【マキャベリスト~悪夢~】
文字数 2,631文字
やはり、アパートの一室には死体が転がっていた。被害者の名前は助部郷人。年齢は四十代後半。身分証によると住所はこことは違う都内ということだけはわかった。
目立った外傷はないが、両方の肩甲骨の上に小さな穴があることを考えると、両肺破裂による呼吸困難ではないかと思われた。
弓永は佐野と共に助部の部屋を改めた。やはり、モノは殆どない。まるで、すべてを投げ出して、ここまで逃げて来たかのようだった。これといった家具もなければ、衣服も数着しかない。テレビなんてもっての他だった。
では、あのテレビの音は何だったのか。
結論からいえば、アレはラジオの音だった。コンビニで買ったであろう安価なラジオ。これが流れっぱなしになっていた。掛かっていたのはAMのニュース番組だった。果たして助部は本当にニュース番組を聴いていたのだろうか。
それにーー
弓永は助部の顔をどこかで見たことがあるようだった。助部の顔を見た時、眉間にシワを寄せ、んん?と唸り、首を傾げていた。佐野はそんな弓永を怪訝そうに眺めていたが、すぐに部屋を改めるほうに意識を集中させ始めた。
結局、部屋からは何も出てこなかった。これだけガランとした部屋なのだ。盗むモノなどなかったのだろう。或いは、盗んだモノが持ち運び出来る程度の大きさだったかだが。
弓永と佐野は現場の写真を何枚か携帯電話に収め、その場を後にした。
弓永は佐野の運転する車の助手席で助部のデスマスクの写真を虚無的に眺めていた。
「もしかして、ネクロフィリアにでも興味あんの?」佐野がいった。
「いや、この顔、どこかで見たことがある気がしてな。それに、この名前もーー」
「どこにでもいそうな顔だからね」
「いや、つい最近、この顔を見た気がしてな。でも、それがどこなのか、どうも思い出せない」弓永は写真が焼け焦げる程にじっくりと凝視した。「なぁ、どうしてあそこを訪ねたんだ? 何か目的があるはずだろ?」
「気になる?」佐野は勿体ぶった。
「当たり前だろ。勝手におれを利用して協力させてんだ、そろそろ種明かししろよ」
「してもいいけど、それが真実だとどうしてわかるの?」
弓永は一瞬沈黙したかと思うと、老獪な悪魔のような不敵な笑みを見せた。
「それもそうだ。でもな、だったらおれがお前にこれまで本当のことを語って来たとも限らない。どこかでギアがズレること。それこそが破滅へのカウントダウンの始まりなんだからな」
「また大層なこといって。わかったよ」そういって佐野は、説明を始めた。
助部郷人は元々はヤーヌス・コーポレーションとはまったく関係のない男だった。二年前に彼の甥っ子がヤーヌスへと入社するまでは。
しかし、そんな彼の甥っ子も、ヤーヌスに入社後少しして、自ら命を絶ってしまった。その甥っ子の父親ーーすなわち郷人の兄に当たる人物はひとり息子が幼い頃に病死しており、息子の死の後に母親もまもなくして精神を病み、自ら命を絶ってしまった。
助部はそんな甥っ子たちの葬儀の後、遺留品の一部を受け取った。というのも、その甥っ子から助部宛に残されたモノがあったのだ。
それはヤーヌス及びヤーヌスと関係のある企業の秘密を書き記した資料と、証拠となる音声、データだった。当然、そこには佐野の情報も含まれていた。とはいえ、二年間も情報が明るみにならなかったのは、助部が暗に調査を進めており、ここに来て助部が二年前の情報をネタに関係各位をゆすろうとしたのからだった。
ここでひとつ疑問が浮かぶ。それは何故、その甥っ子が助部宛にメッセージを残したか。それは助部が裏社会に詳しいジャーナリストだったからだった。
ヤーヌスや周辺に関する情報を握っている助部が生きていては何かと不自由だった佐野は、高額な報酬をエサに、ネットワーク上で業務内容を伏せてアルバイトを一名募った。その業務内容は「依頼代行」だった。
その内容は、助部との関係を偽って、雲隠れした助部の居場所を突き止めるために、調査機関に佐野の代わりに調査依頼を出すというモノだった。そして、その依頼をされた相手が、
探偵、武井愛だった。
依頼後、武井はすぐさま助部の居場所を突き止めた。弓永はそれを聴いてーー
「なるほどな。あの男の顔を見たことがあるはずだ」
そう、弓永は助部の顔を見たことがあった。というのも、助部の顔は、武井のパソコンのデータに残っていた、他県にて女とふたりで暮らしていた男のことなのだから。
佐野としては、彼を殺害するつもりだった。が、彼女よりも前に動き出したモノがいた。
彼らは助部を追い詰め殺害しようとした。が、助部は間一髪のところで危険を退き、どこかへ消えてしまった。
佐野としても、助部の持っていたデータを何としてでも亡きものにしなければならない。同時に、データの一部が他者に渡るのも防ぎたかった。そこで佐野は、当時ヤーヌスと関わりのあった企業や人物を洗うことにした。
その中のひとつが日谷塾だった。
が、日谷塾は炎上、内部は焼け、データベースもすべて燃えてしまった。実際に日谷塾にて不正が行われていたかはわからないが、仮にそうだとしても今ではその証拠も灰の中。
「てことは、おれを襲ったヤツラは助部に秘密を握られていたヤツラのひとりで、おれはそれをほじくり返そうとしている邪魔者のひとりとして狙われた、とそんなところか」
弓永がそういうと、佐野は頷いた。
「恐らく、ね」
「何が恐らくだ。ここまでわかってるなら、その相手だってわかっているはずだ」
「ふふ」佐野はスズメバチを誘き寄せようとするウツボカズラのように笑った。「その通り。だから、今から付き合って貰うよ」
「付き合って貰うって、始めからそうやっておれを利用するつもりだったんだろ。このマキャベリスト」
「ふふ、そのことば、そっくり返させて貰うよ、マキャベリストさん」
「気取りやがって。それより、助部に同居人はいなかったのか?」
「わかって聴いてるでしょ? いたよ、ひとり。女がね。でも、多分、襲撃された時に殺されたんじゃないかな?」
「だったら、どうしてヤツラの本拠地である東京に戻ってきた?」
「知ってた? 灯台の下は暗くてよく見えないの。オマケにそれが県境に近い寂れた場所ともなれば、中々注意は向かないよ。そんなことより、アナタにはちゃんと仕事してもらうからね。殺し屋の証拠隠滅みたいに、ね」
夜の闇が丸い月を飲み込もうとしていた。
【続く】
目立った外傷はないが、両方の肩甲骨の上に小さな穴があることを考えると、両肺破裂による呼吸困難ではないかと思われた。
弓永は佐野と共に助部の部屋を改めた。やはり、モノは殆どない。まるで、すべてを投げ出して、ここまで逃げて来たかのようだった。これといった家具もなければ、衣服も数着しかない。テレビなんてもっての他だった。
では、あのテレビの音は何だったのか。
結論からいえば、アレはラジオの音だった。コンビニで買ったであろう安価なラジオ。これが流れっぱなしになっていた。掛かっていたのはAMのニュース番組だった。果たして助部は本当にニュース番組を聴いていたのだろうか。
それにーー
弓永は助部の顔をどこかで見たことがあるようだった。助部の顔を見た時、眉間にシワを寄せ、んん?と唸り、首を傾げていた。佐野はそんな弓永を怪訝そうに眺めていたが、すぐに部屋を改めるほうに意識を集中させ始めた。
結局、部屋からは何も出てこなかった。これだけガランとした部屋なのだ。盗むモノなどなかったのだろう。或いは、盗んだモノが持ち運び出来る程度の大きさだったかだが。
弓永と佐野は現場の写真を何枚か携帯電話に収め、その場を後にした。
弓永は佐野の運転する車の助手席で助部のデスマスクの写真を虚無的に眺めていた。
「もしかして、ネクロフィリアにでも興味あんの?」佐野がいった。
「いや、この顔、どこかで見たことがある気がしてな。それに、この名前もーー」
「どこにでもいそうな顔だからね」
「いや、つい最近、この顔を見た気がしてな。でも、それがどこなのか、どうも思い出せない」弓永は写真が焼け焦げる程にじっくりと凝視した。「なぁ、どうしてあそこを訪ねたんだ? 何か目的があるはずだろ?」
「気になる?」佐野は勿体ぶった。
「当たり前だろ。勝手におれを利用して協力させてんだ、そろそろ種明かししろよ」
「してもいいけど、それが真実だとどうしてわかるの?」
弓永は一瞬沈黙したかと思うと、老獪な悪魔のような不敵な笑みを見せた。
「それもそうだ。でもな、だったらおれがお前にこれまで本当のことを語って来たとも限らない。どこかでギアがズレること。それこそが破滅へのカウントダウンの始まりなんだからな」
「また大層なこといって。わかったよ」そういって佐野は、説明を始めた。
助部郷人は元々はヤーヌス・コーポレーションとはまったく関係のない男だった。二年前に彼の甥っ子がヤーヌスへと入社するまでは。
しかし、そんな彼の甥っ子も、ヤーヌスに入社後少しして、自ら命を絶ってしまった。その甥っ子の父親ーーすなわち郷人の兄に当たる人物はひとり息子が幼い頃に病死しており、息子の死の後に母親もまもなくして精神を病み、自ら命を絶ってしまった。
助部はそんな甥っ子たちの葬儀の後、遺留品の一部を受け取った。というのも、その甥っ子から助部宛に残されたモノがあったのだ。
それはヤーヌス及びヤーヌスと関係のある企業の秘密を書き記した資料と、証拠となる音声、データだった。当然、そこには佐野の情報も含まれていた。とはいえ、二年間も情報が明るみにならなかったのは、助部が暗に調査を進めており、ここに来て助部が二年前の情報をネタに関係各位をゆすろうとしたのからだった。
ここでひとつ疑問が浮かぶ。それは何故、その甥っ子が助部宛にメッセージを残したか。それは助部が裏社会に詳しいジャーナリストだったからだった。
ヤーヌスや周辺に関する情報を握っている助部が生きていては何かと不自由だった佐野は、高額な報酬をエサに、ネットワーク上で業務内容を伏せてアルバイトを一名募った。その業務内容は「依頼代行」だった。
その内容は、助部との関係を偽って、雲隠れした助部の居場所を突き止めるために、調査機関に佐野の代わりに調査依頼を出すというモノだった。そして、その依頼をされた相手が、
探偵、武井愛だった。
依頼後、武井はすぐさま助部の居場所を突き止めた。弓永はそれを聴いてーー
「なるほどな。あの男の顔を見たことがあるはずだ」
そう、弓永は助部の顔を見たことがあった。というのも、助部の顔は、武井のパソコンのデータに残っていた、他県にて女とふたりで暮らしていた男のことなのだから。
佐野としては、彼を殺害するつもりだった。が、彼女よりも前に動き出したモノがいた。
彼らは助部を追い詰め殺害しようとした。が、助部は間一髪のところで危険を退き、どこかへ消えてしまった。
佐野としても、助部の持っていたデータを何としてでも亡きものにしなければならない。同時に、データの一部が他者に渡るのも防ぎたかった。そこで佐野は、当時ヤーヌスと関わりのあった企業や人物を洗うことにした。
その中のひとつが日谷塾だった。
が、日谷塾は炎上、内部は焼け、データベースもすべて燃えてしまった。実際に日谷塾にて不正が行われていたかはわからないが、仮にそうだとしても今ではその証拠も灰の中。
「てことは、おれを襲ったヤツラは助部に秘密を握られていたヤツラのひとりで、おれはそれをほじくり返そうとしている邪魔者のひとりとして狙われた、とそんなところか」
弓永がそういうと、佐野は頷いた。
「恐らく、ね」
「何が恐らくだ。ここまでわかってるなら、その相手だってわかっているはずだ」
「ふふ」佐野はスズメバチを誘き寄せようとするウツボカズラのように笑った。「その通り。だから、今から付き合って貰うよ」
「付き合って貰うって、始めからそうやっておれを利用するつもりだったんだろ。このマキャベリスト」
「ふふ、そのことば、そっくり返させて貰うよ、マキャベリストさん」
「気取りやがって。それより、助部に同居人はいなかったのか?」
「わかって聴いてるでしょ? いたよ、ひとり。女がね。でも、多分、襲撃された時に殺されたんじゃないかな?」
「だったら、どうしてヤツラの本拠地である東京に戻ってきた?」
「知ってた? 灯台の下は暗くてよく見えないの。オマケにそれが県境に近い寂れた場所ともなれば、中々注意は向かないよ。そんなことより、アナタにはちゃんと仕事してもらうからね。殺し屋の証拠隠滅みたいに、ね」
夜の闇が丸い月を飲み込もうとしていた。
【続く】