【冷たい墓石で鬼は泣く~睦拾~】
文字数 1,142文字
結論からいえば話にならなかった。
それも当然だろう。何故ならいくら剣の達人を先生としてつけたところで、自分で稽古することはなく、それどころか達人とわたしをぶつけ合わせるのだから。それで達人が辞めてしまえば、結局得するのは手合わせしたわたしだけで、他の人たちは損しかしない。
これまで藤十郎様は武田の名前に守られて来ただけだった。そう、いい方は悪いが、藤十郎様は武田の名前という武器がなければ何も出来ない人でしかなかったのだ。
「貴様、どうなるかわかってるのか」
地に這いつくばった藤十郎様が、わたしを睨みつけながらいった。
「どうなるか? わかりません」
「貴様は打ち首だぞ」
「打ち首? 何故ですか?」
「わたしをこんな目に遭わせて、どういうことかぐらいわかっているだろう!」
「わかりません」わたしは即答した。「もし仮にお父上のお力でわたしの首を飛ばそうとお考えなら大間違いです。藤十郎様に剣術の稽古をつけることとなったのは、お父上、藤乃助様のお考えですので。わたしが首を斬られる理由はないはずですが」
藤十郎様は歯を食い縛ってこっちを睨みつけて来た。よほど悔しいのだろう。だが、その悔しさが、この御方の場合は悪い方向に向いてしまう。つまり、自分で力をつけてわたしを打ち倒そうとするのではなく、自分の名前に頼ってすべてを解決しようとしてしまうことだ。
しかし、これはわたしもあまり変わらなかった。わたしも牛野の名前に守られていただけだった。馬乃助は牛野の名前とは関係なく自分ですべてを解決してしまうほどの知力と体力があったが、わたしにはなかった。平凡。牛野の名前がなければ、誰も褒めず、誰も寄って来ないようなまるで無色透明のような存在でしかなかったのだ。
だが、皮肉なことに、わたしは牛野の家を飛び出すことで、自分の能力が磨かれ、自分の存在を改めて実感することとなり、そして直参旗本の武田藤乃助様に仕えることとなったのだった。
恐らく、今の藤十郎様に必要なのは、武田の名前でなく、武田の名前を捨てることなのかもしれなかった。
だが、今の藤十郎様にはその意味など決してわからないだろう。そして、下手すれば一生ーー。今のわたしに出来ることは、あの頃の馬乃助の幻影となって、藤十郎様の前に立ちはだかることだけだった。
わたしは鬼になるしかなかった。正直いって、木刀で藤十郎様のことを叩くのはこころ苦しかったが、このままでは藤十郎様はもちろん、武田の名前もダメになってしまう。武田の名を守るという重大な役柄につくつもりはまったくなかったが、ついそうしてしまった。もしかしたら、これは近いうちに滅ぶであろう牛野の名前へへの贖罪のようなモノなのかもしれなかった。
わたしは、木刀を振り上げた。
【続く】
それも当然だろう。何故ならいくら剣の達人を先生としてつけたところで、自分で稽古することはなく、それどころか達人とわたしをぶつけ合わせるのだから。それで達人が辞めてしまえば、結局得するのは手合わせしたわたしだけで、他の人たちは損しかしない。
これまで藤十郎様は武田の名前に守られて来ただけだった。そう、いい方は悪いが、藤十郎様は武田の名前という武器がなければ何も出来ない人でしかなかったのだ。
「貴様、どうなるかわかってるのか」
地に這いつくばった藤十郎様が、わたしを睨みつけながらいった。
「どうなるか? わかりません」
「貴様は打ち首だぞ」
「打ち首? 何故ですか?」
「わたしをこんな目に遭わせて、どういうことかぐらいわかっているだろう!」
「わかりません」わたしは即答した。「もし仮にお父上のお力でわたしの首を飛ばそうとお考えなら大間違いです。藤十郎様に剣術の稽古をつけることとなったのは、お父上、藤乃助様のお考えですので。わたしが首を斬られる理由はないはずですが」
藤十郎様は歯を食い縛ってこっちを睨みつけて来た。よほど悔しいのだろう。だが、その悔しさが、この御方の場合は悪い方向に向いてしまう。つまり、自分で力をつけてわたしを打ち倒そうとするのではなく、自分の名前に頼ってすべてを解決しようとしてしまうことだ。
しかし、これはわたしもあまり変わらなかった。わたしも牛野の名前に守られていただけだった。馬乃助は牛野の名前とは関係なく自分ですべてを解決してしまうほどの知力と体力があったが、わたしにはなかった。平凡。牛野の名前がなければ、誰も褒めず、誰も寄って来ないようなまるで無色透明のような存在でしかなかったのだ。
だが、皮肉なことに、わたしは牛野の家を飛び出すことで、自分の能力が磨かれ、自分の存在を改めて実感することとなり、そして直参旗本の武田藤乃助様に仕えることとなったのだった。
恐らく、今の藤十郎様に必要なのは、武田の名前でなく、武田の名前を捨てることなのかもしれなかった。
だが、今の藤十郎様にはその意味など決してわからないだろう。そして、下手すれば一生ーー。今のわたしに出来ることは、あの頃の馬乃助の幻影となって、藤十郎様の前に立ちはだかることだけだった。
わたしは鬼になるしかなかった。正直いって、木刀で藤十郎様のことを叩くのはこころ苦しかったが、このままでは藤十郎様はもちろん、武田の名前もダメになってしまう。武田の名を守るという重大な役柄につくつもりはまったくなかったが、ついそうしてしまった。もしかしたら、これは近いうちに滅ぶであろう牛野の名前へへの贖罪のようなモノなのかもしれなかった。
わたしは、木刀を振り上げた。
【続く】