【帝王霊~拾参~】
文字数 2,741文字
何処かで見たような展開だった。
テレビでやっているサスペンス・ドラマか。それとも、テレビで放送されていた映画だろうか。いや、そのどちらでもなかった。
あたしは知っていた。この展開にデジャヴを見たのはいうまでもない。
佐野めぐみ。
非情で傲慢な王女『サロメ』をもじって『サノメ』とか名乗っている勿体振った女。
物語の始まりは何時だって唐突だ。しかし、いくら現実だからって同じ流れのシナリオにはもう飽き飽きだ。あたしにだって、そこらへんのモノを論評するくらいの頭はある。
「まったく、つまらない絵を描いたモンだね」あたしはいってやった。「たまには違うやり方でコンタクトを取ったら? 同じパターンだとあたしだってつまんないんだけど」
大原は、えっ?と声を上げる。その表情は驚きに満ちている。演技力は三十点。
「あたしに芝居がどうとかのたまってたのに、アンタ自身は全然じゃん。また適当な名前を騙って。用件は何? 佐野めぐみちゃん」
あたしはイヤミったらしく「ちゃん」づけでいってやった。だが、大原と名乗る女は性懲りもなくどぎまぎし続ける。
「下手な芝居は止めて。あたしだって暇じゃないんだ。これ以上とぼけるならーー」
スマホが鳴る。
まったく空気の読めない電話だ。あたしはスマホを取り出して、画面を確かめる。
弓永龍。
ちょうどいい。役者は揃った。これでリーチ。一発がつけば満貫モノの手になるだろう。あたしは通話ボタンをスライドし、スピーカーモードにしていう。
「ちょうどいいじゃん。今、面白いお客さんが来てるんだけど」
「あぁ、大原って女だろ?」
あたしはハッとする。どうして弓永くんがそのことを知っているのか、わからなかった。まさか、佐野を寄越したのが、弓永くんとでもいうのだろうか。そんなバカな……。
「何でわかったの!?」動揺を隠し切れない。
だが、そんな慌てふためくあたしを嘲笑うように、弓永くんは薄く笑っていう。
「だって、そこにいる女の兄貴と、今一緒にいるんだからな」
ワケがわからない。佐野の兄? まさか、佐野の身元が割れたとでもいうのか。
「まさか、お前、その女のこと佐野だと思ったんじゃねぇだろうな?」弓永くんはあたしのこころを見透かしたようにいう。
「違うの?」
「ハッ! 全然違ぇよ。まぁ、でも、用件は関係大有りなんだけどな」
佐野ではないけど、用件は佐野に関係アリとは一体どういうことだろうか。まるで小さな孤島のど真ん中でひとり立ち尽くしている遭難者にでもなった気分だった。
改めて大原のほうを見る。依然として困惑した様子の大原は視線をあちらこちらに飛ばし、居心地悪そうにヘソ前辺りで手をこねくり回している。確かに行動だけみれば緊張し、気まずい感じでいるのはわかる。
「……どういうことか説明してくれない?」あたしは弓永くん、大原、どちら宛かもわからない問いを投げ掛ける。
「その前に、大原って苗字に聞き覚えはねぇか?」弓永くんがいう。
大原。その名前ならかつての同級生にもいた。それ以外でいえば、該当するのはひとりしかいない。だが、あの子はもう……。
「その人が使ってる『大原』って偽名は、お前のよく知ってる『大原美紗』から取ったんだ」
あたしは驚きを隠せなかった。だとしたら、何故、美紗ちゃんの名前を使ったのだ。あたしに対する当てつけか何かだろうか。いや、そもそも、この大原と名乗る女は何者なのだ。弓永くんが偽名といっている以上、親族ではないだろう。だとしたら、美紗ちゃんの知り合いだろうが、美紗ちゃんとも、弓永くんとも繋がっているという不思議な関係性は何なのだろう。
「失礼ですが、本当のお名前は?」
あたしは改まって大原と名乗った女に訊ねる。と、女はモジモジしながら、
「鈴木です……、鈴木詩織……」
まったく知らない名前だ。
「鈴木さん。アナタは弓永さんとはどのようなご関係なのですか? お兄様とご一緒とのことですが」
五村署の関係者か。いや、あの人間同極磁石といっても過言ではないほど他人を引き付けない弓永くんが、警察関係者と手を組んで、あたしのもとへ連絡するはずがない。そもそも警察という組織にとって、あたしのようなフリーの探偵は邪魔な存在でしかないのだから、あたしにコンタクトを取る理由などない。
まさか犯罪者、ということはないだろう。犯罪者の親族を使って美紗ちゃんの苗字を騙る理由など、もはやないといっていい。
「弓永さんと兄は学生時代の同級生で、仕事上での付き合いもある、といったところでしょうか。わたしも同業です」
電話の向こうで慌てふためく声が聴こえる。弓永くんのモノか、あるいはそのお兄さんのモノかは微妙に判別がつきづらかったが、あの弓永くんが取り乱すとも思えない。
「弓永くんと仕事仲間とのことですが、ということは警察関係者ですか?」
鈴木は首を横に振る。だと思った。同業なら「仕事上での付き合いがある」などと遠回しないい方ではなく、もっと直接的ないい方をする。となると、この人はーー
「弓永くん、この人もお兄さんも裏の人だね」
あたしがいうと、鈴木は若干の動揺を見せた。ここまで素直な人も久しぶりだ。
「おう、よくわかったな。確かにアウトローには違いねえけど、悪行とは余り縁がないとはいっておく。少なくとも、ヤーヌスのゴミクズよりはまだ健全だろうな」
「ヤーヌスより健全って、それは殆どの人間と業種が当てはまることじゃん。まぁ、裏の繋がりってことで、身バレは避けたいってことなんでしょ。でも、その裏の人と弓永くんと美紗ちゃんとあたしがどう関係してくるワケ?」
「まぁ、結論からいうと、みんなお前の大好きな佐野めぐみに繋がってるってことだよ」
あたしの神経は硬直し、電流が走る。佐野めぐみ、どうしてもそこに集約され、帰結するのか。どうやらあたしと佐野は、弓永くん同様に切っても切れない関係らしい。
そして、その手掛かり、足掛かりを持つのは新たに現れた裏稼業の兄妹。この因縁も終幕が近づいているといったところだろうか。
まぁ、出来ることなら、もうちょっとまともな人と関係を持ちたいけど、あたし自身がまともじゃない以上、それも無理か。
「へぇ、みんな佐野に関係ある人なんだ……」
自分の声が無意識の内に低くなっているのがわかる。しかし、わからないのは、この裏稼業を営んでいるという兄妹と美紗ちゃんがどう繋がるのか。そして、美紗ちゃんと佐野がどう繋がって来るのか、ということだ。
「詳しく教えてよ……、そのために電話して来たんでしょ?」
役者は揃ったというのは、どうやら、あたしの勘違いだったようだ。あたしは自分の血液が沸騰し始めているのを感じた。
【続く】
テレビでやっているサスペンス・ドラマか。それとも、テレビで放送されていた映画だろうか。いや、そのどちらでもなかった。
あたしは知っていた。この展開にデジャヴを見たのはいうまでもない。
佐野めぐみ。
非情で傲慢な王女『サロメ』をもじって『サノメ』とか名乗っている勿体振った女。
物語の始まりは何時だって唐突だ。しかし、いくら現実だからって同じ流れのシナリオにはもう飽き飽きだ。あたしにだって、そこらへんのモノを論評するくらいの頭はある。
「まったく、つまらない絵を描いたモンだね」あたしはいってやった。「たまには違うやり方でコンタクトを取ったら? 同じパターンだとあたしだってつまんないんだけど」
大原は、えっ?と声を上げる。その表情は驚きに満ちている。演技力は三十点。
「あたしに芝居がどうとかのたまってたのに、アンタ自身は全然じゃん。また適当な名前を騙って。用件は何? 佐野めぐみちゃん」
あたしはイヤミったらしく「ちゃん」づけでいってやった。だが、大原と名乗る女は性懲りもなくどぎまぎし続ける。
「下手な芝居は止めて。あたしだって暇じゃないんだ。これ以上とぼけるならーー」
スマホが鳴る。
まったく空気の読めない電話だ。あたしはスマホを取り出して、画面を確かめる。
弓永龍。
ちょうどいい。役者は揃った。これでリーチ。一発がつけば満貫モノの手になるだろう。あたしは通話ボタンをスライドし、スピーカーモードにしていう。
「ちょうどいいじゃん。今、面白いお客さんが来てるんだけど」
「あぁ、大原って女だろ?」
あたしはハッとする。どうして弓永くんがそのことを知っているのか、わからなかった。まさか、佐野を寄越したのが、弓永くんとでもいうのだろうか。そんなバカな……。
「何でわかったの!?」動揺を隠し切れない。
だが、そんな慌てふためくあたしを嘲笑うように、弓永くんは薄く笑っていう。
「だって、そこにいる女の兄貴と、今一緒にいるんだからな」
ワケがわからない。佐野の兄? まさか、佐野の身元が割れたとでもいうのか。
「まさか、お前、その女のこと佐野だと思ったんじゃねぇだろうな?」弓永くんはあたしのこころを見透かしたようにいう。
「違うの?」
「ハッ! 全然違ぇよ。まぁ、でも、用件は関係大有りなんだけどな」
佐野ではないけど、用件は佐野に関係アリとは一体どういうことだろうか。まるで小さな孤島のど真ん中でひとり立ち尽くしている遭難者にでもなった気分だった。
改めて大原のほうを見る。依然として困惑した様子の大原は視線をあちらこちらに飛ばし、居心地悪そうにヘソ前辺りで手をこねくり回している。確かに行動だけみれば緊張し、気まずい感じでいるのはわかる。
「……どういうことか説明してくれない?」あたしは弓永くん、大原、どちら宛かもわからない問いを投げ掛ける。
「その前に、大原って苗字に聞き覚えはねぇか?」弓永くんがいう。
大原。その名前ならかつての同級生にもいた。それ以外でいえば、該当するのはひとりしかいない。だが、あの子はもう……。
「その人が使ってる『大原』って偽名は、お前のよく知ってる『大原美紗』から取ったんだ」
あたしは驚きを隠せなかった。だとしたら、何故、美紗ちゃんの名前を使ったのだ。あたしに対する当てつけか何かだろうか。いや、そもそも、この大原と名乗る女は何者なのだ。弓永くんが偽名といっている以上、親族ではないだろう。だとしたら、美紗ちゃんの知り合いだろうが、美紗ちゃんとも、弓永くんとも繋がっているという不思議な関係性は何なのだろう。
「失礼ですが、本当のお名前は?」
あたしは改まって大原と名乗った女に訊ねる。と、女はモジモジしながら、
「鈴木です……、鈴木詩織……」
まったく知らない名前だ。
「鈴木さん。アナタは弓永さんとはどのようなご関係なのですか? お兄様とご一緒とのことですが」
五村署の関係者か。いや、あの人間同極磁石といっても過言ではないほど他人を引き付けない弓永くんが、警察関係者と手を組んで、あたしのもとへ連絡するはずがない。そもそも警察という組織にとって、あたしのようなフリーの探偵は邪魔な存在でしかないのだから、あたしにコンタクトを取る理由などない。
まさか犯罪者、ということはないだろう。犯罪者の親族を使って美紗ちゃんの苗字を騙る理由など、もはやないといっていい。
「弓永さんと兄は学生時代の同級生で、仕事上での付き合いもある、といったところでしょうか。わたしも同業です」
電話の向こうで慌てふためく声が聴こえる。弓永くんのモノか、あるいはそのお兄さんのモノかは微妙に判別がつきづらかったが、あの弓永くんが取り乱すとも思えない。
「弓永くんと仕事仲間とのことですが、ということは警察関係者ですか?」
鈴木は首を横に振る。だと思った。同業なら「仕事上での付き合いがある」などと遠回しないい方ではなく、もっと直接的ないい方をする。となると、この人はーー
「弓永くん、この人もお兄さんも裏の人だね」
あたしがいうと、鈴木は若干の動揺を見せた。ここまで素直な人も久しぶりだ。
「おう、よくわかったな。確かにアウトローには違いねえけど、悪行とは余り縁がないとはいっておく。少なくとも、ヤーヌスのゴミクズよりはまだ健全だろうな」
「ヤーヌスより健全って、それは殆どの人間と業種が当てはまることじゃん。まぁ、裏の繋がりってことで、身バレは避けたいってことなんでしょ。でも、その裏の人と弓永くんと美紗ちゃんとあたしがどう関係してくるワケ?」
「まぁ、結論からいうと、みんなお前の大好きな佐野めぐみに繋がってるってことだよ」
あたしの神経は硬直し、電流が走る。佐野めぐみ、どうしてもそこに集約され、帰結するのか。どうやらあたしと佐野は、弓永くん同様に切っても切れない関係らしい。
そして、その手掛かり、足掛かりを持つのは新たに現れた裏稼業の兄妹。この因縁も終幕が近づいているといったところだろうか。
まぁ、出来ることなら、もうちょっとまともな人と関係を持ちたいけど、あたし自身がまともじゃない以上、それも無理か。
「へぇ、みんな佐野に関係ある人なんだ……」
自分の声が無意識の内に低くなっているのがわかる。しかし、わからないのは、この裏稼業を営んでいるという兄妹と美紗ちゃんがどう繋がるのか。そして、美紗ちゃんと佐野がどう繋がって来るのか、ということだ。
「詳しく教えてよ……、そのために電話して来たんでしょ?」
役者は揃ったというのは、どうやら、あたしの勘違いだったようだ。あたしは自分の血液が沸騰し始めているのを感じた。
【続く】