【藪医者放浪記~弐拾壱~】
文字数 2,106文字
屋敷の中は足踏みの音と悲鳴が響いている。
数人の男たちが屋敷の中で、銀次の手下相手に善戦している。圧倒的な戦力差ではあったが、そこは持ち前の技術で、その差を埋めている。
銀次の手下は、牛馬を除けば、剣術に関しては殆ど素人みたいな連中ばかりだった。だが、対する伝助の一派はそうではない。みな、それぞれ違った剣術流派を学び、道場の中でもそれなりの腕前を持っていた者ばかりだった。
では、そんな連中がどうして今、川越は九十九街道なんかでヤクザのマネごとなどしているのか。それはひとえに道場を破門されたり、道場内で腐ったりして行き場を失ったゴロツキ剣士を伝助が集めたからだ。
この『鹿島の伝助』という男、そのふたつ名の通り、鹿島神流の使い手だ。道場でもかなりの腕前を持っていたのだが、伝助は道場を破門されてしまったのだ。
その理由は、同門の連中によりハメられたからだという。
これは伝助がお雉に話した程度のことではあったが、何でも伝助という男は、自分に嫉妬した連中により泥棒に仕立て上げられてしまい、道場を破門になってしまったという。
伝助はその腕前と誠実さがあったにも関わらず、師範及び師範代からは非常に煙たがられていた。理由は、伝助が強すぎたことにある。
というのも、伝助は師範や師範代の腕前を余裕で揺るがすほどの腕を、破門される以前に既に持っていたのだ。これが良くなかった。
始まりは格下の同門たちの策略ではあったが、最終的には師範と師範代、殆どすべての道場の人間によって伝助は追い出されてしまったというワケだ。
道場を破門された伝助は鹿島を後にすると、次は江戸へ出向いた。そこで適当な道場に潜り込んだが、そこでの稽古が退屈だったのか、伝助はすっかり剣術に対するやる気を失ってしまった。が、そんな中でふたりほど、目を見張る若輩で血気盛んな者がいた。
そのふたりはまだ未熟ではあったが、道場でも半ばくらいの強さを持っていたにも関わらず、道場の中では殆どその存在を黙殺されているような、そんな存在でしかなかった。
伝助はそんなふたりと密かに話す機会を設けた。自身の体験を元に、道場にて腐り掛けてしまっている道場生を引き抜こう、伝助はそう考えた。その理由というのがーー
理不尽を討伐するということだった。
この世には数多くの理不尽がまかり通っている。伝助はそんな理不尽が何よりも憎かった。いくら頑張ったところで、ちょっと梯子に足を掛け違えるように、いとも簡単にすべては崩壊してしまう。ならば、そんな理不尽な状況を打破するための『組』を作ろう。
それが伝助の考えであった。
誘った者たちは、みな腐りつつあったが、血の気の多い者たちでもあったこともあって、伝助の申し出は簡単に通った。
自分たちの力でこの世の理不尽を崩壊させる。それが彼らの何よりの目的だった。
そんな人集めをしつつ、理不尽なことがあれば、ヤクザ狩りや武士狩り、果ては役人狩りなどと、明日の命の行方すらわからないようなことを伝助たちは密かにやっていた。
だが、そんなことばかりをやっていれば居場所を失うのは当たり前の話で、結局は江戸にいれなくなった一派は、そのまま川越街道を下り、川越の街へと辿り着いた。とはいえ、また江戸にいた頃のように堂々と街の真ん中で暮らしていては、その存在が目立ってしまう。
だからこそ、伝助の一派は一番街から外れたところにある無法地帯、九十九街道を拠点にすることに決めたのだ。無法地帯であれば、ヤクザ狩りという彼らの『仕事』も捗るであろうという狙いがあったのも大きかった。
そして、そこで一派は銀次の一家と遭遇することとなった。
銀次の一家の粗野で傍若無人な振る舞いに対して、伝助の一家は黙っていなかった。
とはいえ、その勢力差は歴然としており、伝助たちは少しずつ、銀次の一家にケンカを仕掛けていったのだ。
だが、そこに鬼が現れた。
そう、牛馬である。
伝助の一派は牛馬の登場により、その数を大きく減らすこととなった。一派の連中は、出会った時こそ中堅程度の腕ではあったが、伝助の手解きにより、以前とは比べモノにならないくらいの腕前になっていた。
が、牛馬という鬼には、その程度の腕前はカスと同じようなモノだった。
結果、伝助たちは手痛いキズを負い、銀次の一家に対して身を隠さなければならなくなったということだ。しかし、それもお雉の登場によって、すべてが動き出したーー
伝助は止まらない。ひとりを切ったら次は刺す。四、五人を殺したら自分の持っている刀を捨てて、敵の刀を奪って更に殺していく。その繰り返しとなった。
悲鳴に次ぐ悲鳴。その中にはいくつか聞き覚えのあるモノもある。一派の人間だ。少なくとも今は三つ聴こえた。あとふたり、伝助を除いて残っているのはそれだけだ。
「……成仏してくれ」
伝助はそう呟き、次から次へと雪崩れ込んで来るヤクザ連中を切って行く。息が上がる。さすがに何人もの敵を殺していれば、それだけ肉体も悲鳴を上げるといったところだろうか。
「お雉、外はどうなってる……」
伝助はふと、外へ意識をやる。
刺さる。
【続く】
数人の男たちが屋敷の中で、銀次の手下相手に善戦している。圧倒的な戦力差ではあったが、そこは持ち前の技術で、その差を埋めている。
銀次の手下は、牛馬を除けば、剣術に関しては殆ど素人みたいな連中ばかりだった。だが、対する伝助の一派はそうではない。みな、それぞれ違った剣術流派を学び、道場の中でもそれなりの腕前を持っていた者ばかりだった。
では、そんな連中がどうして今、川越は九十九街道なんかでヤクザのマネごとなどしているのか。それはひとえに道場を破門されたり、道場内で腐ったりして行き場を失ったゴロツキ剣士を伝助が集めたからだ。
この『鹿島の伝助』という男、そのふたつ名の通り、鹿島神流の使い手だ。道場でもかなりの腕前を持っていたのだが、伝助は道場を破門されてしまったのだ。
その理由は、同門の連中によりハメられたからだという。
これは伝助がお雉に話した程度のことではあったが、何でも伝助という男は、自分に嫉妬した連中により泥棒に仕立て上げられてしまい、道場を破門になってしまったという。
伝助はその腕前と誠実さがあったにも関わらず、師範及び師範代からは非常に煙たがられていた。理由は、伝助が強すぎたことにある。
というのも、伝助は師範や師範代の腕前を余裕で揺るがすほどの腕を、破門される以前に既に持っていたのだ。これが良くなかった。
始まりは格下の同門たちの策略ではあったが、最終的には師範と師範代、殆どすべての道場の人間によって伝助は追い出されてしまったというワケだ。
道場を破門された伝助は鹿島を後にすると、次は江戸へ出向いた。そこで適当な道場に潜り込んだが、そこでの稽古が退屈だったのか、伝助はすっかり剣術に対するやる気を失ってしまった。が、そんな中でふたりほど、目を見張る若輩で血気盛んな者がいた。
そのふたりはまだ未熟ではあったが、道場でも半ばくらいの強さを持っていたにも関わらず、道場の中では殆どその存在を黙殺されているような、そんな存在でしかなかった。
伝助はそんなふたりと密かに話す機会を設けた。自身の体験を元に、道場にて腐り掛けてしまっている道場生を引き抜こう、伝助はそう考えた。その理由というのがーー
理不尽を討伐するということだった。
この世には数多くの理不尽がまかり通っている。伝助はそんな理不尽が何よりも憎かった。いくら頑張ったところで、ちょっと梯子に足を掛け違えるように、いとも簡単にすべては崩壊してしまう。ならば、そんな理不尽な状況を打破するための『組』を作ろう。
それが伝助の考えであった。
誘った者たちは、みな腐りつつあったが、血の気の多い者たちでもあったこともあって、伝助の申し出は簡単に通った。
自分たちの力でこの世の理不尽を崩壊させる。それが彼らの何よりの目的だった。
そんな人集めをしつつ、理不尽なことがあれば、ヤクザ狩りや武士狩り、果ては役人狩りなどと、明日の命の行方すらわからないようなことを伝助たちは密かにやっていた。
だが、そんなことばかりをやっていれば居場所を失うのは当たり前の話で、結局は江戸にいれなくなった一派は、そのまま川越街道を下り、川越の街へと辿り着いた。とはいえ、また江戸にいた頃のように堂々と街の真ん中で暮らしていては、その存在が目立ってしまう。
だからこそ、伝助の一派は一番街から外れたところにある無法地帯、九十九街道を拠点にすることに決めたのだ。無法地帯であれば、ヤクザ狩りという彼らの『仕事』も捗るであろうという狙いがあったのも大きかった。
そして、そこで一派は銀次の一家と遭遇することとなった。
銀次の一家の粗野で傍若無人な振る舞いに対して、伝助の一家は黙っていなかった。
とはいえ、その勢力差は歴然としており、伝助たちは少しずつ、銀次の一家にケンカを仕掛けていったのだ。
だが、そこに鬼が現れた。
そう、牛馬である。
伝助の一派は牛馬の登場により、その数を大きく減らすこととなった。一派の連中は、出会った時こそ中堅程度の腕ではあったが、伝助の手解きにより、以前とは比べモノにならないくらいの腕前になっていた。
が、牛馬という鬼には、その程度の腕前はカスと同じようなモノだった。
結果、伝助たちは手痛いキズを負い、銀次の一家に対して身を隠さなければならなくなったということだ。しかし、それもお雉の登場によって、すべてが動き出したーー
伝助は止まらない。ひとりを切ったら次は刺す。四、五人を殺したら自分の持っている刀を捨てて、敵の刀を奪って更に殺していく。その繰り返しとなった。
悲鳴に次ぐ悲鳴。その中にはいくつか聞き覚えのあるモノもある。一派の人間だ。少なくとも今は三つ聴こえた。あとふたり、伝助を除いて残っているのはそれだけだ。
「……成仏してくれ」
伝助はそう呟き、次から次へと雪崩れ込んで来るヤクザ連中を切って行く。息が上がる。さすがに何人もの敵を殺していれば、それだけ肉体も悲鳴を上げるといったところだろうか。
「お雉、外はどうなってる……」
伝助はふと、外へ意識をやる。
刺さる。
【続く】