【藪医者放浪記~拾四~】

文字数 2,192文字

 炎はいつだって燃え盛り、最後には燃え尽きて消え去ってしまうモノだ。

 ただ、それは炎だけに限った話ではない。人の世においても同じことがいえる。

 人には、その人にとって最も隆盛を極める瞬間というのがある。それから先は少しずつ下降していき、死とともにすべては終わりを迎える。

 ただ、これはあくまでいい場合の話だ。

 他に例えるなら、ウソをついて、更に保身のためにウソを重ね、重ね、その果てにすべてがバレて身を滅ぼすということがある。

 いってしまえば、これは悪行を重ねて私腹を肥やしたはいいが、その果てに破滅してしまうこととなんら変わりはない。

 と、そんな男がここにもひとり……。

 茂作はガッチガチに固くなった表情のまま肩身を狭そうにしている。その目に映るは、松平天馬とその娘、お咲。そして、横を見ると女房のお涼が何処か不機嫌そうにしている。

「では、先生。早速お咲を見て……」

「イヤだね」

 お涼が松平天馬のことばを遮って断言する。と、辺りがどよめく。天馬はもちろん、旦那の茂作は顔を青くし、口から心臓が飛び出てしまいそうな表情をしている。

「何でわたしがそんなことしなきゃならないんだい!」ハッキリといい切ってしまう。

「こら、止めないか」

 茂作は何とかして女房の暴走を食い止めようとする。天馬は困惑しつつ、

「奥様、イヤだ、と申されますが……、何かご不満でも……?」

「不満? 逆に何に満足するっていうんだい。大体ね。アンタたち、この人を医者だ医者だっていってるけどねぇ、この人は……」

 茂作はお涼の口を塞ぎ、愛想笑いを浮かべながら天馬たちのほうを見て、

「あの、ちょっとだけよろしいでしょうか。女房を説得しますモノで」

「うん……、お願い申す」天馬は雲行きの怪しい展開に思わず、声を潜める。

 が、そんなことはお構いなしといわんばかりに茂作はお涼を引っ張って部屋の外まで行き、縁側の端まで連れて行く。その間もお涼は何とか抵抗し、爪を立てたり茂作の手を噛んだりするが、茂作はその痛みにも負けじと彼女を引っ張っていく。そして、茂作がお涼を放すと、お涼は軽く咳き込んで、

「何するんだい!?」

「しっ!」茂作は人差し指を口の前にかざす。「静かにしねぇか!」

「何で」

「何ででもだ!」

「ワケがわからない。大体アンタ、どういうこと。何でアンタが医者になってんの?」

 このひとことで茂作は目を見開き、口許をわななかせたが、最後の理性を働かせたのか、可能な限り声を殺していう。

「おめぇがあのデカブツに、おれが医者だって変なウソをついたからじゃねぇか……ッ!」

 そう。元はといえばそうだ。こうなった原因は間違いなくお涼が、犬吉のことばに便乗して茂作が医者の大藪順庵であるというウソをついたことにある。

「何いってんだぃ! 元はといえば、アンタが変なウソをついて、それを誤魔化さんとして川越に旅行に来なければこうはなってなかったんだよッ! わかってんのかいッ!」

 茂作は口をわななかせる。お涼のいい分にも間違いはない。というか、事実、茂作が変な気を起こさなければ、こうなることは間違いなくなかったといえるだろう。だからこそ、茂作は茂作で反論出来ない。

 まぁ、そもそもこの話は何も茂作とお涼だけが悪いワケではない。犬吉が部屋を間違えたということも、大切な仕事を犬吉に振ってしまった松平天馬、そして犬吉をひとりで行かせてしまった猿田源之助にも責任は間違いなくある。

「……うるせぇ」茂作は呟く。「おれにだって、少しは見栄があったんだ……」

「見栄? そんなの、ない袖を振るうようなモンじゃないか」

「おめぇのいう通りかもしれねぇ……ッ! でも、今は何とかしなきゃ、おれたちは殺……」

「あれぇ、どうかなされたんですかぃ?」

 突然、声を掛けられて茂作はビクッと震え、ゆっくりと振り返る。と、そこにいたのは紺色の着物に黒袴、金属の髪留めで総髪をうしろに撫で付けた男が立っている。

 そう、猿田源之助である。

「あぁ、順庵先生でいらっしゃいますよね?この度はありがたき……」

「だから、わたしたちは……」茂作はお涼が反論しようとするのを妨げる。「……何で?」

「……実は医者じゃないってわかったら殺されるかもしれねぇんだ」

「えッ!?」

「治療できねぇっていっても多分そうなる」

「そんな……、どうすんだよ、アンタ」

「でも、上手くいけば褒美を貰える。だから、お願いだ。手伝ってくれねぇか?」

「褒美、って……?」

「そりゃ、決まってるだろ。美味いモンに切り餅がいっぱいだよ」

「美味いモンに切り餅がいっぱい……」お涼の顔がだらしなく垂れ下がる。「アンタ! いいじゃない! わたしも手伝うからさ! この際だ、その治療てヤツを何とか誤魔化しちゃって、美味いモンに切り餅頂いちゃおうよ!」

 茂作は困惑する。やはり、この旦那あってのこの女房である。底抜けに単純というか、強欲というか。何処か感覚が可笑しいというか。

「そうと決まったら、さっさと戻るよッ!」

 お涼は猿田に軽く会釈し、急ぎ足で天馬の待つ部屋へと戻って行く。茂作はそんな女房の背を見送り、呆然としている。

「どうか、なされたんで?」と猿田。

「あぁッ! いえ、何でも!」

 そういって茂作も戻って行く。そんな茂作の姿に、猿田源之助は首を傾げる。

「あの人……」

 【続く】
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み