【帝王霊~伍拾弐~】

文字数 1,098文字

 脳が汗を掻いているのがわかった。

 人間、信じられない出来事に直面すると思考が停止する。停止した後に突発的に動き出すか、ストップしたままかは人それぞれだろうが、あたし自身はどちらかといえば前者だと思っていたーー思い込んでいた。

 だが、そうでもないらしい。というより、そんな話、あり得るはずがないのだ。というより、あたしはその話を真剣に捉えていなかったのかもしれない。あたしは鼻で笑い、男を見た。

「へぇ、アナタが成松ねぇ。ずっと死んだと思ってたけど、実は生きててそんな太って醜くなっちゃったなんて悲劇もいいところだね」

 あたしはそういって佐野のほうを見た。が、佐野はまったく笑っていなかった。あの頭の中までセックスとジョークしかないような女がまったく笑みを見せないなんて。頭の中が凍りつかんばかりだった。

「どうしたの、そんな神妙な顔して」

 あたしはまるで親友でも知人でもない中途半端な友人に話し掛けるように、佐野に問い掛けた。だが、佐野はあたしのほうを軽く首を傾けて見ていった。

「......この世には、アナタもまったく理解できない世界があるってことだよ」

 神妙な表情に意味深なことば。オマケにこの緊迫した空気感の中。それらに符合するものといえば、それはもう決まっている。佐野はあたしをからかっているのではない。何かはわからないが、佐野はあたしに、あたしが知らない世界のことをそれとなく伝えようとしている。そう感じた。

「それ、どういうこと?」

 あたしがつい真剣にそう訊ねたのが、デブ男には滑稽だったのかもしれない。男は口許に泡を溜めるような笑みを浮かべると、その濁った黒目を光らせた。

「そのままの意味ですよ。わたしが成松蓮斗だってことは紛れもない事実なんです。残念ながら、ね」

 あたしは風船が弾けるように笑って見せた。

「成松にもワナビーがいたなんて驚き。まぁ、でもあぁいった一見成功してそうに見える経営者に憧れを抱くかわいそうな人も少なくはないからね。でも、あんな小粒なチンピラ経営者に影響されるなんて時間の無駄だから止めたほうがいいと思うけどね」

 その先のことばはいわないでおいた。ビジネスの世界でも何だかんだルックスは大事だ。イケメンである必要は決してないが、ある程度の清潔感と見た目の良さは必要になってくる。だが、この男にはそれがない。が、男はあたしの忠告を嘲笑うかのように声を上げて笑いだした。

「残念だけど、コイツのいっていることは本当なんだ」佐野が冗談の気配を一切見せずにいい放った。

「アンタまでどうしたの?」

「だから、この男が成松蓮斗なんだよ」

 気温が大幅に下がった気がした。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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