。男はーー

「ヒャ、ヒャジメマシュテ……ッ!」

 滑舌が悪すぎて何といったかわからなかったが、ナオは「はじめまして」といったのだろうと推測し、男に名前を訊ねた。

 男の名は「近藤武蔵」ーー避妊具みたいな名前とナオは吹き出しそうになったが、何とか平静を装い、武蔵の相手をした。

 確かに滑舌は絶望的で、緊張からか硬さがあったが、それ以外は何の問題もなかった。

 それに大手企業の会社員ともあって、随分と稼いでいる印象だった。

 その日はそれで終わったが、翌日から武蔵は毎日「牝嫐扠」を訪れてはナオを指名した。

「サチョコシャン、アヒュター、ドデシャカ?」

 武蔵が店に現れて一週間が経った頃、ナオは武蔵にそういわれた。

 相変わらず何をいっているのかわからなかったが、ナオはアフターに誘われているのだと何となく理解した。

 アフターとは、営業終わりのキャストを天外に連れ出すことをいう。当然、その分の支払いも生じるとはいえ、懇意にしている女性とデートができるのなら、それもいいかもしれない。

 ナオは、敢えてその申し出を断り、「もう一ヶ月来てくれたら」といった。

 正直、ナオは武蔵とのアフターにはいきたくなかった。それで、一ヶ月毎日来店してくれたらアフターにいくと無茶な要求をしたのだ。

 が、武蔵はそれから一ヶ月、毎日「牝嫐扠」に現れてはナオを指名した。

 ナオは武蔵の執念に心から恐怖した。

「ヤクショクドウォリアフターイコウニィエ」

 そう武蔵にいわれたナオは、顔を引き吊らせながらその申し出を了承した。

 店を出て嬉しそうにはしゃぐ武蔵をよそに、ナオのテンションは盛り下がっていた。

 清潔感がないだけでもイヤなのに、武蔵のねっとりしたような執着心がナオを不快にさせた。加えて、武蔵が時々見せる猟奇性や変態性が、ナオの本能に危機感を与え、武蔵との関係を長引かせてはいけないと察知させていた。

 アフターも終わりが近づき、ナオはどことなくホッとしていた。が、武蔵はその贅肉まみれの顔をクシャクシャにしていった。

「サチョコシャン、デワバゴオシエテ」

 電話番号教えて。ナオはそういわれていると確信した。教えたくない。しかし、断れば何をされるかわからない。

 結局ナオは、自分の名刺の裏に適当な携帯番号を書くと、香水を振り掛けて渡した。そして、武蔵から逃げるためにも『牝嫐扠』をバックレることを固く決意したのだーー

 長い。これも全部近藤武蔵のせいだな。避妊具みたいな名前しやがって。

 というワケで、続くわ。何でこんな話に何日も使わなきゃならんのだ。マジで頭おかしいわ。ま、仕方ないね。

 アスタラビスタ。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み