【明日、白夜になる前に~睦拾四~】
文字数 2,244文字
ゲームの攻略には地道な努力が必要だ。
ちゃんとクリアしようとしたら、これはもう出来ていないところを地道に埋めていくしかない。空白の部分を塗り潰していく。だが、これはゲームに限らず、何かを完遂しようとした場合は必ずやらなければならなくなる。
今のぼくもそうだった。
取り敢えず、たまきという選択肢はひとつ消した。では、次にやることは簡単。何としても里村さんにコンタクトを取ることだった。
しかし、前のデートから少しではあるが時間を開けてしまったことで、同時に不安もあった。もしかしたら、彼女はもう……、などという最悪の結果を考えてしまう。ぼくはそんな悪い考えを何としても追い出さなければならなかった。だが、危機意識の高い人間ほど、無意識に最悪の結末を想定しがちだ。ぼくも過去の経験からいってそうしがちな人間だった。
だが、殺すならすでに殺しているはずだ。殺したならば、その亡骸をいつまでも保有はしてないはずだ。ということは必ず亡骸が表に出、ニュースや何かしらのマスコミにその情報が出回るはずだ。意識はそこらをシャットアウトしたかったが、ぼくはそこら辺にも注意を配った。今のところは何の情報もない。
まだ大丈夫、そう信じてぼくは行動した。
ぼくに出来ること、それは里村さん宛にメッセージを送り続けることだけだった。
彼女からの返信は相も変わらず不信感に満ちていた。彼女はこんな話し方はしないだろう。そんな感じ。あんな疲れきった感じの人間が送りはしないだろうといった、やたらとキャピキャピしたノリの文体は、頭の中の彼女のシルエットとは全然合わさらなかった。
とある日の昼休みも、ぼくは彼女のフリをした何者かとメッセージをしていた。と、そこにゴトッという音が響く。
宗方さんだった。
宗方さんがぼくのデスクにコーヒーを置いた。彼女に礼をいうと、彼女はいう。
「順調、ですか……?」
彼女のことばは何処か不安に満ちている。それは里村さんの身を案じてはいるのだろうが、同時にぼくの意識が遠い彼方へ行ってしまうのではないかという恐怖も表れているようだった。ぼくは曖昧な態度で、「ん……、まぁ……」と返す。だが、そんなのはすぐに見破られ、
「あまり、良くはないんですね……」
お盆を胸に抱えた彼女が不安そうにぼくのことを見下ろす。そんな弱々しい彼女の姿に、ぼくは図らずも別のことを考えてしまう。
「う、うん……」
ぼくは何かを振り切るようにして彼女から視線を外す。ふとサブリミナルで何かのイメージが浮かんだようではあったが、ぼくはそれを見ないように、見ていないように振る舞おうとした。こんな時に不謹慎だ。自分でもそう思わざるを得なかった。だが、欲望は何処までも正直だった。ぼくはため息をついた。
「宗方さん……」
「ん?」首を傾げる宗方さん。「どうした?」
ぼくと彼女はもはやただの先輩と後輩ではなくなっていた。それは彼女の口振りから何となくわかる。これまでは堅苦しい敬語でのやりとりだったのに、今では彼女はまるで自分を開放するようにちょっとしたプライベートな仕草とタメ口でぼくに接している。
公私混同を避けることが社会における暗黙のルールであるのはいうまでもないが、その均衡が崩れた時、何かは発展する。ぼくのこころはジットリと汗を掻いていた。
「あの、さ……」
ぼくはツバをごくりと飲み込んだ。彼女はまるで何もかもを受け入れんとするような朗らかな笑みを浮かべている。そこにはぼくが何をいうか、その答えを待ちわびているといった様子があり、その態度がぼくを余計に焦らせる。
「今夜、ちょっといいかな。話があって……」
「えー、どうしようかなぁ……」
彼女はまるでイタズラするように答えを焦らす。ぼくはそこに敢えて突っ込まなかった。突っ込めば、理性は吹き飛びそうだった。それ以上追及しないところを見て取ってか、彼女はそれ以上には何も追及はしてこない。
「いいですよ」
彼女の答えは不思議とあっさりとしているようだった。まるで、釣れなさそうな魚を糸を切って強制的にリリースしてしまうような、そんなあっさりとした感じだった。
ぼくは彼女にコーヒーのお礼と共に、また後で連絡するという。彼女はわかりましたといってそのまま去っていく。
ぼくは大きくため息をつき、再びスマホを眺める。里村さんからのメッセージ。
「えぇー! また会ってくれるのぉ!? 嬉しいッ!」
大袈裟な喜び方。彼女なら死んでもこんな馬鹿げたメッセージは送らないだろう。……いや、どうしてぼくにそんなことがいえるのか。女性というのは、相手に応じて態度をガラリと変える生き物だ。それが恋人や好きな相手なら特にそうで……。いや、それではまるで彼女がぼくを好きみたいに写ってしまう。
だが、そんなことは考えないほうがいい。私情は目を曇らす。今ぼくがフォーカスすべきは、そこにあるピースから真実を導き出すことだけだ。だが、そこには苦痛がある。
と、再びスマホが振動する。
メッセージを確認するとその主は、中西さんだった。中西さんはここ最近ずっとメッセージをくれる。全然会えてはいないし、話題もこれといって噛み合わないが、メッセージを送り合うことに抵抗はなかった。むしろ、憔悴した気分を紛らわすにはちょうど良かった。
「今昼休みですか? お仕事お疲れさまです。こちらは昼休みでごはんを食べながらノンビリしています」
何とも緊張感のないメッセージだった。
【続く】
ちゃんとクリアしようとしたら、これはもう出来ていないところを地道に埋めていくしかない。空白の部分を塗り潰していく。だが、これはゲームに限らず、何かを完遂しようとした場合は必ずやらなければならなくなる。
今のぼくもそうだった。
取り敢えず、たまきという選択肢はひとつ消した。では、次にやることは簡単。何としても里村さんにコンタクトを取ることだった。
しかし、前のデートから少しではあるが時間を開けてしまったことで、同時に不安もあった。もしかしたら、彼女はもう……、などという最悪の結果を考えてしまう。ぼくはそんな悪い考えを何としても追い出さなければならなかった。だが、危機意識の高い人間ほど、無意識に最悪の結末を想定しがちだ。ぼくも過去の経験からいってそうしがちな人間だった。
だが、殺すならすでに殺しているはずだ。殺したならば、その亡骸をいつまでも保有はしてないはずだ。ということは必ず亡骸が表に出、ニュースや何かしらのマスコミにその情報が出回るはずだ。意識はそこらをシャットアウトしたかったが、ぼくはそこら辺にも注意を配った。今のところは何の情報もない。
まだ大丈夫、そう信じてぼくは行動した。
ぼくに出来ること、それは里村さん宛にメッセージを送り続けることだけだった。
彼女からの返信は相も変わらず不信感に満ちていた。彼女はこんな話し方はしないだろう。そんな感じ。あんな疲れきった感じの人間が送りはしないだろうといった、やたらとキャピキャピしたノリの文体は、頭の中の彼女のシルエットとは全然合わさらなかった。
とある日の昼休みも、ぼくは彼女のフリをした何者かとメッセージをしていた。と、そこにゴトッという音が響く。
宗方さんだった。
宗方さんがぼくのデスクにコーヒーを置いた。彼女に礼をいうと、彼女はいう。
「順調、ですか……?」
彼女のことばは何処か不安に満ちている。それは里村さんの身を案じてはいるのだろうが、同時にぼくの意識が遠い彼方へ行ってしまうのではないかという恐怖も表れているようだった。ぼくは曖昧な態度で、「ん……、まぁ……」と返す。だが、そんなのはすぐに見破られ、
「あまり、良くはないんですね……」
お盆を胸に抱えた彼女が不安そうにぼくのことを見下ろす。そんな弱々しい彼女の姿に、ぼくは図らずも別のことを考えてしまう。
「う、うん……」
ぼくは何かを振り切るようにして彼女から視線を外す。ふとサブリミナルで何かのイメージが浮かんだようではあったが、ぼくはそれを見ないように、見ていないように振る舞おうとした。こんな時に不謹慎だ。自分でもそう思わざるを得なかった。だが、欲望は何処までも正直だった。ぼくはため息をついた。
「宗方さん……」
「ん?」首を傾げる宗方さん。「どうした?」
ぼくと彼女はもはやただの先輩と後輩ではなくなっていた。それは彼女の口振りから何となくわかる。これまでは堅苦しい敬語でのやりとりだったのに、今では彼女はまるで自分を開放するようにちょっとしたプライベートな仕草とタメ口でぼくに接している。
公私混同を避けることが社会における暗黙のルールであるのはいうまでもないが、その均衡が崩れた時、何かは発展する。ぼくのこころはジットリと汗を掻いていた。
「あの、さ……」
ぼくはツバをごくりと飲み込んだ。彼女はまるで何もかもを受け入れんとするような朗らかな笑みを浮かべている。そこにはぼくが何をいうか、その答えを待ちわびているといった様子があり、その態度がぼくを余計に焦らせる。
「今夜、ちょっといいかな。話があって……」
「えー、どうしようかなぁ……」
彼女はまるでイタズラするように答えを焦らす。ぼくはそこに敢えて突っ込まなかった。突っ込めば、理性は吹き飛びそうだった。それ以上追及しないところを見て取ってか、彼女はそれ以上には何も追及はしてこない。
「いいですよ」
彼女の答えは不思議とあっさりとしているようだった。まるで、釣れなさそうな魚を糸を切って強制的にリリースしてしまうような、そんなあっさりとした感じだった。
ぼくは彼女にコーヒーのお礼と共に、また後で連絡するという。彼女はわかりましたといってそのまま去っていく。
ぼくは大きくため息をつき、再びスマホを眺める。里村さんからのメッセージ。
「えぇー! また会ってくれるのぉ!? 嬉しいッ!」
大袈裟な喜び方。彼女なら死んでもこんな馬鹿げたメッセージは送らないだろう。……いや、どうしてぼくにそんなことがいえるのか。女性というのは、相手に応じて態度をガラリと変える生き物だ。それが恋人や好きな相手なら特にそうで……。いや、それではまるで彼女がぼくを好きみたいに写ってしまう。
だが、そんなことは考えないほうがいい。私情は目を曇らす。今ぼくがフォーカスすべきは、そこにあるピースから真実を導き出すことだけだ。だが、そこには苦痛がある。
と、再びスマホが振動する。
メッセージを確認するとその主は、中西さんだった。中西さんはここ最近ずっとメッセージをくれる。全然会えてはいないし、話題もこれといって噛み合わないが、メッセージを送り合うことに抵抗はなかった。むしろ、憔悴した気分を紛らわすにはちょうど良かった。
「今昼休みですか? お仕事お疲れさまです。こちらは昼休みでごはんを食べながらノンビリしています」
何とも緊張感のないメッセージだった。
【続く】