【藪医者放浪記~漆拾死~】
文字数 1,070文字
突然の客人の知らせは中庭の喧騒を一気に静まり返らせた。
「......客人?」松平天馬は報せを持って来た女給にいった。「一体、誰だろう?」
「それが......」女給はとても口にしづらそうにいった。「何というか、みすぼらしいご老人でして」
女給は何とも品のない愛想笑いを浮かべた。本来、いくら松平天馬だからとはいえ、旗本ーーそれも直参の旗本相手にこのような無礼は、親族はもちろん、従者も、ましてや女給がそのようなことをするなど絶対に有り得ないような話であり、そんなことをすれば良くて暇を与えられ、悪ければ普通に打ち首となる。だからこそ、このような礼儀の欠けた受け答えを女給がするはずはないのだ。
「貴様! 殿に向かって何て態度を取るんだ!」守山勘十郎が怒鳴った。「少しは礼儀をわきまえーー」
「あぁ、いいんだよ」天馬は守山を制した。「この人は別にいいんだ」
「この人は?」
疑わしげに守山はいった。天馬はそれに対してただ愛想笑いを浮かべるばかりだった。対する女給は守山に見えないように舌を付き出して見せた。
とまぁ、大層なご無礼ではあるが、それもそのはず、この女給、格好で誤魔化してはいるが、その正体はお雉である。
お雉ーー変装に関しては天誅屋の仕事でよくやることもあってお手のものといったところ。だが、相手が松平天馬とあっては普段の喋りまでは抜けなかったようだった。というか、いくら天誅屋で松平天馬と関係があるとはいえ、屋敷の中でお雉の存在をまともに知っているのは殆どいない。
そもそも、何か報告すべきことがあれば、お雉はいつも屋敷へと忍び込んでいるし、そうでない場合は今回のように女給に変装して接近する。犬吉に関しては、何か雑用を押し付けるための使い走りの仕事をしている関係で、堂々と屋敷の中へと入る機会もあるため、周りから顔も知られているし、その人柄が屋敷の人間にも親しまれている。
さて、そのお雉が来たということでーーしかも、堂々と人前に現れたということで、随分と火急の用事だとは天馬もわかっていたに違いなく、その表情はいつになく固かった。
「で、客人はおひとりか?」
「いえ、奉行所同心の斎藤様がご一緒で」
「斎藤さんが......?」天馬は不思議そうにお雉を見た。「......そのお客人、今ここに通しては都合が悪い人物か?」
「それは......、まぁ......」
お雉もとても申し上げにくそうにしていた。それもそのはず。お雉に同心の斎藤、このふたりの登場でピンと来るかもしれないが、この客人というのはーー
天馬はため息をついた。
【続く】
「......客人?」松平天馬は報せを持って来た女給にいった。「一体、誰だろう?」
「それが......」女給はとても口にしづらそうにいった。「何というか、みすぼらしいご老人でして」
女給は何とも品のない愛想笑いを浮かべた。本来、いくら松平天馬だからとはいえ、旗本ーーそれも直参の旗本相手にこのような無礼は、親族はもちろん、従者も、ましてや女給がそのようなことをするなど絶対に有り得ないような話であり、そんなことをすれば良くて暇を与えられ、悪ければ普通に打ち首となる。だからこそ、このような礼儀の欠けた受け答えを女給がするはずはないのだ。
「貴様! 殿に向かって何て態度を取るんだ!」守山勘十郎が怒鳴った。「少しは礼儀をわきまえーー」
「あぁ、いいんだよ」天馬は守山を制した。「この人は別にいいんだ」
「この人は?」
疑わしげに守山はいった。天馬はそれに対してただ愛想笑いを浮かべるばかりだった。対する女給は守山に見えないように舌を付き出して見せた。
とまぁ、大層なご無礼ではあるが、それもそのはず、この女給、格好で誤魔化してはいるが、その正体はお雉である。
お雉ーー変装に関しては天誅屋の仕事でよくやることもあってお手のものといったところ。だが、相手が松平天馬とあっては普段の喋りまでは抜けなかったようだった。というか、いくら天誅屋で松平天馬と関係があるとはいえ、屋敷の中でお雉の存在をまともに知っているのは殆どいない。
そもそも、何か報告すべきことがあれば、お雉はいつも屋敷へと忍び込んでいるし、そうでない場合は今回のように女給に変装して接近する。犬吉に関しては、何か雑用を押し付けるための使い走りの仕事をしている関係で、堂々と屋敷の中へと入る機会もあるため、周りから顔も知られているし、その人柄が屋敷の人間にも親しまれている。
さて、そのお雉が来たということでーーしかも、堂々と人前に現れたということで、随分と火急の用事だとは天馬もわかっていたに違いなく、その表情はいつになく固かった。
「で、客人はおひとりか?」
「いえ、奉行所同心の斎藤様がご一緒で」
「斎藤さんが......?」天馬は不思議そうにお雉を見た。「......そのお客人、今ここに通しては都合が悪い人物か?」
「それは......、まぁ......」
お雉もとても申し上げにくそうにしていた。それもそのはず。お雉に同心の斎藤、このふたりの登場でピンと来るかもしれないが、この客人というのはーー
天馬はため息をついた。
【続く】