【ナナフシギ~拾睦~】
文字数 2,250文字
「何かこれゴワゴワしてて気持ち悪ぃよー」
まったく緊張感のない声が廊下にこだまする。身体中を蜘蛛の巣で覆われていた森永が残った蜘蛛の糸を払いながらそういった。
「うるせぇぞ」祐太朗が冷たくいう。
「だって……」
「おれは行かねぇっていったんだ。それなのに、余計なのがひとり増えちまった」
「余計なのとかいうなよ」
ムッとして森永は答える。一瞬、祐太朗の目が大きくひん剥かれたようになり、その目は一瞬森永の表情を捉える。それに気づいた森永は、申しワケなさそうな表情で、
「……そんな顔しないでくれよ」
「何が肝試ししようだよ。バカじゃねぇの?あのまま蜘蛛の巣に飲まれてたら、お前は完全に元の世界から消えるんだぞ?」
「元の世界から消える?」
そういって森永は辺りを見回す。だが、そこに可笑しなところは何もない。当たり前だ。一見したらそこはただの学校。しかし、実際はあの世とこの世を繋ぐ霊道の中であり、朝を迎えれば、元の時間に戻ることは出来なくなってしまう。そうなれば……。
「何いってんだよ、どう見たって普通の学校じゃんか。そんな何が……」
祐太朗がクルリと振り返り、森永の胸ぐらを掴むと、そのまま森永を壁際まで押し付ける。祐太朗の息は上がっている。
「……どう見ても普通、だ? お前のその身体についてるのは一体何だよ。バカみたいなこといってねぇで、少しは何がどうなってるか、改めて考え直してみろよ!」
目をバチバチに開く祐太朗に、表情を引き吊らせる森永。そこには確かに緊張がある。祐太朗もこころの中では焦っているのだろう。それもそうだ。夜は決して長くはない。なのに、まだナナフシギのふたつ目までしか明らかになっていないし、鮫島と清水、そして石川先生の姿も見つけられていない。しかも、そこに謎の男も現れたのなら、祐太朗も焦らずにはいられないだろう。やることが多すぎるのだから。
「そこまでにしとけよ」弓永が祐太朗を森永から引き離す。「……どうせ、マジメに生きられない野郎だ。何やっても茶化すしか出来ないヤツのことなんかほっとけよ」
「うるせぇな」祐太朗は吐き捨てる。
「そこまでにしろよ」
弓永はそういって、視線を横にずらす。祐太朗が弓永の視線を追うと、その先には怯えたエミリの姿が見える。多分、彼女は彼女なりに必死に堪えているはずだ。手足を震わしながらも泣き声も悲鳴も漏れ出さないよう必死に我慢しているのが、誰の目にも明らかだった。
「……田中」
祐太朗が呼び掛けると、エミリは首をブルンブルンと振る。
「……大丈夫。祐太朗くんと約束したからさ……。わたしも頑張るよ……! みんな、一緒に元の学校に戻ろうね……!」
祐太朗はエミリから視線を外すと小刻みに「あぁ……」と頷いて見せる。
「悪かったな……」
エミリは涙を抑えながら首を横に降ると、表情を和らがせ、
「大丈夫、だよ……! 祐太朗くんが一緒にいてくれるなら、わたしは大丈夫……」
「何だ、田中。お前、鈴木のこと好き……、あー、痛ぇ痛ぇ痛ぇ……!」
祐太朗とエミリのやり取りを見た森永が、ふたりの関係性を茶化そうとすると、今度は弓永が森永の腕をひねり上げて、その動きを制する。その表情は何処までも冷酷だった。
「……あんま、調子乗るなよ。おれと祐太朗、そして田中は何としてもここから出るけどな。お前みたいなバカはこのまま置いていってもいいんだぞ。見つからなかった、ってな。死にたくなければ、黙ってろ」
弓永は冷酷にそういい放つと森永の腕を乱暴に放した。森永はうつむき加減になって黙り込んでしまった。弓永が訊ねた。
「で、こっから一番近いナナフシギのひとつって何なんだよ?」
「……あぁ、それなら」
森永が口を開く。視線を廊下の向こうとすぐ近くの階段へとやる。
「んー、階段昇って音楽室か職員室行くか。それか廊下の向こうで家庭科室と体育館へ行くか、じゃねえかな?」
「なるほど、それで四つか……。あとのひとつは何処にあるんだよ?」
「それが、よくわかんねえんだ……」
「わかんねぇ?」
「そうだ」祐太朗がいう。「っていうのは、具体的な場所はなくて、ただ『トイレ』とだけいわれてるだけだからな」
「トイレ?」
祐太朗は説明する。ナナフシギのひとつ、学校内の何処かのトイレに入ってすぐ、「隠れているなら出ておいで」と叫び、手前のドアからノックして行くと、何処かでノックを返される。そして、そのノックされたドアを……。
「トイレって、この学内全部の、かよ!」弓永はウンザリするようにいった。
「残念だけど、そうだ。だから、ここまで来たら総当たりでやってくしかない」
「そうか……、だとしたら……」
弓永は森永、エミリ、そして祐太朗と続けてその姿を見た。みな、不思議そうな表情で弓永のことを眺めている。と、弓永はため息をつく。
「……やっぱ、この組み合わせしかないか」
「何するつもりだよ」祐太朗。
「ふた手に別れて探して行こう」
弓永の提案に動揺を隠せない三人。それもそうだろう。この状況の中で、スプリットして互いの安否を確認出来ないような状態に陥るのはシンプルにリスクが大きすぎる。そんなことは弓永もわかっていたはず。だが、弓永は、
「このままじゃ間に合わない。ふた手に別れて残りのナナフシギを潰しつつ、トイレの確認もしていったほうがいい。どうだ?」
緊迫する空気。三人の顔は三者三様。ハッとする者、口を抑えて驚く者、何かを見据えたように真摯な顔つきになる者。
月の光が窓から差していた。
【続く】
まったく緊張感のない声が廊下にこだまする。身体中を蜘蛛の巣で覆われていた森永が残った蜘蛛の糸を払いながらそういった。
「うるせぇぞ」祐太朗が冷たくいう。
「だって……」
「おれは行かねぇっていったんだ。それなのに、余計なのがひとり増えちまった」
「余計なのとかいうなよ」
ムッとして森永は答える。一瞬、祐太朗の目が大きくひん剥かれたようになり、その目は一瞬森永の表情を捉える。それに気づいた森永は、申しワケなさそうな表情で、
「……そんな顔しないでくれよ」
「何が肝試ししようだよ。バカじゃねぇの?あのまま蜘蛛の巣に飲まれてたら、お前は完全に元の世界から消えるんだぞ?」
「元の世界から消える?」
そういって森永は辺りを見回す。だが、そこに可笑しなところは何もない。当たり前だ。一見したらそこはただの学校。しかし、実際はあの世とこの世を繋ぐ霊道の中であり、朝を迎えれば、元の時間に戻ることは出来なくなってしまう。そうなれば……。
「何いってんだよ、どう見たって普通の学校じゃんか。そんな何が……」
祐太朗がクルリと振り返り、森永の胸ぐらを掴むと、そのまま森永を壁際まで押し付ける。祐太朗の息は上がっている。
「……どう見ても普通、だ? お前のその身体についてるのは一体何だよ。バカみたいなこといってねぇで、少しは何がどうなってるか、改めて考え直してみろよ!」
目をバチバチに開く祐太朗に、表情を引き吊らせる森永。そこには確かに緊張がある。祐太朗もこころの中では焦っているのだろう。それもそうだ。夜は決して長くはない。なのに、まだナナフシギのふたつ目までしか明らかになっていないし、鮫島と清水、そして石川先生の姿も見つけられていない。しかも、そこに謎の男も現れたのなら、祐太朗も焦らずにはいられないだろう。やることが多すぎるのだから。
「そこまでにしとけよ」弓永が祐太朗を森永から引き離す。「……どうせ、マジメに生きられない野郎だ。何やっても茶化すしか出来ないヤツのことなんかほっとけよ」
「うるせぇな」祐太朗は吐き捨てる。
「そこまでにしろよ」
弓永はそういって、視線を横にずらす。祐太朗が弓永の視線を追うと、その先には怯えたエミリの姿が見える。多分、彼女は彼女なりに必死に堪えているはずだ。手足を震わしながらも泣き声も悲鳴も漏れ出さないよう必死に我慢しているのが、誰の目にも明らかだった。
「……田中」
祐太朗が呼び掛けると、エミリは首をブルンブルンと振る。
「……大丈夫。祐太朗くんと約束したからさ……。わたしも頑張るよ……! みんな、一緒に元の学校に戻ろうね……!」
祐太朗はエミリから視線を外すと小刻みに「あぁ……」と頷いて見せる。
「悪かったな……」
エミリは涙を抑えながら首を横に降ると、表情を和らがせ、
「大丈夫、だよ……! 祐太朗くんが一緒にいてくれるなら、わたしは大丈夫……」
「何だ、田中。お前、鈴木のこと好き……、あー、痛ぇ痛ぇ痛ぇ……!」
祐太朗とエミリのやり取りを見た森永が、ふたりの関係性を茶化そうとすると、今度は弓永が森永の腕をひねり上げて、その動きを制する。その表情は何処までも冷酷だった。
「……あんま、調子乗るなよ。おれと祐太朗、そして田中は何としてもここから出るけどな。お前みたいなバカはこのまま置いていってもいいんだぞ。見つからなかった、ってな。死にたくなければ、黙ってろ」
弓永は冷酷にそういい放つと森永の腕を乱暴に放した。森永はうつむき加減になって黙り込んでしまった。弓永が訊ねた。
「で、こっから一番近いナナフシギのひとつって何なんだよ?」
「……あぁ、それなら」
森永が口を開く。視線を廊下の向こうとすぐ近くの階段へとやる。
「んー、階段昇って音楽室か職員室行くか。それか廊下の向こうで家庭科室と体育館へ行くか、じゃねえかな?」
「なるほど、それで四つか……。あとのひとつは何処にあるんだよ?」
「それが、よくわかんねえんだ……」
「わかんねぇ?」
「そうだ」祐太朗がいう。「っていうのは、具体的な場所はなくて、ただ『トイレ』とだけいわれてるだけだからな」
「トイレ?」
祐太朗は説明する。ナナフシギのひとつ、学校内の何処かのトイレに入ってすぐ、「隠れているなら出ておいで」と叫び、手前のドアからノックして行くと、何処かでノックを返される。そして、そのノックされたドアを……。
「トイレって、この学内全部の、かよ!」弓永はウンザリするようにいった。
「残念だけど、そうだ。だから、ここまで来たら総当たりでやってくしかない」
「そうか……、だとしたら……」
弓永は森永、エミリ、そして祐太朗と続けてその姿を見た。みな、不思議そうな表情で弓永のことを眺めている。と、弓永はため息をつく。
「……やっぱ、この組み合わせしかないか」
「何するつもりだよ」祐太朗。
「ふた手に別れて探して行こう」
弓永の提案に動揺を隠せない三人。それもそうだろう。この状況の中で、スプリットして互いの安否を確認出来ないような状態に陥るのはシンプルにリスクが大きすぎる。そんなことは弓永もわかっていたはず。だが、弓永は、
「このままじゃ間に合わない。ふた手に別れて残りのナナフシギを潰しつつ、トイレの確認もしていったほうがいい。どうだ?」
緊迫する空気。三人の顔は三者三様。ハッとする者、口を抑えて驚く者、何かを見据えたように真摯な顔つきになる者。
月の光が窓から差していた。
【続く】