【明日、白夜になる前に~弐~】

文字数 2,352文字

「気がつきましたか?」

 闇の中で、朗らかで優しげな女性の声が聴こえる。まるで天使がお迎えに来たよう。

 そうか、ぼくは死んでしまったのか。だが、不思議と悔しさはない。別に悔やむほど楽しくも励んでもいなかった人生だ。死んだところで無念に思えるようなーー

「大丈夫ですか?」

 目をパチクリ開閉すると、薄暗い闇の中でマスクをした女性がひとり立っているのが見える。茶色い髪をうしろで束ねた華奢な体つきのその女性は白い衣服とは裏腹に、どこか昔派手にやっていたような雰囲気がある。

 随分と砕けた印象の天使だな。そう思いつつ、ぼくは天使に見とれーー

「どう、されたんですか?」天使がいう。

 ぼくは慌てて、

「あ、いや、その、何ていうか……。随分とお綺麗だなと思いまして」

 と本音ではあるが、本人からしたらまったくもってワケのわからないーーというか、初対面のブサイクからこんなこといわれたらシンプルに不愉快だろうということをいってしまった。

 天使は一瞬、エッ?という表情を浮かべたかと思うとすぐに目元に笑みを浮かべて、

「全然大丈夫そうですね!」

 と笑って見せる。全然大丈夫。一体何が大丈夫というのだろう。死んだヤツに大丈夫も何もーー違和感。ぼくは辺りを見回す。パイプベッドに真っ白なシーツとふとん。カード式のテレビ。周りはカーテンで覆われている。

「あのぉ、ここはどこですか?」

 相手からしたら愚問もいいところだろう。だが、ぼくは本気。多分、表情も真に迫っていたと思う。だが、天使は微笑して、

「城南病院の内科病棟ですよ」

 といい、ぼくが今何故ここにいるのかを説明してくれる。何でもこういうことらしいーー

 数時間前のこと、ぼくは自宅にてリモート飲みをしている最中、ぶっ倒れた。が、リモート中ということもあって、画面越しにぼくが倒れるのを目の当たりにした友人たちが、救急車を呼んでくれたというのだ。住所に関しては、家の場所を知っていた友人のひとりが割り出して知らせてくれたとのことだった。

「お友達に感謝しなければなりませんね」

 なるほどそういうことだったか。納得しつつも、ぼくは目の前にいる天使ーー天使ではないけどーーの笑みに深く吸い込まれそうになる。

 漠然とした身体の火照りを感じる。

「……何か、暑いな」

 思わずそんなことを口にしてしまう。すると、天使はハッとした様子で、

「すみません! 暑かったですか? 今室温調節をしますね!」

 とその場から立ち去ろうとしたので、ぼくは慌ててそれを制止する。

「あ、いや! 大丈夫です! 何か、急に体温が戻ってきたというか、元気になったって感じなんで!」

 そうはいったものの、自分でも何をいっているのか正直よくわからない。冷房は確かに利いていて、肉体的には快適だと思う。

 ただ、何となく身体がポーッとするような暑さを感じていたのは事実だ。

 しかし、何だろうこのいいようのない可笑しな暑さは。身体の内側から込み上げてくるような漠然とした暑さ。これは一体何だというのだ。もしかして、熱中症か?

「あのぉ」ぼくは天使に訊ねる。「ぼくは何故ここにいるんでしょうか?」

 天使は慈愛に満ちた表情で、

「熱中症ですね」

 熱中症。なるほど身体が暑く感じられるワケだ。しかし、室内は冷房がついていて、決して暑くはない。とするとーー

「でも、涼しくしてたんだけどなぁ」

「冷房をつけてても熱中症にはなるんですよ。特にお酒を飲んでいるとアルコールで水分も不足がちになりますから。それに、この暑さで自律神経も乱れがちになりますしね。最近、あまり体調も良くなかったのではないですか?」

 まったくその通りだった。漠然とではあるが、ここ最近、どうにも身体が重いというか、頭痛や吐き気がすることが多かったのだ。

 このご時世ということで、かなりナーバスにはなったが、熱はないし、味覚も嗅覚もある。今考えると、季節の変わり目とこの気候の変動で自律神経が乱れていたのかもしれない。

「どうか、されました?」

 心配そうに天使はいう。多分、ぼくが不意に考え込んだ様が元気のないように見えたのだろう。ぼくは慌てて、

「あぁ、いえ! 何でもないんです!」

 と彼女の心配を取り払おうとする。が、不思議とここで会話を終わらせたくないと思い、何でもいいからと頭の中のボキャブラリーを総動員して、早く話題づくりを、と動く。

「でも、やっぱ自律神経が乱れてたのかもしれないなぁ」

 結局、その程度の話題しか出て来ない自分に心底ウンザリする。何だって自分はこんなにも口下手なのだろう。結構ヘコむ。

「そうですね。無理しちゃダメですよ? まだまだ暑さはこれからだし、働き盛りなのもわかりますけど、本当に大事なのはご自分のお身体なんですからね」

 働き盛り。まったくもってそんなことはなく、ぼくはそれがさも事実であるかのように取り繕うような曖昧な笑みを浮かべ、

「そうですよねぇ……」

 と曖昧な返事をするも、その先の話題は浮かんで来ない。王手ーー詰みである。

「あ、すみません! つい話し込んじゃって! すぐに先生を呼んで来ますね!」

 天使がカーテンを潜って行こうとする。

「あの、すみません!」

 夜の病院には似つかわしくないほど大きな声を出してしまい、自分でもしまったと思う。

「他の患者さんもいますから、お静かにお願いしますね」天使は笑顔で注意し、「どうされました?」

 ぼくは謝罪のことばをいいつつ、口をモゴモゴさせる。ことばが出て来ない。簡単なひとこと。だが、それをいうのはムカつく上司に対してブチ切れるよりも難しい。

 彼女が目をパチクリさせながら首を傾げる。ぼくは唾をゴクリと飲み込み、

「あの、お名前は、何というんですか?」

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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