【いろは歌地獄旅~Aを告発す~】
文字数 2,411文字
Aが悪人なのは知っている。
ヤツがやっていることの悪辣さはいうまでもない。恐喝に傷害、窃盗。悪いことでやっていないのは殺人くらいだろう。
今日もヤツは学校の教室で公然と恐喝をやってのけた。隠れる必要などない。何故なら、Aの悪事を教師にチクるヤツはいないし、Aを説教できる教師もいないからだ。
Aのたちの悪いのは、Aが優等生であることだ。成績は常に上位。委員の仕事もこなし、行事は積極的に取り組む。だが、それが迷彩となって、同級生の多くをはじめ、教師たち一行もAが悪人だと疑うこともしない。それがAの上手いところだった。
Aが上手いのは、その恐喝の手口だ。
その手口というのは、あくまでそれが恐喝ではなく、『返済』や『弁済』という形を取らせている点だ。そう、Aは金に困っている不良たちに金を貸し、そこから取り立てを行うのだが、その際に必要な利子は三日で五割という明らかに法外なモノだった。
最初、不良たちはそれを踏み倒す形で金を借りる。当然、Aは返済の催促をするのだが、不良たちはそんなことお構いなしといった振る舞いをし、Aもそれに関して深く追及しようとはしない。
だが、問題はここからだ。
ある時、支払いを拒否した不良、そのグループのひとりが学校を休む。その理由は学校には届け出はない。そこでグループの人間が連絡をするも、返って来るのは、
「早く金を返したほうがいい」
ということだけだった。
これに驚いた不良グループは、放課後、人気のないトイレにAを呼び出し問い詰めたが、それが大きな間違いだった。
威勢のいい不良のひとりがAに詰め寄り胸ぐらを掴む。だが、瞬間にそのひとりは卒倒する。まるで建物が一瞬にして倒壊するよう。
倒れた不良は頭から血を流している。白目を剥き、泡を噴いている様はカニのよう。そして、側頭部には若干の凹みが見える。
不良たちはワケもわからずに立ち竦んでいる。が、それも目の前の光景を見て薄々ながらその現実を悟りだす。
Aの手にはトンカチが握られている。
そう、Aが不良のひとりの頭をトンカチで叩き割ったのだ。
不良たちは表情を引き吊らせてうしろじさる。互いが互いを盾にするようにして。
「そんなことして、いいと思ってるのか……」
不良のひとりがいう。ことばも姿勢も引いているのがよくわかる。Aは血が通っていないような青白い顔に、死んだような無表情でいう。
「そういうキミたちもそういうことしていいの?」
不良たちはことばを失い顔を見合わせる。
「は……?」
「借りたモノは返さなきゃダメじゃん」Aは平然といい放つ。
借りたモノは返す。それは当たり前のことだ。それが金銭であれば尚更のことだろう。
「か、返すよ! でも、今は……」
「今は、何?」
「今は、ないんだよ! だから返せない!」
「じゃあ、返せないんじゃん」
「だから! 返すつもりはあるけど、余裕がねえっていってるんだよ!」
「返すつもりはある。いつ?」
「わかんねぇよ! でも……」
「いつかわからない。ってことは返すつもりはあっても、それが十年後か百年後かもわからない、と。そういうこと?」
「そんなになるなんていってねぇだろ!」
「わかってる? 三日で五割ずつ利子が増えていくってことは、それだけたくさんのお金を返さなきゃならないってことだよ?」
「ばっ……、わかってるよ……」
「ばっ、て何? バカにするなってこと? でも、現にお金返せてないじゃん。どうすんの?」まるで蛇が獲物に巻きつくような詰問。
不良たちはAから視線を逸らす。
「……払うよ」
「いつ?」
「だから、いつかっていって……!」
「何いってんの? これ以上利子が嵩んだら払えないでしょ? そしたら、何とかそれに見合ったことは出来るのっていってんだけど」
Aは不良たちに近づくーー血で汚れたカナヅチを片手に。不良たちは近づいてくるAを見てじりじりと後退する。
「どうすんの?」
「こんなことして、ただで済むと思うなよ」
「何いってんの? キミたちみたいな不良のいうことなんか、誰が信用すんの? 人はね、みんなマジメで実績のある人間のことを信用するんだよ。道から外れ、適当なことばかりやってるキミたちと、成績もよく、委員の仕事もしっかりこなす優等生のおれ。人はどっちのことばを信用すると思う?」
その答えはいわずともわかっていた。そして、不良たちも、その答えを沈黙で回答する。沈黙。その意味はいわずもがな。
「……どうする? 返せないなら、その時はその時で対策考えるけど」
「……わかったよ! 三日以内に絶対返す! もし出来なかったら、お前の下で何でもする!」
「わかった。でも、おれの下につくのはやめて貰えるかな。バカなパシりが増えると、危険もそれだけ増えるんだ。冗談は頭と顔だけにして」
「何だと!?」
不良のひとりが突っ掛かろうとするも、別のひとりが手でそれを制してAのことばに同意する。Aの手で赤黒く染まったカナヅチが鈍く光っている。
それから、学内外を問わず、カツアゲが横行した。Aに金を返すために、多くの不良たちが金策に走ったからだった。
結局、学内の治安は乱れ、学外での補導者が激増した。だが、Aに危害は及ばない。Aはロッキングチェアに深く腰掛けて悦に入るばかり。そう、それこそが現実。
Aを許してはいけない。
こんな悪どいことをやっている人間がのさばる世の中であってはいけない。ぼくは絶対にAに正義の鉄槌が加わると信じている。でなきゃ、この世はウソだからーー
とでもいうと思ったか?
そんなことは絶対にあり得ない。何故って?その答えは簡単だ。
だって、ぼくこそがAなのだから。
所詮、違法も通ってしまえば法の範疇でしかなく、悪事も明るみにならなければ、平穏でしかないということだ。
誰も告発しないのなら、おれこそが正義だ。
ヤツがやっていることの悪辣さはいうまでもない。恐喝に傷害、窃盗。悪いことでやっていないのは殺人くらいだろう。
今日もヤツは学校の教室で公然と恐喝をやってのけた。隠れる必要などない。何故なら、Aの悪事を教師にチクるヤツはいないし、Aを説教できる教師もいないからだ。
Aのたちの悪いのは、Aが優等生であることだ。成績は常に上位。委員の仕事もこなし、行事は積極的に取り組む。だが、それが迷彩となって、同級生の多くをはじめ、教師たち一行もAが悪人だと疑うこともしない。それがAの上手いところだった。
Aが上手いのは、その恐喝の手口だ。
その手口というのは、あくまでそれが恐喝ではなく、『返済』や『弁済』という形を取らせている点だ。そう、Aは金に困っている不良たちに金を貸し、そこから取り立てを行うのだが、その際に必要な利子は三日で五割という明らかに法外なモノだった。
最初、不良たちはそれを踏み倒す形で金を借りる。当然、Aは返済の催促をするのだが、不良たちはそんなことお構いなしといった振る舞いをし、Aもそれに関して深く追及しようとはしない。
だが、問題はここからだ。
ある時、支払いを拒否した不良、そのグループのひとりが学校を休む。その理由は学校には届け出はない。そこでグループの人間が連絡をするも、返って来るのは、
「早く金を返したほうがいい」
ということだけだった。
これに驚いた不良グループは、放課後、人気のないトイレにAを呼び出し問い詰めたが、それが大きな間違いだった。
威勢のいい不良のひとりがAに詰め寄り胸ぐらを掴む。だが、瞬間にそのひとりは卒倒する。まるで建物が一瞬にして倒壊するよう。
倒れた不良は頭から血を流している。白目を剥き、泡を噴いている様はカニのよう。そして、側頭部には若干の凹みが見える。
不良たちはワケもわからずに立ち竦んでいる。が、それも目の前の光景を見て薄々ながらその現実を悟りだす。
Aの手にはトンカチが握られている。
そう、Aが不良のひとりの頭をトンカチで叩き割ったのだ。
不良たちは表情を引き吊らせてうしろじさる。互いが互いを盾にするようにして。
「そんなことして、いいと思ってるのか……」
不良のひとりがいう。ことばも姿勢も引いているのがよくわかる。Aは血が通っていないような青白い顔に、死んだような無表情でいう。
「そういうキミたちもそういうことしていいの?」
不良たちはことばを失い顔を見合わせる。
「は……?」
「借りたモノは返さなきゃダメじゃん」Aは平然といい放つ。
借りたモノは返す。それは当たり前のことだ。それが金銭であれば尚更のことだろう。
「か、返すよ! でも、今は……」
「今は、何?」
「今は、ないんだよ! だから返せない!」
「じゃあ、返せないんじゃん」
「だから! 返すつもりはあるけど、余裕がねえっていってるんだよ!」
「返すつもりはある。いつ?」
「わかんねぇよ! でも……」
「いつかわからない。ってことは返すつもりはあっても、それが十年後か百年後かもわからない、と。そういうこと?」
「そんなになるなんていってねぇだろ!」
「わかってる? 三日で五割ずつ利子が増えていくってことは、それだけたくさんのお金を返さなきゃならないってことだよ?」
「ばっ……、わかってるよ……」
「ばっ、て何? バカにするなってこと? でも、現にお金返せてないじゃん。どうすんの?」まるで蛇が獲物に巻きつくような詰問。
不良たちはAから視線を逸らす。
「……払うよ」
「いつ?」
「だから、いつかっていって……!」
「何いってんの? これ以上利子が嵩んだら払えないでしょ? そしたら、何とかそれに見合ったことは出来るのっていってんだけど」
Aは不良たちに近づくーー血で汚れたカナヅチを片手に。不良たちは近づいてくるAを見てじりじりと後退する。
「どうすんの?」
「こんなことして、ただで済むと思うなよ」
「何いってんの? キミたちみたいな不良のいうことなんか、誰が信用すんの? 人はね、みんなマジメで実績のある人間のことを信用するんだよ。道から外れ、適当なことばかりやってるキミたちと、成績もよく、委員の仕事もしっかりこなす優等生のおれ。人はどっちのことばを信用すると思う?」
その答えはいわずともわかっていた。そして、不良たちも、その答えを沈黙で回答する。沈黙。その意味はいわずもがな。
「……どうする? 返せないなら、その時はその時で対策考えるけど」
「……わかったよ! 三日以内に絶対返す! もし出来なかったら、お前の下で何でもする!」
「わかった。でも、おれの下につくのはやめて貰えるかな。バカなパシりが増えると、危険もそれだけ増えるんだ。冗談は頭と顔だけにして」
「何だと!?」
不良のひとりが突っ掛かろうとするも、別のひとりが手でそれを制してAのことばに同意する。Aの手で赤黒く染まったカナヅチが鈍く光っている。
それから、学内外を問わず、カツアゲが横行した。Aに金を返すために、多くの不良たちが金策に走ったからだった。
結局、学内の治安は乱れ、学外での補導者が激増した。だが、Aに危害は及ばない。Aはロッキングチェアに深く腰掛けて悦に入るばかり。そう、それこそが現実。
Aを許してはいけない。
こんな悪どいことをやっている人間がのさばる世の中であってはいけない。ぼくは絶対にAに正義の鉄槌が加わると信じている。でなきゃ、この世はウソだからーー
とでもいうと思ったか?
そんなことは絶対にあり得ない。何故って?その答えは簡単だ。
だって、ぼくこそがAなのだから。
所詮、違法も通ってしまえば法の範疇でしかなく、悪事も明るみにならなければ、平穏でしかないということだ。
誰も告発しないのなら、おれこそが正義だ。