【ナナフシギ~睦拾睦~】
文字数 1,127文字
普段見せない感情や一面というのは、それが表になっただけで強い印象を残す。
例えば普段温厚な人が怒り狂えば、それだけでもかなり印象的で、逆に普段怒ってばかりいる人がふとした瞬間に優しさを見せると、とてつもなくいい印象となるのはいうまでもない。所謂、ヤンキードラマにありがちな『突っ張ってるけど、本当はいいヤツ』的な現象である。
石川先生が声を荒げることなど未だかつて弓永も森永も見たことはなかった。石川先生は基本的に温厚で、どちらかといえば生徒から親しまれ、声を荒げるというよりかは諭すようにして生徒を導くタイプの教員だった。故にバカにされることも少なくはなく、同じ教員からもいびられることはゼロではなかったが、そんな石川先生が好きな生徒が多かったのもまた事実だった。そして、それは弓永と森永も例外ではなかった。
石川先生は興奮しているようだった。肩を上下させながら荒々しく呼吸していた。目は大きく見開かれ、その瞳孔にはふたりの生徒の姿がくっきりと映っていた。困惑気味になりながらも薄ら笑いを浮かべながら森永はいった。
「......先生ぇ、どうしたんだよ?」
「どうしたじゃないよ。このままじゃみんな帰れなくなっちゃうんだよ? キミたちはそれでもいいの? キミたちには帰る場所があるんでしょ? だったらこんなところで諦めちゃダメだよ!」
弓永と森永はお互いに顔を見合わせた。その表情は、目の前にいるのが本当に石川先生なのかを確認し合うような様子だった。
「返事は?」
石川先生が訊ねると弓永と森永はコクりと頷いた。殆ど石川先生の勢いに押された形ではあったが、弓永もその調子を取り戻したのかニヤリと笑って見せるといった。
「誰が諦めるかってんだよ。こんなワケのわからねえところに閉じ込められて神隠しされるなんて冗談じゃないね」
森永はエッという表情を浮かべ、すぐには返事をしなかった。石川先生に、どうするのかと訊かれると森永は顔を叛けてしまった。
「どうするんだよ、このままこのワケのわからねえ場所に取り残されて消えるのか?」
弓永が訊ねても森永は何も答えなかったーーというより、答えられなかったのかもしれなかった。身体はブルブルと震え、まともに行動出来るような状況ではなかった。
と、そこで森永の目の前に手が差しのべられた。石川先生の手だった。さっきまでの厳しい表情は和らぎ、とても優しい顔をしていた。
「あと少しだよ、行こう? ね?」
森永は石川先生の顔を見つめ、それから石川先生の手を見ると、ゆっくりとその手を掴んで立ち上がった。まるで生まれたての小鹿のようだった。石川先生は更に柔和な笑みを浮かべていったーー
「頑張ろう? 大丈夫、先生が一緒だから」
【続く】
例えば普段温厚な人が怒り狂えば、それだけでもかなり印象的で、逆に普段怒ってばかりいる人がふとした瞬間に優しさを見せると、とてつもなくいい印象となるのはいうまでもない。所謂、ヤンキードラマにありがちな『突っ張ってるけど、本当はいいヤツ』的な現象である。
石川先生が声を荒げることなど未だかつて弓永も森永も見たことはなかった。石川先生は基本的に温厚で、どちらかといえば生徒から親しまれ、声を荒げるというよりかは諭すようにして生徒を導くタイプの教員だった。故にバカにされることも少なくはなく、同じ教員からもいびられることはゼロではなかったが、そんな石川先生が好きな生徒が多かったのもまた事実だった。そして、それは弓永と森永も例外ではなかった。
石川先生は興奮しているようだった。肩を上下させながら荒々しく呼吸していた。目は大きく見開かれ、その瞳孔にはふたりの生徒の姿がくっきりと映っていた。困惑気味になりながらも薄ら笑いを浮かべながら森永はいった。
「......先生ぇ、どうしたんだよ?」
「どうしたじゃないよ。このままじゃみんな帰れなくなっちゃうんだよ? キミたちはそれでもいいの? キミたちには帰る場所があるんでしょ? だったらこんなところで諦めちゃダメだよ!」
弓永と森永はお互いに顔を見合わせた。その表情は、目の前にいるのが本当に石川先生なのかを確認し合うような様子だった。
「返事は?」
石川先生が訊ねると弓永と森永はコクりと頷いた。殆ど石川先生の勢いに押された形ではあったが、弓永もその調子を取り戻したのかニヤリと笑って見せるといった。
「誰が諦めるかってんだよ。こんなワケのわからねえところに閉じ込められて神隠しされるなんて冗談じゃないね」
森永はエッという表情を浮かべ、すぐには返事をしなかった。石川先生に、どうするのかと訊かれると森永は顔を叛けてしまった。
「どうするんだよ、このままこのワケのわからねえ場所に取り残されて消えるのか?」
弓永が訊ねても森永は何も答えなかったーーというより、答えられなかったのかもしれなかった。身体はブルブルと震え、まともに行動出来るような状況ではなかった。
と、そこで森永の目の前に手が差しのべられた。石川先生の手だった。さっきまでの厳しい表情は和らぎ、とても優しい顔をしていた。
「あと少しだよ、行こう? ね?」
森永は石川先生の顔を見つめ、それから石川先生の手を見ると、ゆっくりとその手を掴んで立ち上がった。まるで生まれたての小鹿のようだった。石川先生は更に柔和な笑みを浮かべていったーー
「頑張ろう? 大丈夫、先生が一緒だから」
【続く】