【冷たい墓石で鬼は泣く~睦拾玖~】

文字数 1,065文字

 風が立っていた。

 肌寒い風がわたしの皮膚を打った。わたしは袴にぶら下げた革で出来た手裏剣差しに手を伸ばしていた。ゆっくりと、ゆっくりと指が這う蛇のように伸びて行った。

 一気に手裏剣を引き抜いた。投げーー

「おい! 待て! 待ってくれ!」

 と、しげみがガサガサ動いたかと思えばそんな声が飛んできた。わたしは依然として気を張ったまま、その声の主のほうを注視し続けた。しげみの揺れから何かが現れた。

 薄汚い男ーー着物はボロボロで、襦袢は着ていない。この肌寒さを耐えしのぐのに、ボロの布を羽織っていた。頭髪はちゃんと剃ってなどいるはずがなく、月代は中途半端に髪が伸びていて何ともみっともなかった。ヒゲもボサボサで普通の人間とは思えなかった。

 男は品のない笑みを浮かべながらわたしのほうへと大股で近寄って来た。いかにも胡散臭いその見た目は、わたしにいいようのない不快感を与えた。わたしの表情は歪んでいたかもしれない。その証拠に男はいった。

「そんな顔しなさんなって」

 すえた臭い。風呂なんてものにはもう何ヵ月も浸かっていないのだろう。身体も当然洗っていないのは、いうまでもなくわかった。自分の顔の歪みが男の放つ悪臭が原因なのだと理解した。くさすぎる。

「主、風呂にはいつ入った?」

 そう訊ねると男は呆気に取られたような表情を浮かべたと思いきや、突然笑いだした。

「そんなこと覚えちゃいねえな。それに、そんなこと別にいいじゃねえかよ」

 不快感が着物を着て歩いているようなモノだった。それにこのモノいい。下卑たにもほどがあるというか。まるで馬乃助のようなぶっきらぼうさだったが、あの男ですらまだ矜持のようなモノがあるというのに、この男からはそういったモノは何も感じなかった。

「それで、何の用だ」

 自分のことばがとても冷やかだとわかった。早くこの男から離れたい。そういう思いにわたしは支配されていた。だが、にも関わらず男は依然として同じような姿勢だった。

「なぁ、兄さん。モノは相談なんだけどよ」

「銭を寄越せというなら断るぞ。わたしも人に与えられるほど持ってはいないのでな」

「ちっ、つまらねえ」

 男は悪態をついたが、わたしのもとから離れようとはしなかった。

「銭はない。これで用はないだろ?」

 突き放すようにわたしはいった。と、男は慌てたようにいった。

「いやいや、実はそうでもねぇんだ」

 そうでもないとはどういうことか。わたしは微かに腰を落とした。男はそれに気づく様子はまったくなかった。そして、男はーー

「アンタにちょっと頼みたいことがあるんだ」

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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