【帝王霊~死拾漆~】
文字数 1,217文字
広場の湿った空気は、通りの喧騒を遠ざけているようだった。
回りはおおよそ同じくらいの私服姿の男女、制服姿の男女、同性の友人同士、明らかに年上とわかる人たちがそれぞれの話題で談笑し盛り上がっている。
だが、そんな中で湿気った空気の中、弾けることを知らない線香花火のようになったヤツラもいる。
それがぼくと春奈だった。
ぼくたちは縁石に腰掛けている。その距離感は非常に微妙なところ。近すぎず、遠すぎることもない。だが、端から見てぼくたちの関係は決して良くは見えなかったに違いない。
ぼくはぼくで何を話せばいいのかわからずに沈黙を貫いている。春奈のほうに意識を向けはするけれど、彼女は彼女でうつむき加減になったまま、ぼくのほうに意識を向けることもなく足をブラつかせながら押し黙っている。
そういうシチュエーションを知っているワケでは決してないけれど、今のぼくらは、きっと別れ話が拗れた恋人同士のように見えているに違いない。春奈と恋人同士だなんて、そんなおこがましいというか、自分でも何都合のいい妄想をしているのだろうとウンザリしそうだった。
というか、そんな付き合っているとか以前にぼくと春奈はただのクラスメイトで、生活安全委員の仕事を一緒にやっているだけの関係でしかない。そもそも春奈とぼくでは血統書付きの洋犬と野良犬くらい差がある。とてもじゃないけれど、釣り合うような身分ではーー
「何かさ」
突然、春奈が口を開き、ぼくは思わずハッとする。ぼくは不自然なくらいに力の入った声で、「何?」と訊ねる。と、春奈は微かに笑って見せる。
「こうやって見ると、別れ話してるみたいだね」
ぼくは春奈に自分が考えていたことを見透かされたような気がして穏やかにはいれなくなった。表面上は何とか余裕を見せようとするも、こころの中はマグマが煮えたぎるように混沌としていた。
「別に付き合ってるワケじゃないのにね......」
付き合ってるワケじゃない。そのことばがぼくに重く刺さる。そう、ぼくと春奈は付き合っていない。それは客観的な事実だ。でも、今はこんなことになっている。というか、仮に付き合っていて別れ話をしているにしても、空気が朗らか過ぎて何処か拍子抜けだ。
ぼくはただひとこと「うん」と答えた。何の用なのか訊ねても良かったが、それを訊ねたいとは思わなかった。それをすればーー
結局、ぼくと春奈はそれから一時間近く、ただ並んで座って、時に軽くことばをかわし、時に微笑しを繰り返した。そして、先に立ち上がったのは春奈だった。
「帰ろうか」
何気ないひとことではあったが、ぼくにはそのひとことが不思議と遠く感じられた。まるで春奈がどこか遠くへ行ってしまうような、そんな感じがした。
引き止めたいーーぼくは思わず立ち上がる。
「シンちゃん」振り返り春奈はいう。「誰が何といおうと、わたしはいつだってシンちゃんの味方だからね」
春奈の目には涙が浮かんでいた。
【続く】
回りはおおよそ同じくらいの私服姿の男女、制服姿の男女、同性の友人同士、明らかに年上とわかる人たちがそれぞれの話題で談笑し盛り上がっている。
だが、そんな中で湿気った空気の中、弾けることを知らない線香花火のようになったヤツラもいる。
それがぼくと春奈だった。
ぼくたちは縁石に腰掛けている。その距離感は非常に微妙なところ。近すぎず、遠すぎることもない。だが、端から見てぼくたちの関係は決して良くは見えなかったに違いない。
ぼくはぼくで何を話せばいいのかわからずに沈黙を貫いている。春奈のほうに意識を向けはするけれど、彼女は彼女でうつむき加減になったまま、ぼくのほうに意識を向けることもなく足をブラつかせながら押し黙っている。
そういうシチュエーションを知っているワケでは決してないけれど、今のぼくらは、きっと別れ話が拗れた恋人同士のように見えているに違いない。春奈と恋人同士だなんて、そんなおこがましいというか、自分でも何都合のいい妄想をしているのだろうとウンザリしそうだった。
というか、そんな付き合っているとか以前にぼくと春奈はただのクラスメイトで、生活安全委員の仕事を一緒にやっているだけの関係でしかない。そもそも春奈とぼくでは血統書付きの洋犬と野良犬くらい差がある。とてもじゃないけれど、釣り合うような身分ではーー
「何かさ」
突然、春奈が口を開き、ぼくは思わずハッとする。ぼくは不自然なくらいに力の入った声で、「何?」と訊ねる。と、春奈は微かに笑って見せる。
「こうやって見ると、別れ話してるみたいだね」
ぼくは春奈に自分が考えていたことを見透かされたような気がして穏やかにはいれなくなった。表面上は何とか余裕を見せようとするも、こころの中はマグマが煮えたぎるように混沌としていた。
「別に付き合ってるワケじゃないのにね......」
付き合ってるワケじゃない。そのことばがぼくに重く刺さる。そう、ぼくと春奈は付き合っていない。それは客観的な事実だ。でも、今はこんなことになっている。というか、仮に付き合っていて別れ話をしているにしても、空気が朗らか過ぎて何処か拍子抜けだ。
ぼくはただひとこと「うん」と答えた。何の用なのか訊ねても良かったが、それを訊ねたいとは思わなかった。それをすればーー
結局、ぼくと春奈はそれから一時間近く、ただ並んで座って、時に軽くことばをかわし、時に微笑しを繰り返した。そして、先に立ち上がったのは春奈だった。
「帰ろうか」
何気ないひとことではあったが、ぼくにはそのひとことが不思議と遠く感じられた。まるで春奈がどこか遠くへ行ってしまうような、そんな感じがした。
引き止めたいーーぼくは思わず立ち上がる。
「シンちゃん」振り返り春奈はいう。「誰が何といおうと、わたしはいつだってシンちゃんの味方だからね」
春奈の目には涙が浮かんでいた。
【続く】