【いろは歌地獄旅~マリア様がそこにいる~】

文字数 2,845文字

 まったく、いい年になってしまったモノだ。

 これまで証券マンとして、仕事をバリバリにこなしていたせいか、女性に構っている暇などなかった。といえば、カッコはつくのかもしれないが、正直なことをいえば、おれにはどうしても忘れられない女性がいたのだ。

 その人との出会いは中学一年の時のこと。

 入学式、おれは小学校の時から仲の良かった友人と共に教室で話をしていた。

 賑わう教室の中で、ひとり俯いて押し黙っている女子がいた。今となっては、その女子の名前は覚えていないが、仮に矢野としておこう。

 矢野はボサボサの長い髪に、やたらとデカイ眼鏡、肌は乾燥してカサカサで、化粧気はまったくなかった。一見して冴えないし、中学も入学して初日だというのに、早々に陰口を叩かれている始末だった。

「あのさぁ、どいてくんない?」

 やたらと派手な女子数人が矢野の前に立ちはだかった。矢野は蚊の鳴くような声で、

「え……、でも、ここ……」

「聞こえませんでしたぁー? どけっていってんのぉー!」

 リーダー格の女がいうと、うしろについていたヤツラがゲラゲラと笑った。矢野は肩を狭くして俯き、身体を震わせた。

 矢野のいいたかったことはわかる。ここはわたしの席だけど。だが、そんなことは関係ない。これはいってしまえばヒエラルキーの誇示だった。まったく性格の悪い話。

 周りの連中は好奇の目でそのやり取りを見ていた。ニヤニヤする者が大半で、不愉快な顔と哀れむ顔はほんの少ししかなかった。

 おれの友人もおれも、そのやり取りを好奇の目で見ていた。この手の縄張り争いのような話は見てて楽しくて仕方がない。所詮、自分には関係ない。成績もルックスも良い自分にとって、敗者の啜る泥の味など無縁のモノだった。

 ニヤニヤが止まらなかった。ここからどうなるのか気になって仕方なかった。おれは硬い木の椅子を、まるでロッキングチェアに深く掛けるように背もたれに身体を預けて座っていた。

 好奇の目、甲高い笑い声、震える背中、ニヤつく顔、その場を取り巻く様々なオブジェクトがグルグルと回っている。

 そんな時である。

「あれぇー? トモちゃんだぁー!」

 まるで曇り空に太陽の光が差したような、そんな明るい声が聴こえてきた。教室内の視線がその声のほうへと向いた。

 そして、おれは何かとてつもない衝撃によって脳を貫かれてしまったのだ。

 そこにいたのは天使だった。マリア様だった。ハルマゲドン。比較的小柄なその人は、化粧気はまったくないのに、化粧をバッチリとキメている派手な女子たちを一掃してしまうほどに可愛いかった。

 小動物みたいな雰囲気と、そんな感じの顔。比較的上の辺りで結んだポニーテール。もちもちしながらも張りのあるキレイな肌。ほどよい肉付き加減。すべてがストライクだった。

 おれは思わず口をあんぐりと開け、手に持っていたシャーペンをことりと落とした。

 男子はみなその女子に見とれていた。女子は胡散臭いモノを見るように見ていた。そして派手な女子たちは血管を浮き上がらせていた。

「しーちゃん!」矢野は、その女子を見て立ち上がった。「同じクラスだったんだね!」

 矢野としーちゃんと呼ばれた女子は手を取り合って喜び合った。だが、その様が気に食わないヤツもいたようで、

「ちょっと、アンタ何なの?」

 派手な女子たちのリーダー格がいうも、しーちゃんと呼ばれる女子はポカンとした表情で、

「え?」といったかも思うと、矢野に、「トモちゃんの知り合い?」

 矢野は首を横に振った。その表情には何処か恐れが宿っているようだった。だが、しーちゃんと呼ばれた女子はリーダー格の女子に眩しいほどの笑顔を見せて、

「ふうん。そうなんだ! じゃあ、これから仲良くしよーね! わたし、鈴木詩織、よろしくね!」

 あどけない彼女の口振りと態度に、リーダー格の女子は気勢を削がれたのか、そのまま捨て台詞を吐いて取り巻きたちと何処かへ消えてしまった。単純なヤツら。それよりーー

 鈴木詩織。何度もその名前が頭の中でこだまする。詩織さん、か。その日から、おれは詩織さんに狙いを定めた。

 元より顔はいいし、運動もできるし、勉強も出来るおれは、行事に精を出し、学級委員のような生徒を取り纏めるような仕事を自ら請け負い、自分の能力を誇示した。

 その間も、詩織さんに告白した男子どもはたくさんいたが、みんな玉砕していた。当たり前だ。詩織さんには、おれという男がいるのだから。だが、おれは機を逸し続けた。

 何度となく詩織さんに告白しようとしたが、どうもタイミングが合わなかった。呼び出しの手紙を入れても、それに気づかれないか、おれ自身、手紙を入れる机を間違えるかといって、最悪な展開ばかりが待っていた。

 気づけば中学三年になっていた。三年の春、おれは見てはいけない光景を見てしまった。

 何と、詩織さんがまぁまぁイケメンな男子とベッタリして歩いていたのだった。

 ショックだった。おれはあらゆる伝を使って、その男子について調べようとしたのだが、わかったのは、その男子が一年だということだった。一年のクセに三年女子と付き合うなんて生意気な。おれはガツンといってやろうかと思ったが、それは友人に止められた。それは、

 詩織さんのバックには柄の悪い高校生がふたりついているというのだ。

 ひとりは短髪で狂犬のような見た目の男、ひとりは長めの髪に痩せたオオカミのような男とのことだった。何でも、この中学のOBらしく、痩せたオオカミのようなほうは元生徒会長の「弓永」とのことだった。

 ただ、生徒会長とはいえ、弓永はどこかチンピラくさい雰囲気があり、その優等生ぶりとは裏腹に、周りからの評判は最悪だった。

 まさか、詩織さんと弓永は付き合っているのか!?

 いや、それではあの一年ともうひとりの高校生は何なのだ。わからない。

 結局、すべての機を逸して中学を卒業。以来、詩織さんとは会っていない。

 だが、おれは今でも詩織さんが好きだ。だからこそ、これまで誰とも付き合って来なかったし、告白されても全部断ってきた。お陰で三十半ばにもなって未だ童貞だが、後悔はない。

 ただ、今の自分を見れば、詩織さんは必ず惚れてくれるはず。そんなことを思って、五村から出てひとり暮らししていながらも、週末は必ず実家に戻るようにしていた。

 そんなおれの努力がとうとう実った。

 そう、街でひとりでいる詩織さんを見掛けたのだ。

 勝った。おれは走って詩織さんを呼び止めた。振り返る詩織さん。おれは久しぶりと通りいっぺんの挨拶をし、名前と中学時代の同級生であるという身を明かしていった。

「中学の時からずっと好きでした、付き合って下さい!」

 おれは頭を下げた。まるで中学生の恋愛みたいだなといわれても痛くも痒くもない。何故なら、これは中学時代の延長だから。

 顔を少し上げて詩織さんの顔を伺った。詩織さんはにっこりと笑っていった。

「ごめん、誰だっけ?」

 終わった。
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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