【ナナフシギ~拾伍~】

文字数 2,380文字

 ドアが開くと光が漏れて出る。

 獣が獲物に飛び掛かる。その勢いは凄まじく、獲物は逃げるどころか一瞬で首もとにキバを突き立てられてしまうよう。

「痛いよ……!」

 苦しそうにいう。その声の主は少年。少年は自分よりも少しだけ大きな少女にギュッと抱き締められている。そう、その少女は獣だった。

「カズくぅーん……ッ!」

 獣がいう。獲物を離す素振りなどまったく見せない。だが、そんな息苦しさに獲物も、

「わかったから!」

 と結構強めに獣を押し離す。獣は素直に突飛ばされて獲物から離れると、

「カズくんのいじわる……」

 と今にも泣きそうな顔になる。獲物ーーカズくんと呼ばれたその少年は体躯は小柄で、見た感じはまだ全然幼く見える。その年頃は幼稚園生か小学生、といったところだろうか。

「よーくひとりで帰って来れたねぇ。エライえらい」

 獣はそういいながらカズに密着し、彼の頭をなめ回すように撫で回す。カズはそれを鬱陶しそうに払ってうしろに下がる。

「ちょっと止めてよ!」

 獣は悲しそうな表情をする。目に涙を貯め、切なそうにカズのことを眺める。カズもカズでその表情が苦手なのか、思わず視線を逸らしてしまう。

 今さらいうまでもないのだが、この獣というのは詩織ーー鈴木詩織である。そして、カズは祐太朗と詩織の弟で、22歳で自ら命を絶つこととなる『鈴木和雅』だ。その見た目は幼少で他人とはいえ、後に祐太朗と詩織のふたりと関わることとなる『山田和雅』とよく似ている。

 動揺してどぎまぎする和雅。が、突然に詩織は悲しそうに顔を歪めていた顔を、雲間から陽の光が差したかのようにパッと輝かせる。

「うっそー」

 まるでドッキリでしたとでもいわんばかりに詩織はいった。和雅は焦燥したように、

「そういうの止めろよ!」

 語調を強めていうも、詩織は全然悪びれる様子もなく、ただヘラヘラと謝るばかり。そんなことばかりしていたからか、今度は和雅が目に涙を貯める番だった。

「あー、カズくぅーん。ごめんねぇ」

 愛猫を可愛がるように詩織は和雅の頭を撫で回した。和雅は詩織の手を勢い良く振り払った。それでも尚、詩織は和雅の頭に手を掛けようとする。和雅はそれを全力で拒否する。

「おやおや、ケンカはいけませんよ」

 そういって部屋の中に入ってくる者がひとり。中年の男。くたびれたシャツに、スーツのズボン。ズボンには若干の腹の贅肉が載り、全体的なフォルムも何処となくふっくらしている。細長い目に、それを強調せんばかりに度の強いメガネを掛けている。髪はオールバック。だが、そのフワリと余裕を持たせている感じは、何処か頭髪の薄さを誤魔化している感じがある。

「あ、岩渕さんだ。どーしたの?」

 詩織が訊ねると岩渕といわれた中年男がニヤリと笑う。

 岩渕ーー祐太朗たちが『悪霊村』と呼ばれる山奥の廃村に潜入した時に現れた男。

 その見た目は何処にでもいるような中年男性ではあるが、そのポテンシャルは凄まじいモノがあるらしく、その実、マーシャルアーツの達人とのことだそうで、詩織たちの両親の付き人兼用心棒をしている。

 この時点では詩織たちの両親の新興宗教もまだちょっとしたセミナー程度のモノでしかなかったが、岩渕はこの時点で既に詩織たちの両親とは懇意にしていたようだった。

 岩渕が何処から現れ、詩織たちの両親に近づいたかは周りの人間は全然知らない。少なくとも昔からの付き合い、というワケではなさそうで、岩渕も何処か家族と距離を取っている感じはある。だが、そんな胡散臭い男であるのに、結局何をするでもなく、ただ詩織たちの両親に忠実に動き、巨大な教団に成長するまでサポートをしたというのだから、その存在は何処までも不気味といって可笑しくなかった。

 岩渕はニヤリと笑っていった。

「いえ。アナタ方のご両親が遅くなるというので、和雅さんをお迎えしたのですが……、あれ、祐太朗さんは?」

「あぁ、ユウくんはねぇ」詩織はことばを切ってどぎまぎした。「……んーと、友達の家に遊びに行ってるんだ」

「お友達、どなたですか?」岩渕の口調は朗らかながらも、詰めるような調子。

「えーっと……、弓永くんの家」

「弓永さんって、あのお医者様の息子さんの」

「そう」

「しかし、あそこの息子さんはこの時間は塾ではないのですか?」

「うーん、そうだったんだけど、今日は急にお休みになったみたいで。だからユウくんを家に呼んで遊ぶんだって」

 詩織の視線は定まっていない。明らかな動揺。ウソをついているのがまるわかりといった様子なのはいうまでもなかった。が、岩渕はそんな詩織を目に微かな笑みを浮かべると、

「そうでしたか。でしたら、お電話差し上げないと。あちらの家にもご迷惑でしょうから」

 そういって岩渕は固定電話の受話器を持ち上げた。が、祐太朗が弓永の家に遊びに行っているなんて、まっかなウソ。詩織は慌てて、

「あぁ! 電話ならわたしがするから!」

「そうはいきません。迎えに行く関係もありますし。子供に電話をさせてしまってはお父様とお母様の評判にも関わりますから」

 そういうと岩渕は電話台に立て掛けてあった今となっては絶滅したクラスの連絡網を見ながら弓永の家のナンバーを押していった。

 詩織はアワアワした。それから「ごめんなさい!」と勢い良く頭を下げた。

「本当はちがうんだ……」

 岩渕の目に頭を下げる詩織の姿が写る。岩渕の目は何処かつまらなそうだった。

「……へぇ。何故ウソをついたのですか?」

「ユウくんにいうな、っていわれてたから」

「そうですか。てことは、あまりいいことはしていないみたいですね。弓永さんの名前が出たということは彼も一緒にいると考えてよろしいですね?」

 詩織は何の反応も見せない。が、岩渕はそれをイエスと取ったのか絶対零度の表情で更に続けていう。

「祐太朗さんは何処です?」

 【続く】

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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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