【聖夜に浮遊霊は何を思う~参幕~】
文字数 4,289文字
「中森美香、だな」
祐太朗がそう呼び掛けると、五村市駅通りの中央広場にあるクリスマスツリー脇にいた女が振り返った。
ミルク色のコートに茶色い髪がイルミネーションに照らされて鮮やかに映る。白い肌には陰影が浮かび、その美しさをより引き立てている。
「はい、そうですが……」
雪のように白く美しい顔には不安が映し出されている。それもそうだろう。クリスマスイブの夜に、見知らぬ男から突然名前を呼ばれれば、恐怖と不信感は自然と表面化する。
「美香……!」
目に涙を浮かべる村山。だが、その声は美香の内耳には届かない。祐太朗はいった。
「ここ、村山と待ち合わせしてた場所なんだろ?」
当事者しかわかり得ない約束を知る見知らぬ男に対して、美香は驚きの声を漏らした。
「どうして知っているんですか……?」
驚愕、不信感、ふたつの感情が声色に入り交じる。祐太朗は美香の目を真っ直ぐに見据えた。
「村山本人から聴いたんだ」美香は驚きを隠せなかった。「勘違いしないで欲しいのは、ヤツが死ぬ前におれにそれを伝えたんじゃないってことだ」
「じゃあ、どういうこと……?」
祐太朗は口をつぐんだ。答えに窮しているのはいうまでもないだろう。何も知らない女に、今自分の横に幽霊となった村山がいて、彼からすべての事情を聴いて今ここにいるといったところで、信じて貰えるワケがない。
「実は……、美香さんは今五村にいるんだ」
電話を切る前、武井は祐太朗にそう告げた。が、祐太朗は驚くこともなくただひとこと、そうかと相槌を打っただけだった。
武井から美香の特徴を訊くと、祐太朗は電話を切った。電話の内容を問う村山に、祐太朗は、美香が五村駅のすぐ近くにある広場のクリスマスツリーの元にいると伝えた。
「クリスマスツリー……、去年、待ち合わせをしていた場所です!」
村山は声を上げた。祐太朗はすべての事情を悟ったように、一度頷き、村山とともにツリーへと向かったのだった。
「信じて貰えるかわからないが、今、村山はおれのすぐ隣にいるんだ。幽霊となって、な」
美香は息を飲み、自分の感情や思考のすべてを「え……」というひとことで表現していた。
祐太朗は美香の目の前で村山に話し掛け、美香のことを訊ねた。村山は涙と感情を目と表情に溜め込んで、美香の生年月日や好きなもの、嫌いなもの、幼い頃のことから自分と付き合っていた頃のエピソードを披露し、祐太朗はそれを反復するように口にした。
美香は手で口許を覆った。
「充……!?」
美香は祐太朗から視線を剃らしつつ、そのサイドを右に左に眺め回しながら祐太朗と村山のほうへ歩み寄った。が、彼女の水晶体が充の姿を捉えることはなかった。
「充は……! どこにいるんです!? どんな格好で、どうなっているんです!?」
祐太朗のジャケットの胸もとをギュッと掴み、美香は懸命に祐太朗に訴え掛けた。祐太朗は、チラッと村山のほうをチラッと見た。
ボロボロで土埃にまみれたスーツを着た村山ーー顔や手には事故で生じた擦り傷が痛々しく残っている。祐太朗はーー
「非常に綺麗だ。多分、亡くなる前の格好だろう。しっかりと仕立て上げられたスーツに高級感のあるコート、髪はこの時の為に時間がない中、しっかりと整えたんだろうな。顔も綺麗なもんだ。傷ひとつない」
村山は驚きを隠せず、自分の衣服、皮膚を確認した。が、そこには確かに埃だらけのスーツと傷だらけの皮膚があった。
「村山は、デートにいく格好で、事故の現場に留まりながら、自分の意思を伝えてくれる誰かを探して、ずっとアンタを探し続けていたんだ。アンタに、伝えたいことがあるんだとさ」
「伝えたいこと……?」
涙で目を輝かせながら、美香は祐太朗の顔を見上げた。祐太朗は村山に視線を向けた。村山は感極まったように、口を真一文字に結び、顔を震わせている。
「何かいってやれよ。一年待ったんだろ? それとも、怖くなったか?」
「んなこと……! 怖くなんか……」
「そうか……、おれは怖いけどな」
村山はキョトンとした。美香は、祐太朗と祐太朗の視線の先ーー村山がいるであろう位置へと視線をやり、祐太朗の話に耳を傾けていた。
「おれには、お前の意思を曲解なく彼女に伝える義務がある。それに、男ならみんなそうだと思う。男が女に気持ちを打ち明ける時ほど怖くて緊張する場面はないからな。最終的にどうするか決めるのはお前だ。さ、どうする?」
村山はまるで怒られた子供のようにうつむき黙り込んでしまった。が、少しして何かを決意したように静かに口を開いた。
「ぼくは……、ずっと、ずっと生きたかった……。生きて、キミという女性と一緒に生きたかった。でも、それももう無理だ。だから……」
口を閉ざす村山ーーその目から涙が零れ落ちる。祐太朗は何もいわずに村山が話し出すのを待った。が、村山は嗚咽を漏らすばかりで何もいえないでいる。
「ごめん……」
無念と共にやっと吐き出されたそのことばと彼の意思を継ぐように、祐太朗は美香に向き合い、
「ぼくは、ずっとキミと生きたかった。でも、それももう叶わない。だから、キミはキミの人生を生きて欲しい」
村山はハッとした。祐太朗は更に続ける、
「今日、キミがここに来てくれて、ぼくは本当に嬉しかった。一年前、ふたり一緒に並んで見るつもりでいたクリスマスツリーを、ちょっと可笑しなシチュエーションではあるけれどふたりで見ることができて、ぼくは本当に幸せだ。ぼくは本当に幸せな人生を生きられたんだ。でも、いつまでも過去を引き摺っていてはいけない。キミはキミの人生を生きなければならない。ぼくのことを忘れろといってもすぐには無理だと思う。でも、そんなぼくのことを忘れさせてくれるようなステキな人に出会えることを祈ってる。だから、キミはキミの幸せを掴んで欲しい。でないと、心配で成仏できない」
呆然とする村山に対し、美香は感情を崩壊させ、声を上げて泣き出した。祐太朗の胸に額を押しつけ涙を流した。が、祐太朗は彼女の背中に手を回そうとはしなかった。ただ、視線を落として、何かを想うようにただただ立ち竦んでいるだけだった。
「……ありがとう。この一年、ずっと辛かった……。何度も死のうと思った。でも、できなかった……! それで充のことを愛していなかったんじゃないかって何度も自分を責めた。新しい人生を歩もうにも、それが充を裏切ることになるんじゃないかってーー」
「……キミが死ぬ必要なんかない。ただ、そう思う気持ちはわかる。でも、キミは生き続けなればならない。でないと、ぼくの気持ちも浮かばれない。だから、自分を責めなくていい。キミが幸せになることはぼくへの裏切りじゃない。だから、キミはキミの人生を生きて幸せになって欲しいーーだとさ」
祐太朗が話し終えると、村山はひと筋の涙をツーッと流し、
「祐太朗さん……、ありがとう……」
祐太朗は静かに啜り泣く村山の横顔を眺めた。悲しき幽霊の表情は、生きた人間よりも人間らしかった。
「祐太朗さん……いきましょう……。ぼくは……、もうーー」
そういった次の瞬間には、村山の姿は消えていた。彼の人生の悔いがすべて浄化されたのだろう。祐太朗は奥歯をグッと噛み締め、そして大きく息を吐いた。
「ひとつ、訊きたいことがあるんだ」
美香は祐太朗を見上げたーー
話を終えると、祐太朗は美香と別れ、五村のストリートをひとり孤独に歩いた。スマホを確認する。時間は夜の九時を回っている。詩織からのメッセージと電話が何件も来ていた。祐太朗はやや上を仰ぎつつ、大きく息をついて歩幅を大きく広げた。
「祐太朗さん、だよね?」
足を止め、うしろを振り返ると、そこにはアッシュヘアのネコみたいな女がいた。背が高く、コートを着ていても胸が大きいのは一目瞭然だった。
「そうだけど、誰だ?」
「はは、やっぱりご挨拶な人」
そのひとことで祐太朗はピンと来たようで、
「もしかして、武井か?」
武井はコクリと頷いた。
「気になって来ちゃったよ。上手くやったみたいだね。でも、弓永くんの頼みだなんて、アレ、ウソでしょ? アナタ一体何者なの?」
目許に微笑を浮かべて武井は訊ねた。
「いや、まぁ、それはーー」
スマホが振動した。弓永からだった。祐太朗は思わず笑って見せた。
「どうしたの?」
「クソ野郎からだ」
「あぁ」
「アンタも話すか?」
「んー、いいの?」
「別に大した話じゃない」
「そ、なら」
祐太朗はスピーカーフォンを起動し、電話に出、武井と目を見合せた。
「よぉ、穀潰し。遅くなって悪いな。やっと面倒が済んだぜ。それよりーー」
「誰が穀潰しなの?」武井がいった。
「あ?……もしかして、武井か?」
「お久しぶり、弓永くん」
「な、何でお前が……ッ? いや、そんなことはいい、祐太朗、聴いてるか?」
「聴いてるぜ、悪徳警官」祐太朗は笑みをこぼしつついった。
「な!……まぁ、いい。それより中森美香の住まいのことだがーー」
「それならもう解決した」
「あ?」
「そこにいるネコ目の探偵が色々手配してくれたお陰で、何とかな」
武井はスピーカーに漏れ出さないように微笑した。
「……何だよ。今回はおれの出番はなしか」
「そうみたいだな」
「久しぶりにお前と組んでの仕事でーーまぁ、そこはいいか。そんなことより、詩織さん、滅茶苦茶怒ってるみたいだぜ。さっさと帰ってやんな。おれもすぐにいくわ。じゃあ、また」
「もしかして、これから彼女とデート?」
電話が切れると、武井は訊ねた。
「いや。妹とクリスマスイブのパーティーをすることになってたんだが、大遅刻だ。情報をくれたお礼といっちゃ難だが、よかったらアンタも来ないか? 弓永も来ることになってる 」
「へぇ、パーティね。でも、残念だけど、これから協力してくれた人たちにお礼したりしなきゃ。また何かあったら誘ってよ。アナタの職業とか、気になることもたくさんあるしね」
「その話はいずれしてやるさ。まぁ、でも仕方ないな。今日は本当に助かった。ありがとう」
祐太朗は右手を差し出した。武井は目許に微笑を浮かべて手袋を外すと、祐太朗の右手をがっちりと握っていった。
「たまにはこういう仕事もいいかもね。まぁ、お互い五村に住んでれば、またいつか会うかもしれないね。じゃ、またね、祐太朗さん。うちのワガママ上司をよろしくね」
祐太朗と武井は、握手をしながら熱い視線を交わした後、ネオン煌めく五村のストリートをふた手に別れて互いに遠ざかっていった。
ストリートに冷たい風が吹いた。
【最終幕へ続く】
祐太朗がそう呼び掛けると、五村市駅通りの中央広場にあるクリスマスツリー脇にいた女が振り返った。
ミルク色のコートに茶色い髪がイルミネーションに照らされて鮮やかに映る。白い肌には陰影が浮かび、その美しさをより引き立てている。
「はい、そうですが……」
雪のように白く美しい顔には不安が映し出されている。それもそうだろう。クリスマスイブの夜に、見知らぬ男から突然名前を呼ばれれば、恐怖と不信感は自然と表面化する。
「美香……!」
目に涙を浮かべる村山。だが、その声は美香の内耳には届かない。祐太朗はいった。
「ここ、村山と待ち合わせしてた場所なんだろ?」
当事者しかわかり得ない約束を知る見知らぬ男に対して、美香は驚きの声を漏らした。
「どうして知っているんですか……?」
驚愕、不信感、ふたつの感情が声色に入り交じる。祐太朗は美香の目を真っ直ぐに見据えた。
「村山本人から聴いたんだ」美香は驚きを隠せなかった。「勘違いしないで欲しいのは、ヤツが死ぬ前におれにそれを伝えたんじゃないってことだ」
「じゃあ、どういうこと……?」
祐太朗は口をつぐんだ。答えに窮しているのはいうまでもないだろう。何も知らない女に、今自分の横に幽霊となった村山がいて、彼からすべての事情を聴いて今ここにいるといったところで、信じて貰えるワケがない。
「実は……、美香さんは今五村にいるんだ」
電話を切る前、武井は祐太朗にそう告げた。が、祐太朗は驚くこともなくただひとこと、そうかと相槌を打っただけだった。
武井から美香の特徴を訊くと、祐太朗は電話を切った。電話の内容を問う村山に、祐太朗は、美香が五村駅のすぐ近くにある広場のクリスマスツリーの元にいると伝えた。
「クリスマスツリー……、去年、待ち合わせをしていた場所です!」
村山は声を上げた。祐太朗はすべての事情を悟ったように、一度頷き、村山とともにツリーへと向かったのだった。
「信じて貰えるかわからないが、今、村山はおれのすぐ隣にいるんだ。幽霊となって、な」
美香は息を飲み、自分の感情や思考のすべてを「え……」というひとことで表現していた。
祐太朗は美香の目の前で村山に話し掛け、美香のことを訊ねた。村山は涙と感情を目と表情に溜め込んで、美香の生年月日や好きなもの、嫌いなもの、幼い頃のことから自分と付き合っていた頃のエピソードを披露し、祐太朗はそれを反復するように口にした。
美香は手で口許を覆った。
「充……!?」
美香は祐太朗から視線を剃らしつつ、そのサイドを右に左に眺め回しながら祐太朗と村山のほうへ歩み寄った。が、彼女の水晶体が充の姿を捉えることはなかった。
「充は……! どこにいるんです!? どんな格好で、どうなっているんです!?」
祐太朗のジャケットの胸もとをギュッと掴み、美香は懸命に祐太朗に訴え掛けた。祐太朗は、チラッと村山のほうをチラッと見た。
ボロボロで土埃にまみれたスーツを着た村山ーー顔や手には事故で生じた擦り傷が痛々しく残っている。祐太朗はーー
「非常に綺麗だ。多分、亡くなる前の格好だろう。しっかりと仕立て上げられたスーツに高級感のあるコート、髪はこの時の為に時間がない中、しっかりと整えたんだろうな。顔も綺麗なもんだ。傷ひとつない」
村山は驚きを隠せず、自分の衣服、皮膚を確認した。が、そこには確かに埃だらけのスーツと傷だらけの皮膚があった。
「村山は、デートにいく格好で、事故の現場に留まりながら、自分の意思を伝えてくれる誰かを探して、ずっとアンタを探し続けていたんだ。アンタに、伝えたいことがあるんだとさ」
「伝えたいこと……?」
涙で目を輝かせながら、美香は祐太朗の顔を見上げた。祐太朗は村山に視線を向けた。村山は感極まったように、口を真一文字に結び、顔を震わせている。
「何かいってやれよ。一年待ったんだろ? それとも、怖くなったか?」
「んなこと……! 怖くなんか……」
「そうか……、おれは怖いけどな」
村山はキョトンとした。美香は、祐太朗と祐太朗の視線の先ーー村山がいるであろう位置へと視線をやり、祐太朗の話に耳を傾けていた。
「おれには、お前の意思を曲解なく彼女に伝える義務がある。それに、男ならみんなそうだと思う。男が女に気持ちを打ち明ける時ほど怖くて緊張する場面はないからな。最終的にどうするか決めるのはお前だ。さ、どうする?」
村山はまるで怒られた子供のようにうつむき黙り込んでしまった。が、少しして何かを決意したように静かに口を開いた。
「ぼくは……、ずっと、ずっと生きたかった……。生きて、キミという女性と一緒に生きたかった。でも、それももう無理だ。だから……」
口を閉ざす村山ーーその目から涙が零れ落ちる。祐太朗は何もいわずに村山が話し出すのを待った。が、村山は嗚咽を漏らすばかりで何もいえないでいる。
「ごめん……」
無念と共にやっと吐き出されたそのことばと彼の意思を継ぐように、祐太朗は美香に向き合い、
「ぼくは、ずっとキミと生きたかった。でも、それももう叶わない。だから、キミはキミの人生を生きて欲しい」
村山はハッとした。祐太朗は更に続ける、
「今日、キミがここに来てくれて、ぼくは本当に嬉しかった。一年前、ふたり一緒に並んで見るつもりでいたクリスマスツリーを、ちょっと可笑しなシチュエーションではあるけれどふたりで見ることができて、ぼくは本当に幸せだ。ぼくは本当に幸せな人生を生きられたんだ。でも、いつまでも過去を引き摺っていてはいけない。キミはキミの人生を生きなければならない。ぼくのことを忘れろといってもすぐには無理だと思う。でも、そんなぼくのことを忘れさせてくれるようなステキな人に出会えることを祈ってる。だから、キミはキミの幸せを掴んで欲しい。でないと、心配で成仏できない」
呆然とする村山に対し、美香は感情を崩壊させ、声を上げて泣き出した。祐太朗の胸に額を押しつけ涙を流した。が、祐太朗は彼女の背中に手を回そうとはしなかった。ただ、視線を落として、何かを想うようにただただ立ち竦んでいるだけだった。
「……ありがとう。この一年、ずっと辛かった……。何度も死のうと思った。でも、できなかった……! それで充のことを愛していなかったんじゃないかって何度も自分を責めた。新しい人生を歩もうにも、それが充を裏切ることになるんじゃないかってーー」
「……キミが死ぬ必要なんかない。ただ、そう思う気持ちはわかる。でも、キミは生き続けなればならない。でないと、ぼくの気持ちも浮かばれない。だから、自分を責めなくていい。キミが幸せになることはぼくへの裏切りじゃない。だから、キミはキミの人生を生きて幸せになって欲しいーーだとさ」
祐太朗が話し終えると、村山はひと筋の涙をツーッと流し、
「祐太朗さん……、ありがとう……」
祐太朗は静かに啜り泣く村山の横顔を眺めた。悲しき幽霊の表情は、生きた人間よりも人間らしかった。
「祐太朗さん……いきましょう……。ぼくは……、もうーー」
そういった次の瞬間には、村山の姿は消えていた。彼の人生の悔いがすべて浄化されたのだろう。祐太朗は奥歯をグッと噛み締め、そして大きく息を吐いた。
「ひとつ、訊きたいことがあるんだ」
美香は祐太朗を見上げたーー
話を終えると、祐太朗は美香と別れ、五村のストリートをひとり孤独に歩いた。スマホを確認する。時間は夜の九時を回っている。詩織からのメッセージと電話が何件も来ていた。祐太朗はやや上を仰ぎつつ、大きく息をついて歩幅を大きく広げた。
「祐太朗さん、だよね?」
足を止め、うしろを振り返ると、そこにはアッシュヘアのネコみたいな女がいた。背が高く、コートを着ていても胸が大きいのは一目瞭然だった。
「そうだけど、誰だ?」
「はは、やっぱりご挨拶な人」
そのひとことで祐太朗はピンと来たようで、
「もしかして、武井か?」
武井はコクリと頷いた。
「気になって来ちゃったよ。上手くやったみたいだね。でも、弓永くんの頼みだなんて、アレ、ウソでしょ? アナタ一体何者なの?」
目許に微笑を浮かべて武井は訊ねた。
「いや、まぁ、それはーー」
スマホが振動した。弓永からだった。祐太朗は思わず笑って見せた。
「どうしたの?」
「クソ野郎からだ」
「あぁ」
「アンタも話すか?」
「んー、いいの?」
「別に大した話じゃない」
「そ、なら」
祐太朗はスピーカーフォンを起動し、電話に出、武井と目を見合せた。
「よぉ、穀潰し。遅くなって悪いな。やっと面倒が済んだぜ。それよりーー」
「誰が穀潰しなの?」武井がいった。
「あ?……もしかして、武井か?」
「お久しぶり、弓永くん」
「な、何でお前が……ッ? いや、そんなことはいい、祐太朗、聴いてるか?」
「聴いてるぜ、悪徳警官」祐太朗は笑みをこぼしつついった。
「な!……まぁ、いい。それより中森美香の住まいのことだがーー」
「それならもう解決した」
「あ?」
「そこにいるネコ目の探偵が色々手配してくれたお陰で、何とかな」
武井はスピーカーに漏れ出さないように微笑した。
「……何だよ。今回はおれの出番はなしか」
「そうみたいだな」
「久しぶりにお前と組んでの仕事でーーまぁ、そこはいいか。そんなことより、詩織さん、滅茶苦茶怒ってるみたいだぜ。さっさと帰ってやんな。おれもすぐにいくわ。じゃあ、また」
「もしかして、これから彼女とデート?」
電話が切れると、武井は訊ねた。
「いや。妹とクリスマスイブのパーティーをすることになってたんだが、大遅刻だ。情報をくれたお礼といっちゃ難だが、よかったらアンタも来ないか? 弓永も来ることになってる 」
「へぇ、パーティね。でも、残念だけど、これから協力してくれた人たちにお礼したりしなきゃ。また何かあったら誘ってよ。アナタの職業とか、気になることもたくさんあるしね」
「その話はいずれしてやるさ。まぁ、でも仕方ないな。今日は本当に助かった。ありがとう」
祐太朗は右手を差し出した。武井は目許に微笑を浮かべて手袋を外すと、祐太朗の右手をがっちりと握っていった。
「たまにはこういう仕事もいいかもね。まぁ、お互い五村に住んでれば、またいつか会うかもしれないね。じゃ、またね、祐太朗さん。うちのワガママ上司をよろしくね」
祐太朗と武井は、握手をしながら熱い視線を交わした後、ネオン煌めく五村のストリートをふた手に別れて互いに遠ざかっていった。
ストリートに冷たい風が吹いた。
【最終幕へ続く】