【武者震いする肩に手を置いて】
文字数 2,814文字
アナタはどういう人ですか?と問われたら何て答えるだろうか。
まぁ、それは個人個人で変わってくると思うのだけど、こう訊いた時に「真面目ですッ!」とか「しっかりモノですッ!」とかいうヤツはシンプルに信用できない。
というのも、自分で自分をポジティブなイメージで形容してしまうヤツは、そうでないことが殆どだからだ。
まぁ、これが「こういうスタンスでいようと心掛けている」とかならまた違って、なるほどと思うのだ。それなら、その人がどういうスタンスで人生を送ろうとしているか何となくわかるからな。
あるいは、「良いところをいうけど、ちゃんと弱点を把握して伝えることができる」というのも信用ができる条件のひとつだと思う。
人は案外、自分の弱点をしっかりと把握して自分の口で他人に伝えることができない。
それは弱点を伝えることで不利益を生みかねないと考える人もいるし、そもそも弱点を把握していないってこともあるからだ。
ただ、相手さえちゃんと見極めれば、自分の弱点を伝えることは逆に相手に対していい印象を与えることになる。だからこそ、信頼できる相手には自分の弱点を隠すのではなく、さらけ出してしまったほうが、今後の関係性も含めて、何かと有利になるワケだ。
では、かくいうおれはどうなのかというと、「過去の自分が欲していた誰かのようにあろうと心掛けている」ワケだ。
ちょっとわかりづらいかもしれないけれど、これはどういうことかというとーー
しんどい時に何もいわず、ただ話を聴き、サポートしてくれる人ということだ。
当然、無条件で人に優しくするつもりはない。だけど、好感の持てる人物で困っている人がいるなら、可能な限りサポートしようと思っている。理由は、昔の自分にはそういう人がいなかったからだ。まぁ、いたのかもしれないけど、追い詰められていた当時の視野の狭さじゃ、そこまで目が向いていなかったしな。
とはいえ、五村西の人たちには随分とお世話になったワケで、そこは普通に感謝してはいるけど、それはまた別の話。
さて、おれという人間は基本的に「無能なドチンピラ」なのだけど、スタンスとしては、「過去の自分が欲していた誰か」のようにありたいと思っているワケだ。そして、それが現実になれば、ある意味過去の自分に対する鎮魂になるような気がするのだ。
さて、『遠征芝居篇』の第十二回である。長いねぇ。あらすじーー
「本番初日の午前中。五条氏はデュオニソスのメンバーと共に会場となる喫茶店に入った。会場の仕込みはウタゲの皆さんで既に終えられており、デュオニソスのメンバーはそのままゲネプロの準備に入った。ゲネプロはいい感じに終了。だが、トラブルは起きた。森ちゃんが緊張にやられて吐いてしまったのだ。不穏な空気が漂う中、五条氏はーー」
こんな感じか。というワケで、やってくーー
「あぁ、そうなの」おれはあっけらかんといった。
まぁ、空気の読めない感じのいい分に、よっしーもゆうこもドン引きだったんじゃないかと思うのだけど、正直、森ちゃんが吐いたからといって、おれには何も不安はなかった。
誰だって緊張することはある。おれだって人から見たら緊張しているようには見えない人種らしいのだけど、おれだって緊張はする。
緊張は伝染する。不安も同様に伝染していく。だからこそ、みんながみんな不安になってしまえば、グループのモチベーション自体が下がってしまう。そんなことは、これまで色んな場で何度となくリーダーを務めて来た経験の中でよくわかっていた。
確かにおれはリーダーには向かない。だが、リーダーをサポートすることならできる。そんなおれにできることは、グループ全体に不安を行き渡らせないためにも、余裕な感じの振る舞いをすることだけだった。
森ちゃんが緊張で吐いたからといって何だというのだ。これまで三度、共に芝居を作ってきて、大変な状況にあろうとも、しっかりと役割をまっとうして来た彼が、この程度のことでダメになるワケがない。
ここで不安になるのは、彼というリーダーを信用していないことになるーーおれはそう思っていた。そう書くと、潜在的な部分で不安だったのではとも思われるかもしれないけど、おれには不安なんかまったくなかった。
おれは森ちゃんの肩に手を掛けた。
「心配すんな。何かあればサポートする」
伝えることはそれだけで充分だった。余計なことばはいらない。ただ、今は時が来るのを待つばかりだ。
そして、昼過ぎ。初回の公演の時間が来た。まずは全員での挨拶から入るのだけど、その時も森ちゃんはナーバスになっており、よっしーはそんな森ちゃんを心配し、ゆうこはどうしていいのかわからないような状態になっていた。おれは相変わらずあっけらかんとしていた。
全体挨拶が始まる。オーディエンスの前に立ち、会は進行していく。森ちゃんは見た感じでは何の問題もなく、デュオニソス側の紹介を終え、全体挨拶を終えた。
挨拶が終わると、そのままウタゲの芝居に移る。デュオニソスのメンバーは四人で二階の待合室へと移った。
まるで処刑までのモラトリアム。重苦しい空気が流れている。やはり、女性陣は森ちゃんが心配で仕方ないのだろう。
「まぁ、そんなに思い詰めるなって。なるようにしかならないんだ。やれることだけ、しっかりとやっていこうぜ」
小声で森ちゃんにそう伝えた。森ちゃんは、
「そうですね……」
とひとこと。やはり、緊張しているらしい。おれ自身も緊張はしていたが、自分でもいった通り、なるようにしかならないのだ。ただ、自分にできることだけをやればいい。
時間はあっという間。ウタゲのみんなが芝居を終えて二階へ上がってきた。気分は高揚し、それぞれのメンバーとハイタッチして、おれたちも準備に取り掛かる。
おれと森ちゃんとゆうこは喫茶店入り口側でスタンバイ。入り口のドアに嵌め込まれたガラスから中の様子が覗けた。食事するオーディエンス。和やかな雰囲気。それとは裏腹に、おれも森ちゃんも緊張していた。だが、おれはあくまで森ちゃんに「心配はいらない」と声を掛け続けた。そうすることで、自分自身にもそういい聞かせているようだった。
とはいえ、追い詰められた雰囲気の中でこそ、人に優しくすることで、自分にも余裕は生まれる。緊張も緩和される。
結果として、この策は成功した。おれは緊張しつつも、自分の中にどこか余裕を見いだしていた。
オーディエンスの食事の時間が終了し、観劇の時間となった。ゆうこが店内に入って芝居を始めた。賽は投げられたーー
「さて、やりますか」森ちゃんにそう声を掛けた。「よろしくな」
森ちゃんに手を差し出し、互いに握手を交わし、頷いた。手を放し、森ちゃんが喫茶店の表扉を開け閉めしたーー冬樹登場の切っ掛けだ。
おれは大きく息をつき、目を見開いて、店内へと続く最後のドアに手を掛けたーー
【続く】
まぁ、それは個人個人で変わってくると思うのだけど、こう訊いた時に「真面目ですッ!」とか「しっかりモノですッ!」とかいうヤツはシンプルに信用できない。
というのも、自分で自分をポジティブなイメージで形容してしまうヤツは、そうでないことが殆どだからだ。
まぁ、これが「こういうスタンスでいようと心掛けている」とかならまた違って、なるほどと思うのだ。それなら、その人がどういうスタンスで人生を送ろうとしているか何となくわかるからな。
あるいは、「良いところをいうけど、ちゃんと弱点を把握して伝えることができる」というのも信用ができる条件のひとつだと思う。
人は案外、自分の弱点をしっかりと把握して自分の口で他人に伝えることができない。
それは弱点を伝えることで不利益を生みかねないと考える人もいるし、そもそも弱点を把握していないってこともあるからだ。
ただ、相手さえちゃんと見極めれば、自分の弱点を伝えることは逆に相手に対していい印象を与えることになる。だからこそ、信頼できる相手には自分の弱点を隠すのではなく、さらけ出してしまったほうが、今後の関係性も含めて、何かと有利になるワケだ。
では、かくいうおれはどうなのかというと、「過去の自分が欲していた誰かのようにあろうと心掛けている」ワケだ。
ちょっとわかりづらいかもしれないけれど、これはどういうことかというとーー
しんどい時に何もいわず、ただ話を聴き、サポートしてくれる人ということだ。
当然、無条件で人に優しくするつもりはない。だけど、好感の持てる人物で困っている人がいるなら、可能な限りサポートしようと思っている。理由は、昔の自分にはそういう人がいなかったからだ。まぁ、いたのかもしれないけど、追い詰められていた当時の視野の狭さじゃ、そこまで目が向いていなかったしな。
とはいえ、五村西の人たちには随分とお世話になったワケで、そこは普通に感謝してはいるけど、それはまた別の話。
さて、おれという人間は基本的に「無能なドチンピラ」なのだけど、スタンスとしては、「過去の自分が欲していた誰か」のようにありたいと思っているワケだ。そして、それが現実になれば、ある意味過去の自分に対する鎮魂になるような気がするのだ。
さて、『遠征芝居篇』の第十二回である。長いねぇ。あらすじーー
「本番初日の午前中。五条氏はデュオニソスのメンバーと共に会場となる喫茶店に入った。会場の仕込みはウタゲの皆さんで既に終えられており、デュオニソスのメンバーはそのままゲネプロの準備に入った。ゲネプロはいい感じに終了。だが、トラブルは起きた。森ちゃんが緊張にやられて吐いてしまったのだ。不穏な空気が漂う中、五条氏はーー」
こんな感じか。というワケで、やってくーー
「あぁ、そうなの」おれはあっけらかんといった。
まぁ、空気の読めない感じのいい分に、よっしーもゆうこもドン引きだったんじゃないかと思うのだけど、正直、森ちゃんが吐いたからといって、おれには何も不安はなかった。
誰だって緊張することはある。おれだって人から見たら緊張しているようには見えない人種らしいのだけど、おれだって緊張はする。
緊張は伝染する。不安も同様に伝染していく。だからこそ、みんながみんな不安になってしまえば、グループのモチベーション自体が下がってしまう。そんなことは、これまで色んな場で何度となくリーダーを務めて来た経験の中でよくわかっていた。
確かにおれはリーダーには向かない。だが、リーダーをサポートすることならできる。そんなおれにできることは、グループ全体に不安を行き渡らせないためにも、余裕な感じの振る舞いをすることだけだった。
森ちゃんが緊張で吐いたからといって何だというのだ。これまで三度、共に芝居を作ってきて、大変な状況にあろうとも、しっかりと役割をまっとうして来た彼が、この程度のことでダメになるワケがない。
ここで不安になるのは、彼というリーダーを信用していないことになるーーおれはそう思っていた。そう書くと、潜在的な部分で不安だったのではとも思われるかもしれないけど、おれには不安なんかまったくなかった。
おれは森ちゃんの肩に手を掛けた。
「心配すんな。何かあればサポートする」
伝えることはそれだけで充分だった。余計なことばはいらない。ただ、今は時が来るのを待つばかりだ。
そして、昼過ぎ。初回の公演の時間が来た。まずは全員での挨拶から入るのだけど、その時も森ちゃんはナーバスになっており、よっしーはそんな森ちゃんを心配し、ゆうこはどうしていいのかわからないような状態になっていた。おれは相変わらずあっけらかんとしていた。
全体挨拶が始まる。オーディエンスの前に立ち、会は進行していく。森ちゃんは見た感じでは何の問題もなく、デュオニソス側の紹介を終え、全体挨拶を終えた。
挨拶が終わると、そのままウタゲの芝居に移る。デュオニソスのメンバーは四人で二階の待合室へと移った。
まるで処刑までのモラトリアム。重苦しい空気が流れている。やはり、女性陣は森ちゃんが心配で仕方ないのだろう。
「まぁ、そんなに思い詰めるなって。なるようにしかならないんだ。やれることだけ、しっかりとやっていこうぜ」
小声で森ちゃんにそう伝えた。森ちゃんは、
「そうですね……」
とひとこと。やはり、緊張しているらしい。おれ自身も緊張はしていたが、自分でもいった通り、なるようにしかならないのだ。ただ、自分にできることだけをやればいい。
時間はあっという間。ウタゲのみんなが芝居を終えて二階へ上がってきた。気分は高揚し、それぞれのメンバーとハイタッチして、おれたちも準備に取り掛かる。
おれと森ちゃんとゆうこは喫茶店入り口側でスタンバイ。入り口のドアに嵌め込まれたガラスから中の様子が覗けた。食事するオーディエンス。和やかな雰囲気。それとは裏腹に、おれも森ちゃんも緊張していた。だが、おれはあくまで森ちゃんに「心配はいらない」と声を掛け続けた。そうすることで、自分自身にもそういい聞かせているようだった。
とはいえ、追い詰められた雰囲気の中でこそ、人に優しくすることで、自分にも余裕は生まれる。緊張も緩和される。
結果として、この策は成功した。おれは緊張しつつも、自分の中にどこか余裕を見いだしていた。
オーディエンスの食事の時間が終了し、観劇の時間となった。ゆうこが店内に入って芝居を始めた。賽は投げられたーー
「さて、やりますか」森ちゃんにそう声を掛けた。「よろしくな」
森ちゃんに手を差し出し、互いに握手を交わし、頷いた。手を放し、森ちゃんが喫茶店の表扉を開け閉めしたーー冬樹登場の切っ掛けだ。
おれは大きく息をつき、目を見開いて、店内へと続く最後のドアに手を掛けたーー
【続く】