【帝王霊~死拾参~】
文字数 1,458文字
退屈な日常というのは久しぶりな気がした。
ヤエちゃんが見つかってから変に気の張った日常は去り、いつも通りの日常が戻って来た。一応、弓永警部補から学校側に、以前の事件に関わるトラブルがあったと説明があったようで、ヤエちゃんの処分は厳重注意で済んだらしい。
ヤエちゃんは、相も変わらずどうしようもない人だった。ぼくのことを「好き!」とかいってイチャつこうとしてくるし、男の気配も見えてこない干物感がにおってくるほどだった。だが、それが幸せな日常でもあった。
授業。楽しいかといわれればつまらない授業がぼくの耳を右から左に通りすぎていく。チャイムがなれば喧騒が鳴り響く。ワイワイガヤガヤ。男子も女子も、ぼくの目の前を通りすぎていく。
唐突に話し掛けられる。田宮、和田、いつもの友人たち。ぼくは口許を弛めて彼らの話を聞く。かと思いきや、そこに辻に山路、海野のヤンキー三人がやってくる。ぼくら三人とはまったく逆の存在でありながら、ぼくらと談笑するヤンキーたち。何とも平和な光景だ。
ぼくはそんな取るに足らないような日常が好きだった。でも、今回のヤエちゃんが消えた一件に、五村で男に襲われた一件、ふたつの事件のことがふと頭をよぎるのだ。怖かった、苦しかった。そんな風に思うことはあった。そんな苦しみがぼくの日常に緊張を与えていたのはいうまでもない。
だが、ぼくはこころの何処かで、その緊張感を求めていた。
緊張感がもたらす苦しさを愛していた。
ぼくのこころは乾いている。トラブルを求めている。そんな感じがする。クラス内でのトラブルは出来れば起きて欲しくはないが、刺激を求めている自分がいる。ぼくは生徒たちの群像と喧騒という蜃気楼の真ん中でひとり座っている。
「お前、邪魔なんだよ!」
怒号が蜃気楼を取り払う。ぼくとぼくを取り巻く友人たち、そして蜃気楼を纏ったクラスメイトたちが一斉に声のしたほうへ向く。
野崎がいる。プラス野崎の金魚のフンがふたりほど。そしてその真ん中には困惑する片山さんがいる。
「ごめん......」萎縮する片山さん。
「ごめんじゃねえよ!」金魚のフンが責める。
下らない。理由はわからないが、どうせ片山さんが気にくわないからあんな感じで威圧、萎縮する彼女に対して優越感を感じているのだろう。つまらない。周りはただ傍観するばかり。自分は当事者じゃないから関係ない。或いはニュースで見る殺人事件の被害者に投げ掛ける哀れみのような意味のない同情。最悪なのは、それに混じってにやついているバカもいるということ。
つまらない人生が柱をなすようにぼくの周りに立っている。安全地帯から人垣の中の殴り合いを見ているような連中。ぼくが欲しいのはそんな下らない人生じゃなかった。ぼくが欲しいのはーー
「止めなよ!」春奈が止めに入る。「何でそんなこというの?」
春奈が入って空気が変わる。これがカースト。春奈という優等生のほうが、バカなギャルより正しいのはいうまでもない。自分のない空っぽな連中は、いつだってそうだ。自分のスタンスを他人に任せている。
それが反吐が出るほど不快だった。
「そうだぞ、野崎」
「何が気に入らねえんだよ」
辻と田宮も止めに入る。それに続いて山路と海野。野崎はバツが悪そうに、
「何、みんなして。うざ」
「うざいじゃねえよ」と辻。「何でそんな片山を敵視するんだよ」
「だって、コイツ鈍クサイし、うざいし、キモイし。こんなヤツ死ねば......」
ぼくはいつの間にか立っていた。そして、野崎をぶちのめしていた。
【続く】
ヤエちゃんが見つかってから変に気の張った日常は去り、いつも通りの日常が戻って来た。一応、弓永警部補から学校側に、以前の事件に関わるトラブルがあったと説明があったようで、ヤエちゃんの処分は厳重注意で済んだらしい。
ヤエちゃんは、相も変わらずどうしようもない人だった。ぼくのことを「好き!」とかいってイチャつこうとしてくるし、男の気配も見えてこない干物感がにおってくるほどだった。だが、それが幸せな日常でもあった。
授業。楽しいかといわれればつまらない授業がぼくの耳を右から左に通りすぎていく。チャイムがなれば喧騒が鳴り響く。ワイワイガヤガヤ。男子も女子も、ぼくの目の前を通りすぎていく。
唐突に話し掛けられる。田宮、和田、いつもの友人たち。ぼくは口許を弛めて彼らの話を聞く。かと思いきや、そこに辻に山路、海野のヤンキー三人がやってくる。ぼくら三人とはまったく逆の存在でありながら、ぼくらと談笑するヤンキーたち。何とも平和な光景だ。
ぼくはそんな取るに足らないような日常が好きだった。でも、今回のヤエちゃんが消えた一件に、五村で男に襲われた一件、ふたつの事件のことがふと頭をよぎるのだ。怖かった、苦しかった。そんな風に思うことはあった。そんな苦しみがぼくの日常に緊張を与えていたのはいうまでもない。
だが、ぼくはこころの何処かで、その緊張感を求めていた。
緊張感がもたらす苦しさを愛していた。
ぼくのこころは乾いている。トラブルを求めている。そんな感じがする。クラス内でのトラブルは出来れば起きて欲しくはないが、刺激を求めている自分がいる。ぼくは生徒たちの群像と喧騒という蜃気楼の真ん中でひとり座っている。
「お前、邪魔なんだよ!」
怒号が蜃気楼を取り払う。ぼくとぼくを取り巻く友人たち、そして蜃気楼を纏ったクラスメイトたちが一斉に声のしたほうへ向く。
野崎がいる。プラス野崎の金魚のフンがふたりほど。そしてその真ん中には困惑する片山さんがいる。
「ごめん......」萎縮する片山さん。
「ごめんじゃねえよ!」金魚のフンが責める。
下らない。理由はわからないが、どうせ片山さんが気にくわないからあんな感じで威圧、萎縮する彼女に対して優越感を感じているのだろう。つまらない。周りはただ傍観するばかり。自分は当事者じゃないから関係ない。或いはニュースで見る殺人事件の被害者に投げ掛ける哀れみのような意味のない同情。最悪なのは、それに混じってにやついているバカもいるということ。
つまらない人生が柱をなすようにぼくの周りに立っている。安全地帯から人垣の中の殴り合いを見ているような連中。ぼくが欲しいのはそんな下らない人生じゃなかった。ぼくが欲しいのはーー
「止めなよ!」春奈が止めに入る。「何でそんなこというの?」
春奈が入って空気が変わる。これがカースト。春奈という優等生のほうが、バカなギャルより正しいのはいうまでもない。自分のない空っぽな連中は、いつだってそうだ。自分のスタンスを他人に任せている。
それが反吐が出るほど不快だった。
「そうだぞ、野崎」
「何が気に入らねえんだよ」
辻と田宮も止めに入る。それに続いて山路と海野。野崎はバツが悪そうに、
「何、みんなして。うざ」
「うざいじゃねえよ」と辻。「何でそんな片山を敵視するんだよ」
「だって、コイツ鈍クサイし、うざいし、キモイし。こんなヤツ死ねば......」
ぼくはいつの間にか立っていた。そして、野崎をぶちのめしていた。
【続く】