【冷たい墓石で鬼は泣く~弐拾伍~】
文字数 1,301文字
冷たい風がびゅうと吹いた。
だが、その寒風が洞穴の中に届くことはない。雪中とは思えないような暖かさがわたしたちを包み込んでいた。
「そうでしたか......」助蔵が呟いた。「大変でしたね......」
わたしは自分の過去を飲み込むように頷いた。だが、飲み込み切れるワケがない。あれは所詮始まりに過ぎなかった。わたしにとって反逆の始まりでしかなかった。
沈黙が冷気のように漂った。わたしは助蔵の様子を伺った。助蔵は何処か浮かない様子。笠を被っているのも理由のひとつだったかもしれないが、それだけではないことも明らかだった。わたしはいいワケがましく微笑した。
「まぁ、そんなこともあって気づけば雪の中でさ迷うことになったワケです」
ちょっと空気を和ませようとした、といえば聞こえはいいだろう。だが、助蔵の表情は見ずとも暗いのはわかった。その肩が落ちきっているのが、何よりの証拠だった。笑い話のようにしようとした自分がバカだったと思う。だが、そうするしかなかった。
耐えがたい空気感に風穴を開けるように、わたしは口を開いた。
「助蔵殿はどうして今のような旅をなされているのです?」
それはやはり気になることだった。そもそも顔に火傷を作り、それを笠で隠しながら渡世人のような姿で旅をするというのは、よほどのことがあったのだろう。もちろん、ヤクザ絡みの一件で、たまたま負った火傷なのかもしれないが、どういうワケかわたしは助蔵の生い立ちというか、ここまでに至る経緯が気になって仕方なかった。
「わたしも色々とありました」助蔵はいった。「奇遇なことにわたしも寅三郎殿のように旗本の出だったんです」
旗本の出だったと聞いて特に驚きはしなかった。というのは、格好とは裏腹に何処か気品のある立ち振舞いをしていたからだ。これはある程度いい家の出でなければ再現出来るモノではないだろう。
「そうでしたか。考えてみたら、助蔵殿は香取の剣の使い手でしたね。やはり御家のほうもそちらなのですか?」
わたしの質問に、助蔵は少し沈黙した。あまり訊かれたくない話題だったのだろうか。それとも、どう話すべきか吟味しているのだろうか。いずれにしても、重い空気であったことに違いはなかった。
「......えぇ」嘔吐するように助蔵はいった。「確かに、そちらのほうです」
わたしはどうするべきか困ってしまった。これ以上質問をしていいモノだろうか。よほど苦しく、今でも話すには余裕が持てないような内容なのだろうか。そうなればなるほどに、わたしの好奇心は膨らんでいった。そしてわたしは、ガマンの出来ない子供のように更に口を開いた。
「ご兄弟は、いらしたのですか?」
やはり助蔵は即答しなかった。これは結構重い事情がありそうだ。
「寅三郎殿」助蔵は微かに吹く風のようにささやかな声でいった。「その話は後で必ず致します。約束します。ですが、今はお主が御家を離れてからのことが気になってしまって。もしよろしければ、続きを聴かせて頂けないでしょうか?」
不公平ーーそんな気もしたが、確かにまだ話半分かもしれない。わたしは、そうですねと呟き、話し始める間を取った。
【続く】
だが、その寒風が洞穴の中に届くことはない。雪中とは思えないような暖かさがわたしたちを包み込んでいた。
「そうでしたか......」助蔵が呟いた。「大変でしたね......」
わたしは自分の過去を飲み込むように頷いた。だが、飲み込み切れるワケがない。あれは所詮始まりに過ぎなかった。わたしにとって反逆の始まりでしかなかった。
沈黙が冷気のように漂った。わたしは助蔵の様子を伺った。助蔵は何処か浮かない様子。笠を被っているのも理由のひとつだったかもしれないが、それだけではないことも明らかだった。わたしはいいワケがましく微笑した。
「まぁ、そんなこともあって気づけば雪の中でさ迷うことになったワケです」
ちょっと空気を和ませようとした、といえば聞こえはいいだろう。だが、助蔵の表情は見ずとも暗いのはわかった。その肩が落ちきっているのが、何よりの証拠だった。笑い話のようにしようとした自分がバカだったと思う。だが、そうするしかなかった。
耐えがたい空気感に風穴を開けるように、わたしは口を開いた。
「助蔵殿はどうして今のような旅をなされているのです?」
それはやはり気になることだった。そもそも顔に火傷を作り、それを笠で隠しながら渡世人のような姿で旅をするというのは、よほどのことがあったのだろう。もちろん、ヤクザ絡みの一件で、たまたま負った火傷なのかもしれないが、どういうワケかわたしは助蔵の生い立ちというか、ここまでに至る経緯が気になって仕方なかった。
「わたしも色々とありました」助蔵はいった。「奇遇なことにわたしも寅三郎殿のように旗本の出だったんです」
旗本の出だったと聞いて特に驚きはしなかった。というのは、格好とは裏腹に何処か気品のある立ち振舞いをしていたからだ。これはある程度いい家の出でなければ再現出来るモノではないだろう。
「そうでしたか。考えてみたら、助蔵殿は香取の剣の使い手でしたね。やはり御家のほうもそちらなのですか?」
わたしの質問に、助蔵は少し沈黙した。あまり訊かれたくない話題だったのだろうか。それとも、どう話すべきか吟味しているのだろうか。いずれにしても、重い空気であったことに違いはなかった。
「......えぇ」嘔吐するように助蔵はいった。「確かに、そちらのほうです」
わたしはどうするべきか困ってしまった。これ以上質問をしていいモノだろうか。よほど苦しく、今でも話すには余裕が持てないような内容なのだろうか。そうなればなるほどに、わたしの好奇心は膨らんでいった。そしてわたしは、ガマンの出来ない子供のように更に口を開いた。
「ご兄弟は、いらしたのですか?」
やはり助蔵は即答しなかった。これは結構重い事情がありそうだ。
「寅三郎殿」助蔵は微かに吹く風のようにささやかな声でいった。「その話は後で必ず致します。約束します。ですが、今はお主が御家を離れてからのことが気になってしまって。もしよろしければ、続きを聴かせて頂けないでしょうか?」
不公平ーーそんな気もしたが、確かにまだ話半分かもしれない。わたしは、そうですねと呟き、話し始める間を取った。
【続く】