【帝王霊~参拾伍~】

文字数 2,060文字

 室内は普通の雑居ビルの一室を利用したオフィスとでもいう感じだった。

 裏カジノのマスタールームとはいえ、その質素な感じは所詮裏の産物でしかない、といったところだろうか。とはいえ、ドアの正面より右側は壁がぶち抜かれているのか、無駄に広いオフィスとなっている。

「よくお越しになられました」

 開かれたマスタールームのドアの向こうに人の良さそうな中年男性が立っている。細身で後退した前髪をうしろで撫で付けている。

「どうぞ」そういって中年は祐太朗と弓永を室内へと招き入れようとする。

「……どうするよ」祐太朗がいう。

「入るしかないだろ。うしろは鍛えられた肉塊の集い。目の前は人の良さそうなオッサン。答えは一目瞭然じゃねえか」

「お前にひとつ人生経験として大切なことを教えてやるよ。人の良さそうなオッサンほど信用しちゃいけない、ってな」

「まぁ、人のいいヤツってのは、人間的に良く出来てるか腹黒さを隠さんとしてるかのどっちかって相場は決まってるしな」

「それもあるが、たまにとんでもないマーシャルアーティストもいるからな」

「それはお前の実家に寄生してるハゲだけだろ」

 まったく緊張感のない会話を繰り広げる祐太朗と弓永に対しても、マスタールームの中年はまったく笑顔を崩さず、それどころかふたりのやり取りを楽しんでいるかのような余裕を見せている。弓永はそれを不審に思ったか、

「……んなことより、オッサン待ってるぜ。さっさと中へ入ろうや」

「……そうだな」祐太朗も同意する。

 ふたりは警戒のボルテージをマックスにしたままマスタールームへと足を踏み入れる。背後のマッチョたちはもちろん、目の前の中年に対してもそれは同様だ。

 祐太朗と弓永がマスタールームへ足を踏み入れると、中年はふたりの邪魔にならないように速やかに退く。その身のこなしは、重くはないが、決して軽やかでもない。そこら辺にいる中年男性と同じく、比較的運動不足な気がある。

 先を歩く弓永はそれを見て中年の顔を覗き見る。だが、中年は左手で弓永の右を差し、

「どうぞ、あちらへ」

 弓永は警戒しつつも右へ視線を向ける。弓永に続き祐太朗も。と、

「ようこそ、おいで下さいまして」

 そう声を掛けて来たのは、若く見えるが、微かに頬や目尻にシワが刻まれている男だった。案内に立っていた男とは違い、髪は七三で分けたツーブロックで、肉体もスーツの上からわかるほどに隆起しつつも引き締まっている。だが、浮かべている笑顔は何処か人工的で、プラスチック制の感情を張り付けているよう。

「誰だ」弓永はぶしつけに訊ねる。

「これはこれは弓永様、相変わらず物騒なモノいいでございますねぇ」七三の男がプラスチックの笑顔を浮かべたままいう。

「あ?」弓永の顔から感情が消える。「おれはお前のことなんか知らねえぞ。誰かと勘違いしてんじゃねえのか?」

「久保田、少し外してくれないか?」七三の男は中年の男に向かっていう。

「ですが……」

「心配するな。こちらの弓永警部補も、鈴木祐太朗さんもわたしに対して何をするということはないだろうからね」

 七三の男がそういうと、中年は渋々といった様子で、

「……承知致しました。失礼致します」

 そういって深々とお辞儀をすると、そのまま部屋を出ていく。ドアが音を立てて閉まると、室内は静寂に包まれる。取り残された三人。弓永と祐太朗は七三の男を胡散臭いモノを眺めるように睨み付けている。七三の男は目許の笑っていない無機質な笑みを浮かべ続けている。

「さて改めまして、この度はようこそおいで下さいました」

「まるでおれたちが来るのを知ってたみたいないい方だな」弓永がいう。

「えぇ、わかっていました」

「んなワケねぇだろ」祐太朗が割って入る。「おれたちの意思を操ったワケでもねえのに」

 不敵に笑う七三の男。

「……それが、可能なんですよ」

「何が?」

「人の意思を操るってことが」

 祐太朗は弓永に向かう。

「こいつ、どうかしてんな。でも、お前も大変だな。警察ってのは、こういう裏社会のどうかしてるヤツの相手もしなきゃなんだろ?」

「裏社会のどうかしてるヤツがいえることばかね?」

「皮肉は止めろ」

「……まぁ、でもコイツよりお前のほうが百倍くらいはマシってとこか」

「でも、この野郎はお前のことを知ってるってよ。お前、余程裏じゃ有名らしいな」

「何いってんだよ。おれのことを知ってる裏の連中といえば、お前ら兄妹と密入国して来たベトナムの闇医者といい女気取りのファム・ファタール気取りぐらいだ」

「じゃあ……」

「相変わらずで嬉しいですよ弓永警部補」七三は尚も笑顔を崩さない。

「だからお前なんか知らないっていってんだろ。メチャクチャに整形でもしたのか知らないけどな、馴れ馴れしい口利くならまずは身分を明かせよ。それが無理ならその薄ら笑いしてる不細工な口許をハサミで引き裂くぞ」

「これは失礼、わたくし、こちらにてマスターを務めております。旧『ヤーヌス・コーポレーション』の代表取締役だった、成松蓮斗と申します」

 弓永の眉間にシワが寄った。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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