【帝王霊~睦拾参~】
文字数 1,088文字
あくびをした。
目が潤った。眠くて堪らなかった。そこは暗闇だった。エンジン音が激しく轟いていた。揺れが激しかった。そして、自分が座っていることに気づいた。横を見た。
「......誰?」
霞む視界の中で、何かが両手を前に伸ばして静止していた。
「起こしちゃいましたか」
甲高さと年の功の乗った若干の重さを感じさせるような声だった。不思議そうに眺めていると、霞む視界から霧が晴れて、その対象の姿が段々とハッキリして来た。
「岩渕さん......?」
両手を伸ばしていたのは、岩渕だった。岩渕ーー某新興宗教の幹部である男。白髪混じりだが、髪は殆ど禿げてしまい側頭部にうっすらとしか残っていなかった。メガネは非常に度がキツそうな、レンズが牛乳瓶の底くらいありそうなモノだった。服装はいたってシンプル。ヨレヨレで若干黄ばんでおり、ボタンの糸が所々でほつれている白のシャツに色褪せた薄茶色のズボンという姿。体格は細め。一見しても普通のおじさんにしか見えない。
「どうしちゃったんだろ......」
「危なかったですよ。何とかなりましたが」
ハッとし、身体を起こした。胸と身体にシートベルトがグッと食い込んだ。
「アイちゃんはッ!? あと、もうひとりいた気がしたけど!」
岩渕はそのうっすらとした笑顔をゆっくりと真顔に塗り替えて、少しの間を置いた後に静かに口を開いた。
「武井愛は間に合いませんでした」
「間に合わなかったって......?」
絶望が肉体に少しずつ浸透していった。岩渕の反応は早かったが、非常に淡白だった。
「死んではいません。少なくともあの時点ではーー」
「あの時点ってことは......」
恐る恐る口にした。岩渕は何の反応も見せずにいった。
「今は殺されているかもしれません」
バッと岩渕のほうへ身を乗り出した。だが、それをシートベルトが邪魔をした。
「落ち着いて下さい。ひとりじゃありません。あの女が一緒なら、武井愛も大丈夫だとは思います。『ヤツ』の狙いは、武井愛である以上に佐野めぐみという女なのです」
「佐野、めぐみ?」
その名前なら聴いたことがあった。兄と仲良くしている青年、そして武井愛が口にしていた。そして、その女がーー
「背後観察......」
であることを思い出した。
「あれあれ、バレていたんですね。佐野も口ばかり達者で、甘い女ですね」
「岩渕さん......、背後観察のことを知っているの?」
訊ねるも、岩渕は死んでいた笑顔をゾンビのように蘇らせただけだった。
「わたしは坊っちゃんと詩織様が何をやっているのかも、すべて知っていますよ」
その笑みからは死のにおいがした。
【続く】
目が潤った。眠くて堪らなかった。そこは暗闇だった。エンジン音が激しく轟いていた。揺れが激しかった。そして、自分が座っていることに気づいた。横を見た。
「......誰?」
霞む視界の中で、何かが両手を前に伸ばして静止していた。
「起こしちゃいましたか」
甲高さと年の功の乗った若干の重さを感じさせるような声だった。不思議そうに眺めていると、霞む視界から霧が晴れて、その対象の姿が段々とハッキリして来た。
「岩渕さん......?」
両手を伸ばしていたのは、岩渕だった。岩渕ーー某新興宗教の幹部である男。白髪混じりだが、髪は殆ど禿げてしまい側頭部にうっすらとしか残っていなかった。メガネは非常に度がキツそうな、レンズが牛乳瓶の底くらいありそうなモノだった。服装はいたってシンプル。ヨレヨレで若干黄ばんでおり、ボタンの糸が所々でほつれている白のシャツに色褪せた薄茶色のズボンという姿。体格は細め。一見しても普通のおじさんにしか見えない。
「どうしちゃったんだろ......」
「危なかったですよ。何とかなりましたが」
ハッとし、身体を起こした。胸と身体にシートベルトがグッと食い込んだ。
「アイちゃんはッ!? あと、もうひとりいた気がしたけど!」
岩渕はそのうっすらとした笑顔をゆっくりと真顔に塗り替えて、少しの間を置いた後に静かに口を開いた。
「武井愛は間に合いませんでした」
「間に合わなかったって......?」
絶望が肉体に少しずつ浸透していった。岩渕の反応は早かったが、非常に淡白だった。
「死んではいません。少なくともあの時点ではーー」
「あの時点ってことは......」
恐る恐る口にした。岩渕は何の反応も見せずにいった。
「今は殺されているかもしれません」
バッと岩渕のほうへ身を乗り出した。だが、それをシートベルトが邪魔をした。
「落ち着いて下さい。ひとりじゃありません。あの女が一緒なら、武井愛も大丈夫だとは思います。『ヤツ』の狙いは、武井愛である以上に佐野めぐみという女なのです」
「佐野、めぐみ?」
その名前なら聴いたことがあった。兄と仲良くしている青年、そして武井愛が口にしていた。そして、その女がーー
「背後観察......」
であることを思い出した。
「あれあれ、バレていたんですね。佐野も口ばかり達者で、甘い女ですね」
「岩渕さん......、背後観察のことを知っているの?」
訊ねるも、岩渕は死んでいた笑顔をゾンビのように蘇らせただけだった。
「わたしは坊っちゃんと詩織様が何をやっているのかも、すべて知っていますよ」
その笑みからは死のにおいがした。
【続く】