【冷たい墓石で鬼は泣く~漆拾~】

文字数 1,026文字

 やって欲しいことーー胡散臭い男からそんなことをいわれれば身構えるのはいうまでもない。

 やはり、信用というのは大事なのだと改めて思った。そして、それは初対面の人間に対して抱く印象としても信用を抱きやすくなるか、抱きにくくなるかも変わって来るのだなとわかった気がした。

 これが、身なりがキレイでさわやかな笑顔を見せる武士が頼んで来たというならば、全然耳を貸す気にもなるだろう。だが、この一見してみすぼらしく、如何にも下卑た笑みを浮かべる乞食風の男にいわれれば、首を縦に振るのもなかなかに厳しくなってくる。

 正直、わたしはどうするべきか迷った。そもそも今、この時点で銭はない。出ていく時に藤乃助様から旅に役立つようにと銭を渡されそうになったが、流石に受け取ることは出来なかった。出ていく身の人間が、そんな形で無心するのは如何なモノかと思ったからだ。その代わりといってはなんだが、藤乃助様は女給に頼んで急ぎで握り飯をいくつか作って持たせて下さった。わたしはそれだけで充分に嬉かった。

 それら握り飯は本当に腹が減って限界になった時にでも食おうと思ってまだ食べてはなかった。それまでに、何とかまともに暮らせる場所へと行こうと考えていたが、思わぬ足止めを食ってしまったモノだ。

「頼みとは一体なんだ?」

 わたしの声は疑念に満ち溢れていたに違いない。だが、胡散臭い男はヘラヘラした様子で身体をくねらせながら近寄って来た。殺そうと思えば殺せる距離。もし、この男が物盗り等の狼藉者であればすぐにでもーー

「そう固くならないで下せぇよ」男はいった。「おれぁ、別にアンタの銭や何かを盗ろうってワケじゃねえんだから」

「生憎だが、銭は今まったく持ってなくてな。盗むモノなんか何もないぞ」

「ソイツは都合がいい! むしろ、こりゃあ失うモンがないほうがいいだろうからな」

 都合がいい? まったく意味がわからなかった。そんなんで、わたしに声を掛ける意味、理由は何であろう。男は更にいった。

「アンタ、腹減ってるんだろ。メシのことなら心配するな。おれたちが食わせてやる」

 メシの心配はない? 逆にメシの心配をするのはそちらではないのか。こころの中で色んな考えが回っていた。そして、何よりも気になるのが、「おれたち」ということ。

「おれたち、というのはどういうことだ?」

 男はただ不快な笑みを浮かべるばかり。そして、その笑みで歪んだ口許が限界まで歪んだところで、男はいった。

「ついてきな」

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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