【兄よ、永遠に幸せに】
文字数 2,667文字
親戚との関係性は如何だろうか。
親戚付き合いというのは複雑である。仲良くやれていることもあれば、絶縁レベルで仲が悪いことも普通にあるーーいや、むしろ微妙な関係のほうが多いのではないだろうか。
というのも、そのような話を周りの人からよく聴くのだ。親戚の中で自分たちの家族だけがアウトサイダー的に微妙な立ち位置で、他との関係が上手くいっていなかったり、遺産の相続で揉めに揉めたりと、その形は多種多様ーーつまり、微妙な関係も多種多様って感じなのだ。
ただ、そういう関係も元はといえば、そんなこともなかったなんてことも普通にあると思うのだ。
いってしまえば、親戚なんてそうコンスタントに会うもんでもない。コンスタントに会わないからこそどうなっているかもわからないワケだけど、もしかしたら、そういった距離の遠さが、昔どんなに仲が良かったとしても、互いの関係性まで遠い遠い地の果てまで追いやってしまうのかもしれない。何とも悲しい話だ。
さて、かくいうおれはというと、親戚の中じゃ鼻摘み者レベルの存在でしかないのだけど、不思議と親戚と仲が悪いということはない。
というか、父方の親戚とは殆ど面識がなく、好きとか嫌い以前の話ではある。
まぁ、法事の時に大慌てで礼服に着替えて、走って集合場所に行ったら、ベルトがベロンと垂れていて直されつつ笑われたとかいう情けない話を思い出すと、そんなに悪い関係でもないのかもしれないーーもはや同じ大人とは思えないレベルの恥晒しだよな。
まぁ、どういうワケか父方の親戚は兄弟が多く、更にどういうワケか、その子供の数はそんなに多くない。精々ひと夫婦につき子供がひとり、ふたりレベルなのだ。
逆に母方の親戚のほうはそうでもない。だからかわからないけど、仲は悪くはないーーというか、むしろ関係は幸い良好といった感じだ。
さて、何故そんな話をするかというと、
いとこの兄貴に子供が出来たと聴いたからだ。
これには驚きだった。確かにウイルス騒動があってからというモノ、まったく会っていなかったとはいえ、いつの間にかそんな感じになっているとは思ってもなかった。この悪いことに道溢れたご時世に、いい話である。
さて、今日は具体的なエピソードは特になく、このいとこについて書いて行こうかと思う。当然、オチとかもないーーいつもないけど。じゃ、やってくわーー
としおくんーーそれがいとこの名前だ。年齢はおれの五つ上。としおくんと初めて会ったのは、小学一年生の時だったと思う。
当時、家庭の事情でカナダに住んでいたとしおくんが、やはり家庭の事情で日本に帰って来、その帰国の挨拶ということでうちの実家のほうに来たのがことの始まりだった。
当時のとしおくんの印象としては、「お兄さん」という感じだろうか。
上ふたりが死んだ関係でひとりっ子のおれは、そんな年上のお兄さんにちょっとした憧れを抱いていた。やはり子供の頃は少しでも大人に近づきたいという思いが強かったのだろう。
そんな事情もあって、おれはとしおくんに一気になついてしまったのだけど、としおくんもとしおくんでおれにはよくしてくれた。多分、互いにひとりっ子というのが大きかったのだと思う。
としおくんはマリオがとても上手かった。彼はセガ党で、どちらかといえばソニック派だったのだけど、当時おれが全然クリアできなかったマリオ3を軽々と攻略していく様を、おれは羨望のまなざしで見ていた。
ゲーム以外でいえば、互いに『志村けんのバカ殿様』が好きで、としおくんがうちに泊まりに来た時は、互いにバカみたいに笑ったモンだった。おれととしおくんは笑いのツボも近いものがあったらしく、それ以外でも色んな場面で笑いを共有することが多かった。
としおくんは運動も得意だった。外で遊んでも元々カナダでホッケーをやっていたこともあってか、何をやっても機敏俊敏にこなしてしまう。そんなとしおくんは、おれの憧れだった。
だが、楽しい時間はそう長くは続かなかった。
としおくんは中学に上がってからは部活が忙しくなったこともあって、殆どうちに来ることはなくなってしまった。
それから更に時間も進み、おれが中学になった頃には、としおくんも高校生になっていた。聴いた話では、何でも陸上でいい記録を出したとのことだった。
だが、話に聴くだけで本人と会うことはそうそうない。会ったとしても、この年代の微妙な年齢差というのはデリケートなモノで、おれもまともに口を利けなくなり、としおくんもそこまで進んで話をすることもなくなっていた。
それから何年もし、おれが大学を出た少し後のことである。当時のおれはパニックの影響もあって、実家にて半引きこもり生活を送っていた。
そんなある日、としおくんと再会したのだ。
「お、竜ちゃん!」としおくんは明るく朗らかにいった。「久しぶりだね。元気かな?」
としおくんはどことなく嬉しそうだった。まぁ、としおくんが中学に上がってからというモノ、まともに話をしてこなかったのだから、それもそうだと思う。
とはいえ、当時のおれはパニックで塞ぎこみ、まともなコミュニケーションの取れるような感じではなかった。にも関わらず、としおくんはそんなこと関係なしといった感じで何の垣根もなく話し掛けてくれた。塞ぎこんでいたおれとしては、本当に嬉しかった。
それから、久しぶりにとしおくんと話をしたのだけど、話によると、としおくんは高校卒業後、整骨師として勤めているとのことだった。
おれの詳しい事情は、特に聴いて来なかった。多分、としおくんもとしおくんで気を使っていたのだと思う。しかし、お陰で久しぶりの再会は非常に楽しい時間に終わった。
それからというモノ、としおくんとはコンスタントに連絡を取り、話をするようになった。
芝居を始めて、ある程度余裕が出来てくると、おれも話をするのが随分と楽になり、話も弾むようになった。
まぁ、それからウイルス騒動となって会うこともなくなってしまったのだけど、昨日久しぶりに会って、そこで子供が出来ると聴いたワケだ。
そうか、親になるのか。何だか感慨深いモノがあった。そして、多分おれは人の親にはならないだろうと、唐突にーー。
湿気た話題は止めておくか。
そんな感じで色々落ち着いたら遊びに来てくれということになったワケだ。子育てが落ち着くことは当分ないだろうけど、ウイルス騒動は落ち着いて欲しいモンやね。ひとついえるのはーー
兄貴、永久に幸せに、なということだ。
アスタラ。
親戚付き合いというのは複雑である。仲良くやれていることもあれば、絶縁レベルで仲が悪いことも普通にあるーーいや、むしろ微妙な関係のほうが多いのではないだろうか。
というのも、そのような話を周りの人からよく聴くのだ。親戚の中で自分たちの家族だけがアウトサイダー的に微妙な立ち位置で、他との関係が上手くいっていなかったり、遺産の相続で揉めに揉めたりと、その形は多種多様ーーつまり、微妙な関係も多種多様って感じなのだ。
ただ、そういう関係も元はといえば、そんなこともなかったなんてことも普通にあると思うのだ。
いってしまえば、親戚なんてそうコンスタントに会うもんでもない。コンスタントに会わないからこそどうなっているかもわからないワケだけど、もしかしたら、そういった距離の遠さが、昔どんなに仲が良かったとしても、互いの関係性まで遠い遠い地の果てまで追いやってしまうのかもしれない。何とも悲しい話だ。
さて、かくいうおれはというと、親戚の中じゃ鼻摘み者レベルの存在でしかないのだけど、不思議と親戚と仲が悪いということはない。
というか、父方の親戚とは殆ど面識がなく、好きとか嫌い以前の話ではある。
まぁ、法事の時に大慌てで礼服に着替えて、走って集合場所に行ったら、ベルトがベロンと垂れていて直されつつ笑われたとかいう情けない話を思い出すと、そんなに悪い関係でもないのかもしれないーーもはや同じ大人とは思えないレベルの恥晒しだよな。
まぁ、どういうワケか父方の親戚は兄弟が多く、更にどういうワケか、その子供の数はそんなに多くない。精々ひと夫婦につき子供がひとり、ふたりレベルなのだ。
逆に母方の親戚のほうはそうでもない。だからかわからないけど、仲は悪くはないーーというか、むしろ関係は幸い良好といった感じだ。
さて、何故そんな話をするかというと、
いとこの兄貴に子供が出来たと聴いたからだ。
これには驚きだった。確かにウイルス騒動があってからというモノ、まったく会っていなかったとはいえ、いつの間にかそんな感じになっているとは思ってもなかった。この悪いことに道溢れたご時世に、いい話である。
さて、今日は具体的なエピソードは特になく、このいとこについて書いて行こうかと思う。当然、オチとかもないーーいつもないけど。じゃ、やってくわーー
としおくんーーそれがいとこの名前だ。年齢はおれの五つ上。としおくんと初めて会ったのは、小学一年生の時だったと思う。
当時、家庭の事情でカナダに住んでいたとしおくんが、やはり家庭の事情で日本に帰って来、その帰国の挨拶ということでうちの実家のほうに来たのがことの始まりだった。
当時のとしおくんの印象としては、「お兄さん」という感じだろうか。
上ふたりが死んだ関係でひとりっ子のおれは、そんな年上のお兄さんにちょっとした憧れを抱いていた。やはり子供の頃は少しでも大人に近づきたいという思いが強かったのだろう。
そんな事情もあって、おれはとしおくんに一気になついてしまったのだけど、としおくんもとしおくんでおれにはよくしてくれた。多分、互いにひとりっ子というのが大きかったのだと思う。
としおくんはマリオがとても上手かった。彼はセガ党で、どちらかといえばソニック派だったのだけど、当時おれが全然クリアできなかったマリオ3を軽々と攻略していく様を、おれは羨望のまなざしで見ていた。
ゲーム以外でいえば、互いに『志村けんのバカ殿様』が好きで、としおくんがうちに泊まりに来た時は、互いにバカみたいに笑ったモンだった。おれととしおくんは笑いのツボも近いものがあったらしく、それ以外でも色んな場面で笑いを共有することが多かった。
としおくんは運動も得意だった。外で遊んでも元々カナダでホッケーをやっていたこともあってか、何をやっても機敏俊敏にこなしてしまう。そんなとしおくんは、おれの憧れだった。
だが、楽しい時間はそう長くは続かなかった。
としおくんは中学に上がってからは部活が忙しくなったこともあって、殆どうちに来ることはなくなってしまった。
それから更に時間も進み、おれが中学になった頃には、としおくんも高校生になっていた。聴いた話では、何でも陸上でいい記録を出したとのことだった。
だが、話に聴くだけで本人と会うことはそうそうない。会ったとしても、この年代の微妙な年齢差というのはデリケートなモノで、おれもまともに口を利けなくなり、としおくんもそこまで進んで話をすることもなくなっていた。
それから何年もし、おれが大学を出た少し後のことである。当時のおれはパニックの影響もあって、実家にて半引きこもり生活を送っていた。
そんなある日、としおくんと再会したのだ。
「お、竜ちゃん!」としおくんは明るく朗らかにいった。「久しぶりだね。元気かな?」
としおくんはどことなく嬉しそうだった。まぁ、としおくんが中学に上がってからというモノ、まともに話をしてこなかったのだから、それもそうだと思う。
とはいえ、当時のおれはパニックで塞ぎこみ、まともなコミュニケーションの取れるような感じではなかった。にも関わらず、としおくんはそんなこと関係なしといった感じで何の垣根もなく話し掛けてくれた。塞ぎこんでいたおれとしては、本当に嬉しかった。
それから、久しぶりにとしおくんと話をしたのだけど、話によると、としおくんは高校卒業後、整骨師として勤めているとのことだった。
おれの詳しい事情は、特に聴いて来なかった。多分、としおくんもとしおくんで気を使っていたのだと思う。しかし、お陰で久しぶりの再会は非常に楽しい時間に終わった。
それからというモノ、としおくんとはコンスタントに連絡を取り、話をするようになった。
芝居を始めて、ある程度余裕が出来てくると、おれも話をするのが随分と楽になり、話も弾むようになった。
まぁ、それからウイルス騒動となって会うこともなくなってしまったのだけど、昨日久しぶりに会って、そこで子供が出来ると聴いたワケだ。
そうか、親になるのか。何だか感慨深いモノがあった。そして、多分おれは人の親にはならないだろうと、唐突にーー。
湿気た話題は止めておくか。
そんな感じで色々落ち着いたら遊びに来てくれということになったワケだ。子育てが落ち着くことは当分ないだろうけど、ウイルス騒動は落ち着いて欲しいモンやね。ひとついえるのはーー
兄貴、永久に幸せに、なということだ。
アスタラ。