【マキャベリスト~侵攻~】
文字数 2,323文字
埃まみれの廃ビルの空気は淀んでいた。
いつから人の手が入っていないのかはわからないが、そこは今にも地面が抜けそうで、残されたデスクは涙を枯らし、いじけていた。
部屋の真ん中にイスが置いてあった。そして、そこに座るは頭陀袋を被らされた何者か。ボロボロになったTシャツの胸部は大きく膨らんでおり、下は寝巻きのスウェットパンツ。
イスの周りにはスーツを着た四人の男たち。非常に退屈そうだった。各々適当に用意したであろうイスに座り、欠伸をしたり、スマホを弄ったりしていた。明らかに異様な雰囲気の中、完全に弛緩した空気が漂っていた。
頭陀袋を被らされた何者かは、グッタリはしていないが、大きく動きもしなかった。無駄な体力を使わないことをこころ得ているのか、ガムシャラな抵抗がむしろ自分にとっては逆効果であることをよく知っているようだった。
「止めろ……、止めろ……!」
微かに聴こえてくる声に、室内にいた全員が飛び起きるように反応した。
ドアが突き破られた。
それと同時に男が室内に飛び込んで来るーーいや、室内へと吹っ飛ばされて来たというのが正しいだろうか。
室内にいた四人の男たちは一斉に立ち上がった。みな一様に、横たわるドアの前でグッタリと倒れている男に目を向けた。
男の身体に三つの風穴が開いていた。
四人の男たちはどよめきつつも、懐の拳銃を抜き出し、何者かの襲撃に備えた。
「誰だ!?」四人の内のひとりが叫んだ。
静寂ーー何も聴こえて来なかった。
土埃が舞っていた。目を細めて凝視しなければ、室外の様子を確認するのは不可能だった。
静寂の音がけたたましかった。
男たちのひとりが別のひとりに室外の様子を見てくるように促した。促された男は嫌がる素振りも見せずに首を縦に振って外へ向かった。
ひとりの姿がドア奥へと消えていった。
悲鳴。同時に激しく殴り付ける音がした。
一発、二発ーー三発目は銃声で代用された。
部屋に残った三人の男たちはうしろずさった。かと思いきやーー
開かれたドア縁から侵入者の影が現れた。
その手には古典的な自動拳銃が握られており、その銃口は三人の男の内のひとりに向けられていた。
銃声ーー室内にいたひとりの男の左胸に穴が開き、血が噴水のように飛び出した。
生き残ったふたりの内、ひとりが悲鳴を上げ、もうひとりは手に持っている9ミリ自動拳銃を乱射した。が、室外にいる侵入者は入口際の陰に身を隠してしまった。
ふたりの男たちのひとりは頭陀袋を被った何者かに拳銃の銃口を突き付け、もうひとりは部屋の端っこの物陰に身を隠した。
頭陀袋に拳銃を突き付けている者は緊張感をみなぎらせ、もうひとりは全身に恐怖感をみなぎらせていた。
「どうした? 出て来い! 出て来て降伏しろ。さもないと、コイツがどうなっても知らないぞ!」
男がそういうと、室外に隠れていた侵入者がゆっくりとその姿を現した。肩をダラリと落としたその侵入者の片手には45口径のガバメントがしっかりと握られていた。
侵入者の靴のゴム底が地面を叩く音が空間を歪ませたようにゆっくりと響いた。
頭陀袋に拳銃を突き付けた男の身体が木製の吊り橋のように固く緊張していた。
「素直じゃないか」男は余裕の声色を装っているが、その表情は完全に引き吊っていた。「さぁ、その銃を捨てーー」
銃声ーー
頭陀袋に拳銃を突き付けていた男の頭が炸裂した。血が噴き出、頭陀袋の首元と肩口を真っ赤に染めた。男は勢いよくうしろに倒れ痙攣したが、反撃に転じようとする様子はなかった。
頭陀袋は恐怖を感じたのか、全身をブルブルと震わせていた。
侵入者は静かに進行していった。
物陰に隠れていた男は目に涙を溜めて、激しく震えていた。もはや、抵抗する様子はまったくなかった。ただ身を小さくして、自分が今ここに存在していないという無駄な演出をすることで精一杯のようだった。
金属が動作する心地よい音がした。
震えて泣いていた男が吐息を漏らした。
ガバメントの銃口が泣いていた男の頭を捉えていた。泣いていた男はゆっくりと銃口へと目を向けた。
「心配するな。助けてやる」
泣いていた男の表情に安堵が浮かんだ。
銃声ーー
硬い材質の床に金属が打ち付けられる音の後、瞬間的にすべての音が消え去った。
震える頭陀袋の元に、ゴム底の靴音が近づいた。 頭陀袋は身体をピンと伸ばした。
俯く頭陀袋ーー頭陀袋を眺める侵入者。
頭陀袋の頭を覆っていた頭陀袋が乱暴に取られた。
武井愛ーー口には養生テープが貼られていた。その顔には青アザが浮かんでいた。
侵入者は武井の口に貼られていたテープを思い切り剥がし取った。
「もうちょっと優しく出来ないの? 弓永くん」
侵入者ーー弓永は、荒い呼吸でうっすらと笑っていた。
「うるせぇ、ここまで来れただけでも感謝しろ」弓永は武井を拘束する縄を解きながらいった。
「そうだね……、でもよくここがわかったね」
「孤独なハッカーに助部が握っていた情報に関係する企業と所有する建物を全部洗わせた。助部がゆすっていた企業はあとひとつしかなかったからな。その企業が所有している建物で人目を気にしなくていい場所とお前の住居の場所を照らし合わせたら、答えは簡単に出た」
「相変わらず賢いね。それが本当なら、の話だけど」
弓永は含みのある微笑を見せた。その額には珠のような汗が浮かんでいた。弓永は武井を拘束していた縄を解くと彼女を立たせた。
「でも、ありがとう。また助けられちゃったね」
「ハッ! 現役時代に手が掛かった部下は、辞めた後も手が掛かるモンーー」
衝撃で床の土埃がふわりと浮かんだ。
悲鳴が響いた。
【続く】
いつから人の手が入っていないのかはわからないが、そこは今にも地面が抜けそうで、残されたデスクは涙を枯らし、いじけていた。
部屋の真ん中にイスが置いてあった。そして、そこに座るは頭陀袋を被らされた何者か。ボロボロになったTシャツの胸部は大きく膨らんでおり、下は寝巻きのスウェットパンツ。
イスの周りにはスーツを着た四人の男たち。非常に退屈そうだった。各々適当に用意したであろうイスに座り、欠伸をしたり、スマホを弄ったりしていた。明らかに異様な雰囲気の中、完全に弛緩した空気が漂っていた。
頭陀袋を被らされた何者かは、グッタリはしていないが、大きく動きもしなかった。無駄な体力を使わないことをこころ得ているのか、ガムシャラな抵抗がむしろ自分にとっては逆効果であることをよく知っているようだった。
「止めろ……、止めろ……!」
微かに聴こえてくる声に、室内にいた全員が飛び起きるように反応した。
ドアが突き破られた。
それと同時に男が室内に飛び込んで来るーーいや、室内へと吹っ飛ばされて来たというのが正しいだろうか。
室内にいた四人の男たちは一斉に立ち上がった。みな一様に、横たわるドアの前でグッタリと倒れている男に目を向けた。
男の身体に三つの風穴が開いていた。
四人の男たちはどよめきつつも、懐の拳銃を抜き出し、何者かの襲撃に備えた。
「誰だ!?」四人の内のひとりが叫んだ。
静寂ーー何も聴こえて来なかった。
土埃が舞っていた。目を細めて凝視しなければ、室外の様子を確認するのは不可能だった。
静寂の音がけたたましかった。
男たちのひとりが別のひとりに室外の様子を見てくるように促した。促された男は嫌がる素振りも見せずに首を縦に振って外へ向かった。
ひとりの姿がドア奥へと消えていった。
悲鳴。同時に激しく殴り付ける音がした。
一発、二発ーー三発目は銃声で代用された。
部屋に残った三人の男たちはうしろずさった。かと思いきやーー
開かれたドア縁から侵入者の影が現れた。
その手には古典的な自動拳銃が握られており、その銃口は三人の男の内のひとりに向けられていた。
銃声ーー室内にいたひとりの男の左胸に穴が開き、血が噴水のように飛び出した。
生き残ったふたりの内、ひとりが悲鳴を上げ、もうひとりは手に持っている9ミリ自動拳銃を乱射した。が、室外にいる侵入者は入口際の陰に身を隠してしまった。
ふたりの男たちのひとりは頭陀袋を被った何者かに拳銃の銃口を突き付け、もうひとりは部屋の端っこの物陰に身を隠した。
頭陀袋に拳銃を突き付けている者は緊張感をみなぎらせ、もうひとりは全身に恐怖感をみなぎらせていた。
「どうした? 出て来い! 出て来て降伏しろ。さもないと、コイツがどうなっても知らないぞ!」
男がそういうと、室外に隠れていた侵入者がゆっくりとその姿を現した。肩をダラリと落としたその侵入者の片手には45口径のガバメントがしっかりと握られていた。
侵入者の靴のゴム底が地面を叩く音が空間を歪ませたようにゆっくりと響いた。
頭陀袋に拳銃を突き付けた男の身体が木製の吊り橋のように固く緊張していた。
「素直じゃないか」男は余裕の声色を装っているが、その表情は完全に引き吊っていた。「さぁ、その銃を捨てーー」
銃声ーー
頭陀袋に拳銃を突き付けていた男の頭が炸裂した。血が噴き出、頭陀袋の首元と肩口を真っ赤に染めた。男は勢いよくうしろに倒れ痙攣したが、反撃に転じようとする様子はなかった。
頭陀袋は恐怖を感じたのか、全身をブルブルと震わせていた。
侵入者は静かに進行していった。
物陰に隠れていた男は目に涙を溜めて、激しく震えていた。もはや、抵抗する様子はまったくなかった。ただ身を小さくして、自分が今ここに存在していないという無駄な演出をすることで精一杯のようだった。
金属が動作する心地よい音がした。
震えて泣いていた男が吐息を漏らした。
ガバメントの銃口が泣いていた男の頭を捉えていた。泣いていた男はゆっくりと銃口へと目を向けた。
「心配するな。助けてやる」
泣いていた男の表情に安堵が浮かんだ。
銃声ーー
硬い材質の床に金属が打ち付けられる音の後、瞬間的にすべての音が消え去った。
震える頭陀袋の元に、ゴム底の靴音が近づいた。 頭陀袋は身体をピンと伸ばした。
俯く頭陀袋ーー頭陀袋を眺める侵入者。
頭陀袋の頭を覆っていた頭陀袋が乱暴に取られた。
武井愛ーー口には養生テープが貼られていた。その顔には青アザが浮かんでいた。
侵入者は武井の口に貼られていたテープを思い切り剥がし取った。
「もうちょっと優しく出来ないの? 弓永くん」
侵入者ーー弓永は、荒い呼吸でうっすらと笑っていた。
「うるせぇ、ここまで来れただけでも感謝しろ」弓永は武井を拘束する縄を解きながらいった。
「そうだね……、でもよくここがわかったね」
「孤独なハッカーに助部が握っていた情報に関係する企業と所有する建物を全部洗わせた。助部がゆすっていた企業はあとひとつしかなかったからな。その企業が所有している建物で人目を気にしなくていい場所とお前の住居の場所を照らし合わせたら、答えは簡単に出た」
「相変わらず賢いね。それが本当なら、の話だけど」
弓永は含みのある微笑を見せた。その額には珠のような汗が浮かんでいた。弓永は武井を拘束していた縄を解くと彼女を立たせた。
「でも、ありがとう。また助けられちゃったね」
「ハッ! 現役時代に手が掛かった部下は、辞めた後も手が掛かるモンーー」
衝撃で床の土埃がふわりと浮かんだ。
悲鳴が響いた。
【続く】