【冷たい墓石で鬼は泣く~参拾~】
文字数 1,152文字
理解できなかった。
というより、頭が理解することを拒んでいるようだった。わたしがヤクザの用心棒をしている?ーー一体どういうことだ。わたしは恐る恐る訊ねた。
「あの......、何の話でしょうか?」
「とぼけるのか?」
師範は不快感を声に宿して即答した。それはつまり、わたしがそのような仕事をしていると確信しているからだと考えずともわかってしまった。だが、こころ当たりなどまったくない。そもそもわたしはヤクザ者は嫌いだし、そのような手合と上手くやっていけるとも思っていなかった。
誤解。誤解もいいところだった。わたしは師範に対して初めてことばを返した。
「おことばを返しますが、わたしはそのようなことはしておりません。何かの間違いかと」
「よくもヌケヌケとそのようなことを。わたしも随分と舐められたモノだ」
「わからないモノはわかりません。それとも、何か確証があってのことなのですか?」
自然と自分の声色が強張っているのがわかった。それもそうだろう。あらぬ疑いをかけられて、それを信じて疑わない。いくら師範が相手とはいえ、到底許せる話ではなかった。一度人を疑えば、それだけで弓を引くことになる。そして、その先に待っているのは悲哀と憤怒。関係の崩壊。人のことを疑うのなら、その人との関係が終わるという覚悟を決めなければならない。
師範は腕を組み、強硬な姿勢を貫いていた。断固としてわたしのことばをはねつけんといわんばかりだった。わたしはいい加減苛立ち始めていた。そして、師範に対して本来は有り得ない睨みをきかせた。だが、次に師範の口から飛び出して来たことばは、わたしの想像から大きく外れていた。
「見ておるのだよ。道場生も、そしてわたしも」
ワケがわからなかった。まったくこころ当たりがなかったからだ。しかし、師範からすれば、仮にそれが真実だとすれば道場生の話だけでなく実際に自分で目撃しているのだから、確信を持たないワケがない。
だが、わたしはこの土地に来てからというモノ、そういった手合には一切近づいていない。少なくとも、わたしが知っている限りでは。もしかすると、わたしの知らないところで、誰かヤクザ者と何処かで接触していたのかもしれなかった。でも、何処で。
「どうだね。白状する気にはなったか?」
問い詰めるように師範はいった。白状も何もわたしは知らないのだ。そんなこと、した覚えなど、まったくーー
その時、イヤな予感がした。
まさか、そんな。
「確かに、わたしがヤクザ者と一緒にいたというのですね?」
わたしは念押しするように訊ねた。師範は強硬な姿勢を崩すことなく、そうだと答えた。まさか。いや、そんなことはーー?
「......わかりました」わたしは確信めいた語調でいった。「やはり、わたしではないです」
【続く】
というより、頭が理解することを拒んでいるようだった。わたしがヤクザの用心棒をしている?ーー一体どういうことだ。わたしは恐る恐る訊ねた。
「あの......、何の話でしょうか?」
「とぼけるのか?」
師範は不快感を声に宿して即答した。それはつまり、わたしがそのような仕事をしていると確信しているからだと考えずともわかってしまった。だが、こころ当たりなどまったくない。そもそもわたしはヤクザ者は嫌いだし、そのような手合と上手くやっていけるとも思っていなかった。
誤解。誤解もいいところだった。わたしは師範に対して初めてことばを返した。
「おことばを返しますが、わたしはそのようなことはしておりません。何かの間違いかと」
「よくもヌケヌケとそのようなことを。わたしも随分と舐められたモノだ」
「わからないモノはわかりません。それとも、何か確証があってのことなのですか?」
自然と自分の声色が強張っているのがわかった。それもそうだろう。あらぬ疑いをかけられて、それを信じて疑わない。いくら師範が相手とはいえ、到底許せる話ではなかった。一度人を疑えば、それだけで弓を引くことになる。そして、その先に待っているのは悲哀と憤怒。関係の崩壊。人のことを疑うのなら、その人との関係が終わるという覚悟を決めなければならない。
師範は腕を組み、強硬な姿勢を貫いていた。断固としてわたしのことばをはねつけんといわんばかりだった。わたしはいい加減苛立ち始めていた。そして、師範に対して本来は有り得ない睨みをきかせた。だが、次に師範の口から飛び出して来たことばは、わたしの想像から大きく外れていた。
「見ておるのだよ。道場生も、そしてわたしも」
ワケがわからなかった。まったくこころ当たりがなかったからだ。しかし、師範からすれば、仮にそれが真実だとすれば道場生の話だけでなく実際に自分で目撃しているのだから、確信を持たないワケがない。
だが、わたしはこの土地に来てからというモノ、そういった手合には一切近づいていない。少なくとも、わたしが知っている限りでは。もしかすると、わたしの知らないところで、誰かヤクザ者と何処かで接触していたのかもしれなかった。でも、何処で。
「どうだね。白状する気にはなったか?」
問い詰めるように師範はいった。白状も何もわたしは知らないのだ。そんなこと、した覚えなど、まったくーー
その時、イヤな予感がした。
まさか、そんな。
「確かに、わたしがヤクザ者と一緒にいたというのですね?」
わたしは念押しするように訊ねた。師範は強硬な姿勢を崩すことなく、そうだと答えた。まさか。いや、そんなことはーー?
「......わかりました」わたしは確信めいた語調でいった。「やはり、わたしではないです」
【続く】