【藪医者放浪記~伍拾死~】
文字数 1,065文字
怒りというのは基本的に長続きするモノではないといわれている。
ただし、それは怒りが爆発してからの話であるのはいうまでもない。爆発した怒りというのは想像以上に大きな力を必要とする。故に、一度怒りが爆発してしまえば、後は嵐が通り過ぎるのを待つだけで、すぐにケロッとしてしまうモノだったりする。
これは沸々と沸いてきた怒りも同様だ。そもそも怒りを自分の中に貯蓄するのも、それはそれで体力を使う。頭も無駄なことを考えてしまうし、自然と全身にも力が入りがちになってしまう。それはいいかえれば力を溜めている状況である。そして、その溜めた力を怒りという形で表に出してしまえば、後に残るのは殆ど脱け殻でしかない。
もちろん、これは怒りを溜めた年月が長ければ長いほどに、関係の修復は困難になる。大体、ひとりの人間に対して何年も何ヵ月も怒りを溜め続けるなど、余程のことがない限りはあり得ないが、中にはそれほどの怒りを溜め込む人もいる。そして、その怒りは怨恨となって、より禍々しい力となり、その執念も元の怒りとは比べモノにならなくなる。
さて、藤十郎である。
彼の場合は非常に感情的な男だった。それはいってしまえば、キレやすい人間であるということで、その怒りの程度も大したことがないのが殆どだ。だが、流石に目の前でお預け、お預けを喰らい、オマケに可笑しな清の国の人間が現れて話題を横からかっさらえば、流石に怒るのはいうまでもないだろう。
だが、日常的に怒りを露にする人間というのは、その溜め込んでいる力も大したことはなく、落ち着きも見えないこともあって、そこに迫力も威厳も存在しなくなる。そう、まさにそれは藤十郎そのモノだった。
リューは声を荒げる藤十郎に対して、ケロッとした態度でいた。
「アナタ、何をそんなに怒ってる?」
別にリューとしてはこころからの疑問を口にしただけに違いはない。だが、これが藤十郎にとって面白い問いであるはずがなかった。眉間にシワを寄せると、リューのほうへズカズカと歩み寄った。だが、リューは一切怯むことはない。まぁ、それも当たり前だが。
「貴様、いい加減にしろよ? ここはわたしの縁談の場なんだ。貴様みたいなヤツが邪魔していい場所じゃないんだよ!」
「ん? 縁談? 誰と結婚するんだ?」
「誰って!」藤十郎は御簾の奥のお咲の君のほうを指差した。「あそこにおられる方だ!」
そういわれてリューは御簾の奥をじっと見詰めた。かと思いきや、ふーんと唸り、
「アンタ、変わった趣味してるんだな」
藤十郎を始め、場の空気が凍りついた。
【続く】
ただし、それは怒りが爆発してからの話であるのはいうまでもない。爆発した怒りというのは想像以上に大きな力を必要とする。故に、一度怒りが爆発してしまえば、後は嵐が通り過ぎるのを待つだけで、すぐにケロッとしてしまうモノだったりする。
これは沸々と沸いてきた怒りも同様だ。そもそも怒りを自分の中に貯蓄するのも、それはそれで体力を使う。頭も無駄なことを考えてしまうし、自然と全身にも力が入りがちになってしまう。それはいいかえれば力を溜めている状況である。そして、その溜めた力を怒りという形で表に出してしまえば、後に残るのは殆ど脱け殻でしかない。
もちろん、これは怒りを溜めた年月が長ければ長いほどに、関係の修復は困難になる。大体、ひとりの人間に対して何年も何ヵ月も怒りを溜め続けるなど、余程のことがない限りはあり得ないが、中にはそれほどの怒りを溜め込む人もいる。そして、その怒りは怨恨となって、より禍々しい力となり、その執念も元の怒りとは比べモノにならなくなる。
さて、藤十郎である。
彼の場合は非常に感情的な男だった。それはいってしまえば、キレやすい人間であるということで、その怒りの程度も大したことがないのが殆どだ。だが、流石に目の前でお預け、お預けを喰らい、オマケに可笑しな清の国の人間が現れて話題を横からかっさらえば、流石に怒るのはいうまでもないだろう。
だが、日常的に怒りを露にする人間というのは、その溜め込んでいる力も大したことはなく、落ち着きも見えないこともあって、そこに迫力も威厳も存在しなくなる。そう、まさにそれは藤十郎そのモノだった。
リューは声を荒げる藤十郎に対して、ケロッとした態度でいた。
「アナタ、何をそんなに怒ってる?」
別にリューとしてはこころからの疑問を口にしただけに違いはない。だが、これが藤十郎にとって面白い問いであるはずがなかった。眉間にシワを寄せると、リューのほうへズカズカと歩み寄った。だが、リューは一切怯むことはない。まぁ、それも当たり前だが。
「貴様、いい加減にしろよ? ここはわたしの縁談の場なんだ。貴様みたいなヤツが邪魔していい場所じゃないんだよ!」
「ん? 縁談? 誰と結婚するんだ?」
「誰って!」藤十郎は御簾の奥のお咲の君のほうを指差した。「あそこにおられる方だ!」
そういわれてリューは御簾の奥をじっと見詰めた。かと思いきや、ふーんと唸り、
「アンタ、変わった趣味してるんだな」
藤十郎を始め、場の空気が凍りついた。
【続く】